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#08

「あ、それ大崎だ」

代田と里崎の部屋を出、坊坂が自室に戻ると、同室者の八重樫の他に藤沢がいて、美月もそのまま部屋に引きずり込まれた。否応(いやおう)無しに、里崎と代田との会見内容を問いただされ、話した結果、八重樫が断言した。他の三人は、驚き、疑惑、非難等、複雑な感情の(こも)った視線を、八重樫に向けた。

「戸辺山田先輩の腰巾着やってる三組の奴だろ。大崎だよ。ネッタの道着、無茶苦茶にしたの、そいつか」

「八重樫、証拠も無いのに断言は…というか大崎ってあのロリコンだよな」

「ジュニアアイドルの写真集、ばらされた奴か」

言い(つの)る八重樫を坊坂がたしなめつつ、確認した。藤沢が言葉を()いだ。一学期中、美月がネットストーカーまがいの被害を受けたときに、()らぬ口出しをして、八重樫に十一歳のジュニアアイドルの写真集を机に隠し持っていることをばらされた生徒がいた。そいつが今では戸辺山田の腰巾着になっていたらしい。

「そうそう。だってさ、単に須賀に票が行くのを妨害したいってだけなら、当日に衣装処分しちゃうとか、開票作業する奴を買収するとか、そっちの方が効果的というか現実的だろ。なのに、ああいう妙に陰気というかねっとりした嫌がらせを仕掛けて須賀を()めるって、個人的な意趣返しの意味があると思った方が納得出来るじゃん。写真集、没収されちゃって、須賀のこと恨んでいるんじゃね?あいつさえいなけりゃ、って」

ばらしたのは八重樫なのに、自分に遺恨を残されたのだとしたら理不尽だと美月は思った。

「没収はされていない。誰も報告しなかったから。あれを報告すると、一斉摘発が入るか密告合戦になりかねないから、皆、自重した。何だかんだで皆、隠し持っているしな」

大抵、情報に通じているのは八重樫の方だが、この件は坊坂の方が詳しかった。抜き打ちで寮に所持品検査が入り、規則違反の品を発見されるような事態になれば組委員が責任を求められる可能性もあるので、警戒していたようだった。

「そうなんだ。てっきり没収されたかと思ってた。とにかくアイツ、あの件以来、三組で浮いちゃっていると、調理部の三組の奴が言ってた」

「クラスで浮く、って、そんなに問題か?持っていた写真集って、市販品だろ」

小学生出演の無修正動画まで行けば犯罪の域に入るので、深刻な問題になるだろうが、水着で棒アイスをなめている程度の、普通に売っている写真集で、そこまで騒ぎになるとは美月には思えなかった。坊坂が言うように、他の生徒たちにしたところで、小学生のものではないにしろ、その手の代物をそれぞれ所持しているわけである。

「もともと、口を開けば自慢話ばっかで、ちょっと嫌われていたんだと。県とか市で表彰されたとか、昔、何かの代表に選ばれたとか、どこかのお偉いさんとコネがあるとか、そういう話しばっかりする奴いるだろ。それ。でさ、写真集の件がある直前には、朧露(ろうろう)堂の主人に気に入られているって吹聴してたらしくて」

「…それは、地味に、効くな」

「ろうろうどう、って?」

知らない単語が出て来たので、美月は率直に尋ねた。藤沢も同じく、説明を求める表情である。

(おぼろ)(つゆ)と書くんだが、古美術商というか骨董屋だ。数少ない、宗教法人ではなく、除霊や呪詛の(かい)に優れているところだ。付喪神(つくもがみ)()した古道具とか、持ち主に災いもたらす呪いのなんたらとか、髪が伸びたり勝手に歩いたりする人形とか、そういうのを専門に扱っている。人形なら人形供養があるけれど、それ以外の超常現象を起こす物品は、意外と引き取ってくれるところが少ないから、繁盛している」

