終章からのそれから サトルくんの場合
「ぐおォォォォォォォおおおおおおおおお!」
あれから少し年月が過ぎ、少年は上背が伸びていくと共に少年から青年に変わりました。サンタさんちのサトルくんただいま高校一年生の十五歳。
そんなサトルくんは現在、
『待ちやがれ『破壊神に破壊されない男』!』
『いざ尋常に勝負せよ! 『破壊神に破壊されない男』よぉ!」
『お前の首は俺が取る!』
『いや俺だ!』
『私よ!』
『俺はアイツの首を持って、破壊神を超える!』
たくさんの人に追いかけられています。人気者ですね。
「ひぃぃいいい! もうやだぁああああああああ」
さて、なぜ青年になったサトルくんがこうして追いかけられているかというと話はむかしむかしの話になります。
むかしむかしの大昔にお姉さんが居ました。お姉さんは天の世界『天界』に住んでおり、その世界で大神という一番偉い役職に就いています。
大神であるお姉さんは天界で一番強く、部下にも神という役職の強い部下を従えており、その強さで天界を平和に導いていました。
そんなある日のことです。天界にそこそこ強い化け物が現れ、暴れだしました。お姉さんの指揮の元化け物はすぐさま倒しましたが、それを機に化け物たちはどんどん天界に現れ、どんどん強くなっていきました。
ついには天界の中でも上位の存在である神たちを殺す化け物まで出てきました。お姉さんはその化け物をすぐさま倒しましたが、さすがにやばくね?と思い始めました。
今は少数でもいずれこんな化け物が大量に現れたら、自分まで殺されてしまうんじゃと怖くなってしまったのです。それが原因でお姉さんはお家に引きこもりました。
でも家に引きこもっても退屈なので暇つぶしに下界での様子を見ていると下界にも天界のように化け物が居たのです。
お姉さんは思います。下界終わったわー、と。
ただそうはなりませんでした。強く巨大な化け物は一人の『侍』という存在が斬り殺してしまったのです。
マジで!? とお姉さんは驚きながらも他の下界の様子も見てみました。
すると多くの下界に住む人間たちは化け物に屈していました。
しかし中には化け物を斬る『侍』という存在に、人間離れした速さで化け物を翻弄する『忍』、化け物にでさえ礼を持って礼によって倒す『騎士』、およそ人間とは思えない術を使う『魔法使い』、そしてやたらデタラメに強い返り血に染まった戦士。後に『サンタ』と呼ばれる存在が下界にはいたのです。
他には突然巨大化し出す戦士や、一匹の化け物を相手におよそ三人から五人くらいの集団で特殊なスーツを纏った戦士など多種多様な者たちが存在していたのです。
そこでお姉さんは唐突に思いつきました。自分たちで化け物を倒しきれないのなら下界の人たちに倒してもらうのを手伝ってもらえればいいんだ! と。
これが『私立天ノヶ島高校』の創立されるきっかけなのでした。
そうして月日が流れ、天上のとある島全体を使って『私立天ノヶ島高校』は創立されました。
そこは強力な妖怪たちと戦うための戦士たちの教育機関であると同時に次世代の神々を育てるための場所であります。
その天ノヶ島高校にはさまざまな学科があります。天界の選ばれた人間を神様として教育する『神様学科』に、その神様に仕える者を育てる『天使学科』。
地上の人間たちにさらなる力に与えるために出来た学科もあります。
刀一つで戦う『侍学科』に、古代から現代の暗殺術などさまざまな術を習う『忍学科』、銃に選ばれし天才が集まる『ガンマン学科』や人智を超えて魔の領域にまで踏み込んだ『魔法学科』などその他にも複数の学科でいっぱいです。
そして今や平和の象徴の一つとも言われるサンタを育てる『サンタ学科』もあり、現在高校一年生になったサトルくんもサンタになるために日々鍛錬していました。
しかしそんなある日幼馴染のアメリカガールやこれまた小学校からずっと一緒だったふくよかなフライドチキンボーイに、入学して知り合った変態クズ忍者などの友人たちがふとした事をきっかけに天ノヶ島高校の頂点にして最強の学科である神様学科に喧嘩を売ってしまったのです。
