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#03

学院の一階、美術室に二人の生徒がいた。一人は半袖半ズボンの体操着姿であり、大柄で、足に自信がありますと言わんばかりの引き締まった(ふくろはぎ)を持った、はっきりとした顔立ちの生徒で、もう一人は体操着の上に灰色のジャージを引っ掛けた中肉中背で、目と鼻筋のちょうど中間辺りにほくろがぽつりと一つあるのが印象的だが、顔そのものの印象は薄い生徒だった。二人は、美術室の備品が色々と混ぜこぜで置かれた一角の床の上、朱塗りの葛篭(つづら)を挟んで座り込んでいた。葛篭(つづら)はそれほど大きくなく、四十センチ四方くらいしかない。蓋と本体に、和紙にこれも朱色の墨で流麗な文字の書かれた札が貼られていて、今は両断されているが、もともとこの札で閉じられていたのだろうと思われた。

「これが…」

大柄な生徒のつぶやきに、ほくろのある生徒が重々しくうなずいた。

「そうです」

言うと、無造作に蓋を開けた。怪しげな煙や、封印されていた悪魔や、疫病や飢餓などが飛び出してくるようなことはなく、中身の入っていない古いたとう(、、、)紙で覆われた下、種々雑多な品物が詰められていた。品物に共通する点は、葛篭(つづら)に貼られていたのと同じ札が貼られていること、全て赤いものであるということである。ほくろのある生徒は、手をその中に突っ込んで掻き回し、底の方から半透明のポリ袋に入れられた真っ赤なランニングシューズを取り出し、床に置かれた葛篭(つづら)の蓋の上に仰々しく置くと、低い声で語り出した。


今から、数年前のことになります。夏に行われる学生陸上大会に出場する選手を決める時期でした。その学校では、長距離の種目に出られる選手は一人だけ。その枠を巡って、共に長距離陸上選手の学生Aと学生Bは争っていました。タイムはほぼ互角で、そのシーズンの調子も共に良好。ほとんど差はない。大会にどうしても出たかった学生Aは非常の手段に訴えました。学生Bのランニングシューズ、学生Bがとても気に入っていた真っ赤なそれに細工をしたのです。ある日、練習で走っている途中、学生Bの靴の紐が切れ、学生Bは派手に転倒し、足首を捻挫してしまいました。こうなると否応(いやおう)はありません。大会には学生Aが出場することになりました。学生Aの犯行は誰にも発覚すること無く、学生Bも内心どう思っていたかは定かではありませんが、表向き学生Aの出場を祝福しました。

ところが、学生Aは大会には出られませんでした。正に明日が大会というその日、軽い練習を行っていた学生Aは突如倒れてしまいます。熱中症ということでした。倒れた際に顔を強く打って鼻を損傷し、流れた血がランニングシューズを赤く染めていました。結局、鼻の骨折に加え体調が回復せず、大会には出られなかったのです。学生Aは病床で、自分の急な発病と怪我は、学生Bの怨念によるものではないかと非常に恐れ始めました。自分がやったことの負い目があるため、特に強く思い込んでしまったのです。学生Aは怪我が治っても学校に行けなくなり、家に引きこもってしまいました。家の中で不摂生な生活を何年も過ごし、結果、もはや学生ではないAは、病気で足を切断することになってしまいました。一時は陸上選手として活躍していた身です。走るどころか歩くことすらままならなくなったという事実に、Aはどうしようもない虚無感と、やり場の無い怒りに、食事が喉を通らなくなり、切断手術後しばらくして死んでしまいました。

そのAが、熱中症で倒れたときに()いていたランニングシューズが、これです。


ほくろのある生徒の長々とした語りを聞き遂げ、大柄な生徒はもの言いたげな視線を向けた。視線を受けた生徒は力強く言葉を続けた。

「何故か洗っても洗っても血の色が浮いて出てしまいます。が、ひょっとして走れば満足するのではと、()いて走ってみたAの弟に有り得ないタイムを出させてしまった代物です。この霊気の強い山の中でも数十分は()つでしょう。スタート地点で()いていると、教師や勘の良い生徒にばれてしまう可能性がありますから、コースの途中の山道に隠しておいて、そこまでは最下位でゆるく走りましょう。それでも問題ありません。一度()いてしまえば走者が誰であろうと本当に早く走らせてくれますから。ゴールした際にまだ効力が残っていたら、歓喜を装って、俺が出迎えて処置します。ご心配には及びません」