「分かった。そこに小学生のお嬢さんがいるんだ。あのジュニアアイドルに似た感じの可愛い()が」

坊坂の説明に、美月は声を上げたが、首を横に振られた。

「惜しい。お嬢さんはいるけど、年齢は二十…今年で二十一なんだな」

八重樫が笑いながら捕捉した。坊坂はうなずいて、後を引き取った。

「実年齢はそうなんだが、事情があって…まあ、久井本部長と同じで『ひとならぬもの』の血を引いているためだが…外見が十歳くらいなんだ。しかも道行くひとが振り返るほどの美女、というか美少女」

「それに加えて、朧露(ろうろう)堂の仕事の他に、人形の服を作る作家さんとして活動していて、ご本人も、須賀が嫌がったお姫様ドレスとかゴスロリっぽい服を好んで、自作して着ている。言うなれば、動くお人形さん。もっと言うと、合法ロリ」

「うあ…」

坊坂と八重樫に順々に説明されて、美月はうめきを漏らした。確かに、そこに出入りしていると言い回った上でロリコンが発覚したら、引かれる。

「まあ、志緒(しお)りさん、そのお嬢さんのことだけど、を恋慕していて、叶わないから写真集のジュニアアイドルで慰めているだけというなら、問題は無いが」

「どっちかってと、もともとロリ好きで、志緒(しお)り嬢をターゲットにしてるって感じじゃね?てか三組の連中はそう思ったからこそ、引いちゃってるんだろ」

「しかし、狙ったとしても、あそこ、婿が決まっていなかったか?」

坊坂の疑問は答えを求める風ではなかったのだが、八重樫がさっくりと答えた。

「婿入り断ったんだろ。就職先、四大銀行のどれかだと。それ蹴って骨董屋の親爺になるか?あ、ソースは進路指導の伊東先生ね」

志緒(しお)り嬢の婿候補は学院の卒業生らしかった。

「ま、それは置いておいて、俺としては大崎犯人説を支持します。坊坂が言うように証拠は無いからどうしようもないけどさ。ネッタには怪しい奴ってことで個人名まで伝えちゃっていい?」

八重樫はごく軽い口調で坊坂に確認した。吊るし上げのときの、一種異様な雰囲気を味わっている美月としては、大崎が無実だった時のことを考えると、そこまで気楽になれないのだが、八重樫は気にしていないようだった。坊坂は少し考えてから口を開いた。

「…久井本部長だけになら、個人名を出しても良いと思う。ただ他の先輩に知られないようにしないと。大崎が犯人で無かった場合もだが、須賀のせいで部長が被害を受けたと、お門違(かどちが)いに責められる可能性もある」

「確かに、先輩たちねえ、うちのクラスの坊坂信者並にネッタ信者がいるからねえ」言いつつ八重樫はくすくすと笑った。「でも、あの高橋って先輩の挙動不審があるし、戸辺山田先輩が動いているのも一年生以上に二年生の方が知っているだろうし、ネッタは鈍くないし、組対抗戦がらみで三組に仕掛けられたって勘付いているかもな」

「というより、高橋先輩が吐くのが時間の問題だと思う」

坊坂は断言した。美月と藤沢もうなずいた。久井本に少し凄まれただけであの体たらくでは、本格的に責められれば口を割るのはすぐだろう。

「そうなったら、楽だよね。一組が一致団結して、三組をけちょんけちょんにして、二度と起き上がる気もないくらいに、叩きのめして地に()わせてやればいいんだから」

八重樫は更に楽しそうに言った。久井本への嫌がらせの実行犯が大崎でなかったとしても、三組の誰かである可能性が高いわけで、その連中を打ちのめすことが出来るとなれば、八重樫は喜んで先鋒を務めるだろう。

「そうだな。…倉瀬にも言っておくか。棒倒し、三組と共闘すると良いって」

「え、三組と?」

坊坂の言葉に、美月は驚いて聞き返した。

「そうでないと一組の先輩たちがやりにくいんだ。二年が今回、二組も三組も集団としてまともに機能していないから、一年生のみ相手にするってことになると。二組(ふたくみ)合同で掛かってくることになれば、一年生が主力でも、数がある以上、本気というか全力で掛かっても良いかという空気になるだろ。それに、どちらにせよ倉瀬は三組と組むと思う」