当然彼ら彼女らの友人だったサトルくんも巻き込まれてしまい、その結果色々あって神様学科の『破壊神』という異名を持ち、歴代の神々を超える存在などと物凄く期待されていた生徒と戦って、勝ってしまったのです。
その戦いを見ていた生徒たちは『破壊神』という異名を持つ生徒の絶大な威力のある攻撃を何度受けても立ち上がるサトルくんを見て、最後には『破壊神』に打ち勝ったサトルくんにこう名付けたのです。『破壊神に破壊されない男』と。
『破壊神』を倒したサトルくんは学校中の生徒に一目置かれ、一気に天ノヶ島高校の有名人になったのでした。しかし運が良かったのはここまでです。通常ならあとはみんなにチヤホヤされてサトルくんが調子に乗って終わりなのですが、天ノヶ島高校は戦士を育てる高校。
好戦的な者たちも多く、同時に自分の腕に自信があり、さらに都合の悪いことに目立ちたがりが多いのです。この様な者たちの前で変に目立ってしまえば彼らはこう思うはずです。
『こいつの首を獲り、天下を統一する』的な発想を。つまりサトルくんは学校中の生徒に狙われることになるのでした。
そうして現在に至るのです。
『サトルゥゥゥゥゥ! 待ちなさいよ! アンタのせいでこのあたしは『破壊神(笑)』って陰で呼ばれ始めてんのよ!! だからアンタをまずバラバラのギタンギタンにした後、今度はあたしをバカにした奴らをぶっ壊す!!』
『破壊神に破壊されない男……。実に興味深いネ。解剖解剖解剖解剖解剖解剖』
『ハァアアアアアアンンンンン! サトル様の走る後ろ姿。実に凛々しいですわ!! それに聡明そうな上にあのお綺麗なお顔……。欲しい欲しい! わたくしはサトル様の子種が欲しいんですのォォォォォォォォッォォォ』
「ひぃいいいいいいいいいい。何人か確実におかしい人たちが居る!?」
サトルくんはポチに鍛えられた脚力で追ってくる生徒を徐々に引き離していますが、未だにサトルくんを追ってくる猛者たちが三人ほど居ます。
一人は神様科に所属している柴山リンさん。彼女は小学生のように小柄で、性格もワガママで暴虐無人と最悪な性格ですが、実は非常に強大な力を秘めており、『破壊神』という異名持つ天才少女なのです。しかしサトルくんにケチョンケチョンにされて以来、異名は『破壊神(笑)』や『破壊できない破壊神(笑)』になって陰でバカにされるようになってしまったのです。なのでサトルくんを今度こそボコボコにしようと思い、最近の日課は彼を追いかけることなのです。まるで強引なストーカーですね。つまり変態です。
二人目は魔法医学科に所属しているアタナージウスくん。通称『狂ったあっちゃん』。狂ったあっちゃんは優秀な人をみるとすぐに解剖したくなるという衝動を持った生徒です。つまり変態です。
三人目はサトルくんやメアリーと同じサンタ科に所属している少女の御伽ヶ原舞ちゃん。彼女は入学式にサトルくんに一目惚れして以来、彼のストーカーをしたり、彼との子供の名前を考えたり、藁人形をメアリーと見立てて打ち込んだり、媚薬入りのケーキをサトルくんに食べさせようとしたり、夜這いまで実行しようとする完全に危ない人です。見た目がウサギのように可憐なので異名として『発情ウサギ』という名前を持っています。つまり変態です完全に。
そんな変態三人に日々追いかけられているサトルくんは考えます。今は昼休み。とりあえず授業のチャイムが鳴れば、この追いかけっこも終わるはずだと。そして昼休みが終わるまであと数分。そうです。あと数分さえ逃げきれたら変態との追いかけっこも終わります。
『ピンポーンパンポーン』
そこでふと臨時で流れる放送音が流れます。
『えー生徒の諸君、昼休みから行われている臨時職員会議が長引きそうなので五時間目は自習とします。各自勉学や修練に励むように』
「…………」
『よっしゃあああ! 破壊の時間が伸びたわ! いい加減破壊されろサトル!!!』
『解剖ぅぅぅぅっぅぅふぅうううううううううう!!』
『自習……。サトル様……。サトル様と性のお勉強……。つまり男女が裸で行うこと。……子作り。ああ、す・て・き・! ウフフフフフフフフ』
変態たちは自習を喜んでいます。対するサトルくんは、
「アハ……。アハハ」