力説された言葉を聞いて、大柄な生徒は深くうなずいた。

「なら、心配はいらんな。うむ。我ら三組の弱点は長距離に強い生徒がいないこと。トライアスロンは仕方がないが、長距離走はこれで対応出来るな」

言いつつ、バインダーを取り出すと、挟んである紙に鉛筆で何事か記載した。体育祭部門得点表と記されたその紙には、体育祭の各種目で取得出来る得点が一覧になっている。その得点の合計点が一番高い組が優勝である。長距離走は各組から三人の選手が出場し、合計九人で争われ、一着が九点で順位が下がるごとに一点ずつ減って行き、最下位は一点という得点構成になっていた。

「問題は、倍々リレーと、どう転ぶか予測が付かない棒倒しか」

鉛筆の芯で紙をこつこつと叩きながら、大柄な生徒は悩む様子を見せた。倍々リレーは四人の選手が、二百、四百、八百、千六百メートルを走るリレーである。各組で一組四人が出場し、一着だと十五点、二着が五点、最下位で一点、得点出来る。

「一組所属の、長距離に自信がある生徒は基本、長距離走かトライアスロンに出るそうです。なので、倍々リレーは我らとそう変わらない戦力での闘いになるはずです。この際、倍々リレーは成り行きに任せ、それよりも棒倒しで勝つために、二組と共闘する線を押し進めましょう。二組は二年生がやる気が無いので、棒倒しでの完勝は不可能です。しかしそれが不満な一年生も多いですから、ならば我らと共にまず一組を倒して最下位を免れる、という案を呑ませましょう」

棒倒しは三つの組が同時に争い、最後まで残れば十五点、次が五点、初めに倒されると一点である。ただ得点以上に負けると何となく腹が立つというのがこの競技の特徴だった。競技順として体育祭の最後にあり、締めの一番でもある。大柄な生徒は再び深くうなずくと、その線で話しを進めるように指示した。案を持ちかける相手が一年二組の生徒になるので、同じ一年生であるほくろのある生徒の方が、三年生である自分よりも話しをし易いと考えたのだった。ほくろのある生徒は任せてくれというように、何度もうなずいた。

「そして『女装アイドル総選挙』です。二組は森下という、縦にも横にも大きい生徒が担当で、笑いを取りに来ました。しかしこれまでの傾向を見るに、笑いは取れても票には結びつきません。やはり正統派でないと。一組は須賀です」

『女装アイドル総選挙』は全校生徒の得票数で順位付けられ、得票順で、棒倒しや倍々リレーと同じように十五点、五点、一点が加えられる。

「あの治癒能力者か。まあ妥当だな。里崎は勝てそうか」

美月は在校生内で唯一の治癒能力の持ち主なので、名前も容姿もそれなりに知られていた。大柄な生徒の問い掛けに、ほくろのある生徒は笑みを漏らした。

「一組の女装のテーマは『S系女医』だそうです。能力に掛けたのでしょうかね。テーマはとにかく、見た目は白衣になるでしょうから、ウチの方がインパクトでは遥かに上です」

一組の生徒の誰もそのような設定した覚えはないのだが、何故かそのように拡散されていた。ほくろのある生徒は更に浮かべた笑みを深いものにして、続けた。

「…ただ、念のため、少々トラップを仕掛けています。女装の出来がどうであっても、投票したくないと思わせるというか、人望を失わせるというか、そういう方向で」

「この間の、あの話しだな。頼むぞ」

真っ直ぐにこちらを見て話す、愚直な大柄な生徒の姿に、ほくろのある生徒は内心ほくそ笑んだ。大柄な生徒は、ただ学院祭で勝利したいというだけで、せこい立ち回りまでしているわけだが、ほくろのある生徒は違った。学院祭などどうでも良い。だが、勝利に協力すると見せかければ、大柄な生徒が持つ影響力を同級生どころか上級生にまで駆使出来た。大柄な生徒の祖父は学院からの進学者、もしくは進学しないでも滑り止めに受ける者が多い仏教系の私立大学の教授で、特に学院から推薦入学をする場合には話しを通さないといけない相手だった。この後ろ盾を利用して、自分への当たりが良くない三組の生徒を(ひざまず)かせたり、組で孤立する原因を作った存在を同じ目に遭わせてやったり、一学年上だというだけで偉そうにしている連中を意のままに動かしたり出来れば、この人里離れた辺境での生活も、少しは楽しくなるというものである。

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