「わざわざ坊坂に知らせに来たのに」

「わざわざ来たからだよ。単に善意かもしれないが、組むつもりがないとアピールして油断させに来た可能性もある。で、実際には組む。競技には三組を斬り込ませるというか弾避けにして挑む。どちらの組にしろ残った方はぼろぼろになっているだろうから、そこを全力で叩く。とまあそのくらいのことは考えていそうだな。どうせ対抗戦そのものは、二組は勝てないから、棒倒しだけでも勝って、鬱憤を晴らそうと」

「ああ、うん」

美月は少々間の抜けた声で応じた。倉瀬が本当にそこまで考えているかは知らないが、坊坂は考えているわけで、学院祭の棒倒し一つにそこまで深謀遠慮を働かせてどうするんだと、内心呆れていた。

「須賀もさあ、そこで呆れていないで、ちゃあんと総選挙、頑張ってよお。三組倒すんだからさあ」

八重樫がおどけつつ、口を挟んだ。

「…前向きに善処します」

面倒だったが、馬鹿正直に言うわけにもいかず、美月の返答は働かない政治家のようになった。

「そういや、三組は里崎なんだよね。どんな衣装とか、聞いた?」

八重樫は続けて()いてきた。美月が、八重垣姫を演じる中村某の格好だと答えると、坊坂と顔を見合わせて黙り込んでしまい、ややあってから口を開いた。

「やっぱりさあ、今からでも、衣装、変えね?八重垣姫相手じゃインパクトに欠けるというか、印象に残らないだろ」

「それって、そんなに見栄えがするものなのか?」

八重垣姫と言われても分からない藤沢が尋ねて来た。

「ほら、時代劇に出て来るお姫様、って言われたら、ぱっと浮かぶような衣装だよ。真っ赤で(かんざし)が一杯で」

八重樫の簡単な注釈に、藤沢はしばらく考えてから、口を開いた。

「あれか、腹の前で帯をでけえ蝶々結びにしてるやつ」

『それは花魁(おいらん)

三人の声が(そろ)った。坊坂が少し考えて日本史の資料集を持ち出して、開いた。芸術史で、人形浄瑠璃の説明をしている写真だが、人形が八重垣姫だった。それを見た藤沢は納得したようで、大きくうなずいて、言った。

「須賀には無理だな」

「まあ、似合わないな」

美月は即座に反応した。おかしな話しだが、この衣装は女性の美月より、里崎の方が似合うと感じていた。藤沢は首を振った。

「似合う似合わないの話しじゃない。この衣装、等身大にしたら、布団を背負ってるようなものだろ。重さはどれくらいだ?身体に(さわ)る」

虚弱体質設定である美月の、体力を考えての話しをしていたらしい。美月は里崎が見せてくれた舞台の写真を思い起こした。確かに着物や(かつら)で結構な重量がありそうだった。

「そういや始業式前に、でかくて三十キロ以上ある荷物が届いたって寮監が愚痴ってたけど、あれ、ひょっとしたら三組の女装用の衣装だったのかもしれないな」

「三十キロ…」

「本格的だな」

八重樫が思い出したようにした話しの内容に、美月と藤沢は同時に声を出してしまった。

「でさあ、うちも、もっと派手でインパクトのあるのにしようよお」

八重樫は続けて、美月を真っ直ぐ見て、言って来た。口調は冗談めいているものの、目は真剣だった。美月が女性と知っている八重樫にしてみれば、ある意味負ける筈のない戦いなのに、美月のやる気のなさで負けそうなので、気に食わないのかもしれない。

「絶対嫌。何か考える。衣装はそのままで印象に残る策」

本音を言うと、そもそも印象に残って欲しくないのだが、そういうわけにもいかず、美月は必死で言い訳して、八重樫の圧力から逃れた。

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