彼は彼で笑っていました。虚ろな瞳で足だけは止まらずに。こうして彼は五時間目の自習の時間は変態たちに首を狙われたり、お腹を裂かれそうになったり、股の下にあるものを狙われながら必死に走ることになるのでした。
「ハァアアアアア! 疲れたぁー」
無事今日も変態たちから逃げきれ、授業も全て終わってサトルくんは無事下校をします。 校則で学校外での私闘や無断で他の寮に行くことは禁じられているのでもう変態たちに襲われる心配はありません。サトルくんは安心しながら自分が住んでいる部屋にたどり着きます。
「ふぅ。ただいま……って今は一人だった」
ドアを開けた後サトルくんはウッカリした顔になります。天ノヶ島高校は天界にあり、さらに校則で寮生活が厳守となっておるので彼は現在島の中にある寮内で一人暮らしをしているのです。
サンタやポチと離れるのはとても寂しいですが、サトルくんはここに自分の夢を叶えに来たのです。甘えは許されません。
「おかえりー」
「はあ?」
しかし一人のはずの部屋から声が返ってきました。昔からの付き合いである青い色の瞳を持つ少女がそこに居たのです。
「…………ここ男子寮なんだけど?」
サトルくんは落ち着いて同じサンタ科の友人であるメアリーにそう言いました。
「ええ、知っているわ。当たり前でしょう。普通男の子と女の子はこういう場合寮は分けられるのよ?」
サトルくんの言葉にメアリーは寝そべって漫画を読みながら当然のように答えます。
「そうだったね。じゃあ質問を変えるよ。なんで君が僕の部屋に居て、人の漫画を読んでいるの?」
「なんでってあなたの部屋に遊びに来たからよ。そんなの分からないの? バカねー。来月の学力テスト大丈夫? なんならアタシが見てあげてもいいわよ」
「いや部屋に遊びに来てたって僕鍵閉めてたんですけど!?」
「ああ、遊びに来たのはアタシだけじゃないの。変態クズ忍者とフライドチキンボーイと来たのよ。で、鍵をあけたのは変態のクズよ。それで二人はサトルが帰ってくるまで待つのもなんだからって『神マート』にお菓子とかを買いに行ったの。どう説明はこれで足りてる?」
メアリーは尚漫画を読み続けながらそう説明します。変態クズ忍者は入学式に知り合った忍者科の友人で、フライドチキンボーイはサトルくんの昔からの友人であるケンタくんです。彼は今騎士科に在籍しています。
「鍵を開けるって……そもそも犯罪なんだけど。それに変態クズくんとケンタくんはともかくとして女子は男子の寮に来るのは校則で禁止されてるよメアリー」
「大丈夫大丈夫。バレなければいいじゃない。それに日本ではルールは破るためにあるっていう文化が蔓延っているって聞いたわ」
「ないからそんな文化。第一バレなければってここ寮に監視カメラあるよ? 防犯用で」
「アハハ、バカねサトル。ちゃんと透明魔法で姿を消してきたわよ。もう本当に頭大丈夫?」
「…………」
「何よ黙り込んじゃって? もしかして怒ったの? だったら謝るわ。ごめんなさい。別に本気で言った訳じゃないのよ。ただあなたの頭が沸いたのかと思って」
メアリーはサトルくんが自分の言葉で黙り込んでしまったためとりあえず漫画を読むのを止め、座りなおしてから一応サトルくんに謝ります。
「…………」
しかしサトルくんは黙り込んだままで、メアリーの身体をジロジロと見つめています。特に天ノヶ島高校の制服であるキャラメル色のブレザーを凝視しています。
「な、なによ? そんなに人を見て。サトルのエッチスケッチワンタッチ!」
メアリーはそんな青年の獣のような視線に恥ずかしくなり腕で体を隠します。しかしそんなメアリーの反応とは違って、サトルくんの言葉は、
「メアリー、君こそ頭沸いてるよ。あと言葉が古いからねそれ」
実に冷めたものでした。
「ちょっとサトル、いくらなんでも親友に対してその態度は冷たいんじゃないの!」
すかさずメアリーも反論し出します。サトルくんの冷たさにちょっと頭に来たのです。
「じゃあさ、君は今制服だけど僕の部屋に入って来るときは裸だったの?」
「はぁあ!?」
メアリーはサトルくんの言葉に対して驚きが隠せません。確かにメアリーが知るサトルくんはムッツリ中のムッツリ大王ですが、それでも一応モラルというものを持っている青年でしたが、どうやらメアリーの勘違いだったようです。
