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#05

約束をしたわけではなかったが、その日の授業が終わった後、美月は事務室に向かう途中で里崎と合流した。事務室で化粧品の件を伝えると、どう考えても一般企業であれば勇退している年齢の事務長が呼ばれ、事務長は美月と里崎を見て、首を(かし)げた。

「二組の子は?森下くんだっけ。何か用事?」

『さあ?』

二組の森下が来ていない理由など、美月と里崎に分かる筈も無く、事務長と同様、首を(かし)げた。

一遍(いっぺん)に来てもらわないと、面倒で…いや、そうか、君らから渡してもらえば良いのか。はい、これ。これが、今回、みんなが持って来てくれた分。それから、これが冷蔵庫の鍵。冷蔵庫の中の、学院祭用化粧品、って書いてある段ボールがそれだからね。両方、自由に使っていいよ。でも、冷蔵庫の方の、(あんま)り古いとか、変色しているとか、変な匂いがし始めているとか、そういうのは処分しちゃって。あ、化粧品だけだよ。冷蔵庫には色々入っているけど、その他のものには触れないでね」

鍵をかちゃかちゃ言わせつつ、事務長はのんびりと言った。里崎が、紙袋に入れられた、今年生徒たちが夏休み明けに持ち寄った分の化粧品を受け取り、美月は冷蔵庫の鍵と倉庫の鍵を受け取った。倉庫の中に稼働している冷蔵庫があるらしい。化粧品以外に何を入れているのか、美月も里崎も想像が出来なかった。

校舎と武道場の間にある倉庫には、予備の椅子や机、新品の掃除用具に加え、釘や金槌、(のこぎり)と言った大工道具に、(くわ)(かま)(おの)、ビニールハウス資材、害獣避けネットやらの各種農業用の器具、木材やブルーシートなどが整然と置かれていた。整頓されてはいるのだが、物そのものが多いので、一番奥に設置され、(かす)かに音を立てている冷蔵庫に手が届く場所にたどり着くのは、それなりに困難だった。そのせいで美月は化粧品以外に何が入っているのかを確認することをすっかり忘れていた。苦労の末、取り出された段ボールを倉庫の外に持ち出して、明るい外光で中身を確かめる。

「結構あるね。里崎はどういうのを使う予定なんだ?」

「うん。…須賀、この後、時間あるか?俺、一旦全部部屋に持って行って確認したいんだ」

「ああ、後で使わないやつを持って来てもらえれば、それで良いよ」

美月は化粧に()る必要の無い扮装なので、それなりに取り(つくろ)えれば良かった。

「いや、出来ればその、第三者の意見を聞きたいというか…。本当はうちのクラスの奴に頼むべきなんだろうけど。全員、戸辺山田さんに、体力つくるからって呼ばれて、走らされているんだ」

里崎は、学院祭に関する重要な用事、ということで抜けて来たとのことだった。別の組の、競争相手ということにはなるのだろうが、化粧品の選定に関わるくらい問題も無いと思い、また面倒な三年生に関わらざるを得ない身に同情した美月は、あっさりと承諾した。里崎と共に事務所に寄って鍵を返却し、一年生寮に向かうと、まず寮の談話室を(のぞ)いた。森下がいれば一緒に、と考えたのだが、いなかった。在室していた他の二組の生徒に尋ねると、部活とのことだったので、化粧品を里崎の部屋に取りに来てくれるよう伝言を頼む。それから里崎と代田の居室、10303号室に移動した。10303号室は恐らく学院内で唯一ここだけ、机の上の白い小さなマリア像にロザリオが掛けられていたり、英語ではない欧米系言語で書かれた西洋宗教史や芸術史の本や資料が沢山置かれていたりした。

「どういう化粧をする予定なんだ?」

美月が尋ねると、里崎は無言で、机の上からA4版の紙を取り上げ、見せてくれた。真紅の和服、()った黒髪、こぼれ落ちんばかりの金銀に輝く(かんざし)、顔は白塗りで朱を差した姫君の写真が印刷されていた。木組みの舞台に立っていて、美月はこの手の芸術には全くの無知だが、歌舞伎らしいということは理解出来た。

「八重垣姫を演じる中村某」

里崎が説明してくれた。

「やえがきひめ、の、衣装を着るわけか」

「いや、八重垣姫を演じる中村某の格好、をやる」

「…」

「うちの教団、戒律で異性装(いせいそう)が禁止されているから、あくまで男の役者に(ふん)するって建前」

やらせるなよ、そんな戒律がある奴に、と、美月は言葉にはしなかったが、顔に露骨に出てしまった。里崎は苦笑とも冷笑ともとれる笑いを浮かべつつ、八重垣姫の立ち姿を自分の方に向けて眺めた。

「総選挙に俺が出るっていうのも、戸辺山田さんの指示。というか、この件はケンタが凄い剣幕で反対して一旦流れた。だけどその後、二年三組の組委員ともう一人、戸辺山田さんのお爺さんが教授をやっている大学に推薦入学予定って先輩がやってきてさ、泣きながら土下座して頼んで来たんだよ。それ以上反対させたら、ケンタが逆恨みされかねないから、まあ、ね。あくまで男優の格好だから」

美月が同情する度合いを超えて、厄介な先輩だった。不快さを、更に露骨に表した美月に、里崎も浮かべた笑みを深くした。

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