「サトル見損なったわ! あなたがこんなオープンなド変態だなんて。今まで隠れ変態だと思っていたのに。今日からあなたは『スッポンポン大好きスッポンくん』よ。何が『破壊神に破壊されない男』よ。この厨二病!」
「ひ、酷い言われようなんだけど。あと厨二病の方はこれは他の人たちが勝手に言いだしただけだよ。まるで僕が自分から名乗ってるように言わないでよ。……で、裸だったの?」
「クッ! まだそんなこと聞くの? 残念だけど、アタシはあなたみたいなオープンでも隠れ変態でもないの。ちゃーんと制服を着てたわ。失礼しちゃうわね」
メアリーはフンス! と鼻息を荒くしながら否定しますが、サトルくんはそんなメアリーをバカを見る目で見ています。
「はぁー。じゃあもう一つ質問するけど、君の透明魔法って自分の体以外の物体は消せる?」
「無理よ。最近覚えた魔法だもの。まだそこまで応用出来るほどの成果は出せていないわ。サトルだって知ってるでしょ?」
「そうだね。それでもメアリー、君は天才だ。透明魔法だなんてウチのおじさんにでさえまだ実現できてない魔法を完成させたんだからね。透明魔法を使えるなんて君しか居ないよ。本当にすごいよ。大天才だ」
冷たいかと思えば今度はサトルくんはメアリーに大絶賛の声をあげます。
「エ、エヘヘ。まあそうよね。アタシ世界の美少女でアメリカサンタのジョニーの孫にして、祖父を超える最強のサンタになるんだもの。こんなことお茶の子さいさいよ! エッヘン!」
これにはメアリーもご満悦で、座った状態で無い胸を張り上げて得意気にふんぞり返りました。
サトルくんもメアリーを見て、ニコニコしながら人差し指を立てながら言います。
「じゃあそんな大天才のメアリーに最後の質問をするね。まず君の透明は制服とかそんな物体までは消せないよね。それで僕の寮は女性が招き入れたら罰則もあるし、当然監視カメラがある。ただ君は魔法で消えているからカメラには映らない。ただ女子用の制服だけは写って、宙に浮きながら僕の部屋までやって来た。つまり透明人間の女の子が僕の部屋に遊びに来たってことだね。そしてその透明人間になれるのはこの島では、いやこの世界には君しか居ないんだ」
「あっ……」
「フフ、バカな君でも分かったようだね。そして学校側は当然バカじゃない。学校はこう判断するだろうね。女子生徒が入ってはいけない男子寮にメアリーは変態クズ忍者とケンタくんを使って侵入した。そして僕はそんな君を不用意に部屋にあげた、と」
「oh……」
「うん。明日にはメアリーと僕は職員室に呼び出されるね。それで先生にさんざん怒られた後反省文等の罰則があるだろうね。ねえ、『罰則女王』さん? 」
メアリーはサトルくんに異名で呼ばれ、ふんぞり返っていた姿勢はどんどん萎んでいき、顔は汗がタラタラです。
「もちろん君を部屋にあげた僕と勝手に人の部屋の鍵を開けた変態クズくんも一緒に罰則さ。それでメアリー。僕が言いたいこと分かる?」
サトルくんはニコニコのままです。ニコニコのまま怒気を醸し出しています。
「あーそのー、『メアリー、君は悪くないよ!』みたいな感じ?」
「君が悪いって言いたいんだ!!」
そこでサトルくんは爆発します。ニコニコが消え去って、メアリーに対して怒った顔になるのです。
「大体なんで勝手に部屋に入ってくるのさ! 遊びたいなら外で会えばいいだろ!」
「そ、そこまで怒らなくてもいいじゃない! 罰則だって親友のアタシと一緒に受ければきっと楽しいわ!」
「その君が言う楽しい罰則をメアリーに巻き込まれて僕が何回受けていると思ってるのさ! 今じゃ学校中の先生や生徒が僕たちを問題児だと思ってるよ!」
「いいじゃない。他人の目なんて気にしないわアタシ」
「君が気にしなくても僕が気にするの!!」
今まで優等生人生を歩んできたサトルくんにとって先生たちから問題児扱いされることはなかなかの屈辱的なものでした。
「それはあなたが小心者だからよ。大体アタシが部屋に来たくらいで怒らなくたっていいじゃない! あの変態クズ忍者まで来てるのにどうして親友のアタシが来たらダメなの!」
「変態クズくんは男、メアリーは女だから来たらダメなんだよ!
「差別だわ!」
「それは校則に言ってよ! 本当にもう……。はぁーあーあー」
サトルくんは嫌みのようにメアリーの前で長い溜息をします。
「大体あなたが悪いんじゃない!」
しかしメアリーはメアリーで言い分があるようです。メアリーは立ち上がり、半ば逆ギレのようにサトルくんに詰め寄ります。
「僕? 僕は何もしてないじゃないか」
「何もしてないのが悪いの!!」
「はぁ?」
サトルくんにはメアリーの言葉が分かりません。
「サトルがアタシをずっと無視するのが悪いって言ってるの!」
「無視って……え? 無視?」
一度飲み込みかけた言葉をサトルくんはもう一度聞き返します。
「そうよ。無視よ!」
「えっと、今日も教室でおはようって挨拶しなかったっけ?」
「そうね。でもそれだけじゃない! サンタ科の授業でペアになるのはいっつも同じ日本地区の子ばかりだし!」
「それはアレじゃない。授業は基本的にサンタになった時に連携を取る同じ地区の子の方がいいからそうしているだけだよ。先生も最初にそうするように言ってたじゃないか」
「そんな言葉みんな無視してるわよ。みんな国とか関係なく仲のいい子とペアを組んでるわ! クソ真面目に実行してるのサトルだけよ!」
「そ、そうは言うけど、でも先生の言うことだし」
「このマニュアル人間! 型はまり野郎!」
「僕は授業は真面目にやりたいんだよ! それに日本出身の子とはライバルだけど、みんな大切な友達だよ!」
「ハン!」
メアリーはサトルくんの言葉を聞き、鼻で笑います。
「ええ、そうでしょうね! あなたと同じ国の女の子と話すときは凄く嬉しそうだもの。アタシの目であなたを見たらドーナツに砂糖にストロベリーソースを大量にかけて、ドロドロに溶けた甘いアイスを上から思いっきりかけるくらいデレデレに甘いものね。鼻が伸びてるもの。さすがね! ムッツリ大王のサトルだもの」
「別に伸びてないよ!」
メアリーの逆ギレにサトルくんもさすがに我慢がなりません。
「いいえ伸びてるわ。なんなら女の子だけじゃなくて男の子にまで伸びてるわ」
「いや伸びる訳ないでしょ! どんだけ僕ストライクゾーンが広いって君は思っているのさ」
「だってそうじゃない! 授業が終わって休み時間になってもあなたここ最近ずっと他の子たちと鬼ごっこで遊んでるじゃない!」
「アレはどうみても遊びじゃないからね!? 命がけだから!」
「サトルが最初にはっきりと戦わないって宣言するか、追ってくる人たちを片っ端から倒せばいいだけじゃない。でもあなたはそうしないで、ずっと逃げてるだけよ。ええ、そうよ。つまりあなたは同じ日本人の舞とイチャイチャ鬼ごっこしたいだけなのよ。舞はサトルのこと好きで、サトルも満更じゃないものね。良かったわね可愛い女の子に好意を持たれて!」
舞とは先程サトルくんを最後まで追いかけた変態の発情ウサギちゃんのことです。
「満更なんかじゃないよ! 僕が好きなのは、…………じゃなくて。えっと確かにここ最近は君と一緒の時間は少なかったの認めるし、僕がはっきりと僕と勝負したい人たちに言葉を濁して逃げっぱなしのままで居るのも確かだけど、それでも僕は自分が罰則を受けるのも嫌だけど、メアリーに罰則なんて受けて欲しくないんだ」
つい勢いでメアリーに告白しそうになりましたが、サトルくんはそれを告げてしまえばまた話が本題から避けてしまいそうなので、一旦その感情を落ち着かせて、サトルくんが怒った理由をメアリーにちゃんと伝えます。
「罰則を受けるたびに先生たちや周りの生徒たちは君を劣等生みたいな目で見るよね? 僕はそれが我慢ならないんだ。本来の君は天才で、同級生どころか上級生たちにだって負けないくらい強い。それにメアリーはいつもサンタになるために努力をしてる。そりゃあときどき頑張りすぎて、無茶をして罰則を受けることになるけど、それでもメアリーは凄いんだホントに。……僕は周りの人たちにメアリーを認めて欲しい。君と一緒に最高のサンタになりたいから。だから怒ったんだよ」
「…………ごめんなさい。アタシの八つ当たりだった」
そこでメアリーは謝るのでした。体操座りの姿勢でしょんぼりした様子です。
「単純に寂しかったの。あなたと同じ学校に入学して、サトルが遠くに離れていくみたいで」
そしてうな垂れた状態でメアリーは自分の想いを正直に口に出し始めます。
「遠くに? どうして? むしろ同じ学校に入学できたからこうして毎日会えるようになったんだよ。前は日本とアメリカでなかなか会えなかったし」
「そうね。確かに毎日あなたに会えるわ。でも長期休暇の時に会うサトルはいつもアタシを優先してくれた。アタシをずっと見ていてくれた。……でもあなたと毎日を過ごすようになってからは変わっていったわ。サトルはアタシのことも見てくれるけど、それと同じくらい周りの人たちのことも見ている。みんなに平等に接してる」
「メアリー……」
「それが嫌だったの。もちろんサトルが悪い訳じゃない。ただアタシが不安になっちゃうの。もしかしたらサトルにとってアタシは……他のみんなと同じその他大勢の人間なのかもしれないって。……本当にごめん。そのせいで明日もまたサトルと変態クズ忍者たちにまで迷惑をかけちゃうことになっちゃった。ごめんなさい」
言い終わるとメアリーは申し訳なさそうに顔を伏せます。サトルくんはメアリーの話を聞いて、一つ納得することがありました。
最近の彼女はサトルくんに対して、やたら親友と連呼するのです。まるで言葉を口にすることでメアリー自身が自分に言い聞かせるようでした。それが少しだけサトルくんにとって疑問でしたが、ようやくその疑問は晴れます。
晴れたからこそサトルくんはメアリーに近づきます。そのまましゃがみ込んで、メアリーにこう言います。
「メアリー顔を上げて」
優しい声で、慈愛に満ちた声でそう言うのでした。サトルくんの指示に従ってメアリーは顔をあげます。するとサトルくんとメアリーは見つめ合う形になりました。
相変わらず綺麗な青い色の瞳です。彼女の瞳を見るだけで青年はどこまでも気分は高揚し、彼女の瞳を見るだけで何者にでもなれる気さえするのです。このまま彼女の瞳に吸い込まれたいと思うくらいに青年は彼女の瞳に魅力を感じていました。
だから青年は――――
「ていっ!」
「痛っ!!」
――――デコピンをするのです。綺麗な青い瞳を持ったアホで勘違いでやっぱりアホな少女に。
「ていっ!!」
サトルくんデコピンを連打。
「痛い痛い!」
「ていっ! ていっ!」
「痛いって言ってるでしょうが!!」
ついに顔を伏せていたメアリーはサトルくんの胸ぐらを掴んで怒り始めます。しかしサトルくんは気にしません。
サトルくんは冷静に胸ぐらを掴んでいるメアリーの手を取るとそのままメアリーを押し倒すのでした。
「は? あれ?」
怒っていたはずのメアリーもサトルくんのあまりの大胆な行動に理解が追いつけません。
「君はバカだ。大馬鹿でめちゃくちゃアホだよ。前に君が僕に鈍感大王って言ったけど、それはどうやらメアリーも一緒のようだよ。いや女の子だから鈍感女王なのかな?」
サトルくんがメアリーの怒りに動じなかったのは彼がそれ以上に怒りを感じているからでした。
「サトル? えっとなんだか怖いんだけど? 冗談よね」
「……メアリー? 僕にとって君がその他大勢の人と同じ? 誰より心の痛みも喜びも知ってる君がそれを言うの?」
だとしたらそれはもうバカにされていると言ってもおかしくないとサトルくんは思うのです。
「そんなはずないのを知ってるよね? ……そもそもケンタくんたちと来たと言ってるけど、どうして女の子が男の部屋に一人で残ってるの? 男と二人っきりになった時にこんな個室じゃ逃げ場がないんだよ?」
「だって、だって! サトルだし……。サトルは優しいから。だからその……」
「僕が優しい? アハハ、よく言うよ」
サトルくんは声を出して笑いますが、顔は全く笑っていません。
「僕は昔から優しくなんかないよ。自分のことばかり考えていた。自分が大切だから大好きな家族と……君の傍に居たかった。自分が大切だから君と一緒に肩を並べていたかったんだ。……そして僕は優しくない。もう我慢もしない。だからメアリーが僕のことを勘違いしているようならそれを正さないといけない。僕がそうしたいから」
そう宣言すると、サトルくんはメアリーの首筋に手を伸ばします。
「ちょ……サトル!? まっ、待ってよ」
「やだ」
彼は拒否すると、ゆっくりと指で下になっている彼女の首筋をなぞります。
「~~~~ッッ!! サ、サササササ、シャトル!? にゃ、何を!?」
メアリーは噛み噛みで声も裏返りながらも必死にサトルくんを押しのけようとしますが、サトルくんがそれを全て押し付けます。
「何をって分からない? メアリーは鈍感女王なんだからきっと言葉で伝わらないでしょ? だから行動で示そうと思って」
「こ、行動? いくらなんでもそれは早いというか……そもそもアタシは……その……とりあえずタイムよ。タイム!」
「…………」
サトルくんはメアリーの申し出を無言で断り、そのまま首筋から指を馳せて顔にまで到達します。
「…………」
そこでサトルくんは一旦指を止め、メアリーは観察します。彼女の顔は熟れた果実のように真っ赤になっており、口は魚みたいにパクパクしており、綺麗な青い瞳は目が回っているように慌てている様子が感じ取れます。
愛しい。彼女を観察するだけでそんな言葉が浮かびます。彼女の全てが愛おしくて、そんな彼女の言動に傷つき、ムカつき、浮かれてしまう。自分はこの年月の間でつくづく彼女に溺れてしまったんだとサトルくんは自覚させられます。
そんな彼女がサトルくんは大切で、守りたいのです。同時にそんな純粋な想いとは真逆に彼女をメチャクチャにもしたいのです。彼女の全てが欲しくて、その綺麗な瞳を自分にだけに向けて欲しくて、何より彼女を誰にも触れさせたくなんかない。そんなどす黒い欲望も彼女と居ると出て来ます。
だから青年はそんな想いを胸に宿し、彼女の口元に顔を近づけます。
「アタシも、そのサトルが、えっと、だから、すすす、~~~!」
メアリーは何か言おうとしています。しかし青年にもう自制は出来そうにありません。今までずっと我慢していたのです。待てないのです。
待てないから、
「ふんっ!」
「ぎゃん!」
彼は頭突きをします。たんこぶが出来ないように。出来る限り優しく。
「………………やばかった。正直やばかった」
頭突きをした後、青年は呟きます。本当にやばかったようです。どうやら青年は理性が崩壊寸前だったようですが、なんとか頭突きで我を取り戻したようです。
このまま行けば、彼は性犯罪者として学校を退学させられた後に家族であるサンタたちと会うのは刑務所の面会室になっていたことでしょう。
「よいしょっと!」
サトルくんはゆっくりと押し倒していたメアリーから離れ、立ち上がります。
「はえっ?」
対する押し倒されていたメアリーは訳の分からない顔で訳の分からない声を発していました。
「メアリー」
そんなメアリーにサトルくんは優しく声をかけます。
「……サトル?」
「冗談だよ。ごめんね」
「は?」
「でもアレだよ。メアリーがバカみたいなことをして人の部屋に入ってくるからちょっとからかって見ようかなって思っただけで、アハハ」
サトルくんは半ば強引に自分の暴走を誤魔化そうとします。
「…………」
「いやーまあ僕は冗談だけど、男の部屋に入ったらあんなこともあるから気を付けてね! あと僕はちゃんと君のこと大切な友達と思っているから」
「…………」
メアリーは黙ったまま押し倒されていた状態からスクっと立ち上がります。
「……うーん。それにしてもケンタくんたち遅いね? 本当に一緒に来たの?」
「サトル」
メアリーはサトルくんの問いかけを無視し、逆に声をかけます。
「えーっと」
サトルくんはメアリーを見ると彼女は般若でした。般若の形相に少女はなっていました。
「……もしかして怒ってる?」
一応分かりきったことを彼は質問します。
「ねえ、サトル。こういう時ってどういう顔をすればいいの?」
「わ、笑えばいいと思うよ」
「そう。ウフフ」
「アハハ」
「ウフフフフフ」
「アハハハハハハハ」
「ウフフフフフフフフフフフフフフ」
「アハハハ……ねえメアリー? どうして手に炎が纏われているの? どういう原理?魔法? あとどうしてこんなにも殺気を僕は感じているのかな?」
「ウフフフフ」
「メアリー? 笑ってないよ。言っておくけど、君目が全く笑ってないよ!!」
「ウフフフ」
「だ、誰か!!」
ついに耐えられなくなったサトルくんは助けを求めます。そして――――
「ただいまでござるー」
「フッ! ごめんよメアリーくん。買い物が長引いてしまったね。サトルくんはもう帰って来たかい?」
――――奇跡は訪れるのです。メアリーと共に勝手に人の部屋に侵入した友人たちが帰って来たのです。
「助けて!」
サトルくんは叫びます。友人たちに率直な想いを。
「ウフフフフフ」
対するメアリーは友人たちに炎を纏った右拳を見せ、笑顔で彼らの顔を見るのです。
「「…………」」
変態クズ忍者とフライドチキンばかり食べるケンタくんは互いの顔を見合わせ、
「あっ拙者今日デートでござった」
「ハッ! 僕としたことが僕も今日はレディーと食事の約束だった。一緒にフライドチキンを食べる予定だったのさ」
「おっケンタ殿もか? いやーモテる男は辛いでござるねー」
「フフ、ナイスガイだからね僕らは。それじゃあ二人ともごゆっくり」
そう言って、サトルくんの友人二人はメアリーをこれ以上刺激しないようにゆっくりとドアを閉めました。奇跡は訪れてもそれが救いになるとは限らないのでした。
「ちょ、二人とも! 僕も一緒に行……」
サトルくんは友人の登場したことを利用してなんとか逃げようとしますが、
「一緒にどこに行くの? こんな可愛い女の子を残して、もしかして他の女のとこに行くつもり? ド変態レイプ未遂のヘタレ野郎は酷いわね」
笑顔で般若なメアリーはなかなか酷いあだ名を口にしながら、炎が纏っていない左手で彼の肩を押さえ、炎が纏った右手を振りかぶっています。
「ねえ、サトル。最後に何か言いたいことは?」
少女は青年に最期の宣告を。
「…………ちょっとタイム」
「ウフフ。却下。じゃあ次はアタシが最後にあなたに言うわね」
メアリーはそう言うと笑顔は崩れ、一瞬何を考え込んだのか彼女は顔を再び真っ赤に染めて、
「サトルのバカァァァァァァァァァァ!」
叫ぶのでした。そして、
「メアリー? ちょ、いや、まっ、グワギャァァァァァァァァァァァァ!」
この日、私立天ノヶ島高校の敷地内でとある島のとある男子寮に一人の青年の断末魔が響き渡るのでした。
「…………サトル?」
「……」
「まだ起きそうにないわね」
一人の青年の断末魔がとある寮に響き渡ってから数十分。青年は少女の怒りの炎のパンチで見事に気絶し、現在少女は布団を敷いて青年を寝かせています。
「はぁー。アタシ、何やってるんだろう。サトルと一緒に遊びたかっただけなのに」
メアリーは自身の今日の行いを反省します。サトルくんに指摘されたように勝手に部屋に入ったことも、サトルくんに対して自身のことを大切に思っていないんじゃないのかと疑ったり、挙句の果てには遊びに来た部屋の主を殴り倒してしまったこと。反省だらけです。
「でも……押し倒したのはどう見てもサトルが悪いわよね」
メアリーはサトルくんに押し倒されたことを思い出します。以前も一度クリスマスが近い時期にサトルくんから押し倒されたことはありましたが、今回はあの時よりも断然とドキドキしてしまったのでした。
「…………」
サトルくんに先ほど押し倒された時に見せた少年ではなく青年としての顔、彼が自分を押さえつける力強さ、首筋をゆっくり撫でられるように触れられた感触、そして幼馴染の彼の顔が段々と近づいてきて、
「フギャアアアアアアアア!」
ここが少女の限界でした。少女はただ顔を赤くしながら悶え苦しみます。苦しんでいるとふとサトルくんに言ったことを思い出します。
『アタシも、そのサトルが、えっと、だから、すすす、~~~!』
「アアアアアアアアアアアア!!! アタシのバカ変態ビッチ!」
過去の発言がさらに少女を苦しめることになり、悶え苦しみながら部屋をゴロゴロと転がっていると、
「うぐっ!」
「あっ」
気を失って、布団で眠っているサトルくんに当たってしまいます。
「…………」
少女に悪い考えが浮かびます。
「……アタシも悪いけど、あんなことをするサトルはもっと悪いわ。そうよ。重犯罪だわ」
少女は言い訳のようにそう言いながら眠っている彼の顔を覗き込むように馬乗りになります。
「だから……これは罰」
そっと大切に、彼女は青年の唇に自分の唇を触れさせます。
口づけ。それが少女が青年にした罰なのでした。
「…………好き。ずっと前からあなたがアタシのヒーローで初恋だった」
眠っていて返事がないことを知って、彼女は返事のない告白をするのです。
「…………」
これが卑怯で不誠実だとしても少女はもう止まりません。少女は二度目の口づけを――――
「サトル殿―! 拙者ケータイを忘れていたでござる! もうメアリー殿からのバイオレンスは済んだでござるかぁ? これは先程助けられなかったお詫び。サトル殿の好きなエッチな乱られた巫女さん写し…………あ」
――――する前に変態クズ忍者が勢いよくドアを開けて、
「…………ひぅ?」
眠っているサトルくんに馬乗りになって顔を近づけている姿を目撃されたのでした。
「…………」
「…………」
無言。互いに一瞬の沈黙の後、
「ドロン」
変態クズ忍者はドアを閉めたのでした。
「あ、ああああ、ああ」
残されたメアリーは全身から汗が出て来て、少女は一気に茹ダコになります。そして、
「フギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
再びとある男子寮に叫び声が響き渡るのでした。しかも今度は少女の憤死するような声で。
こうして今日も私立天ノヶ島高校の一日は騒がしく終わっていくのでした。サトルくんのサンタの道はまだまだ続くのです。
とりあえず今は一応のめでたしめでたし。
尚、数年後とある男子寮の怪談で男子寮に男と女の叫び声が聞こえてくる悲惨な男女のもつれの怪談として長く長くこの一連の出来事は伝わっていくのでした。




