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#02

夏ばてとはおよそ無縁で、一学期の終業式に見た時より膨張しているように見える校長の話しを聞いて、二学期の始業式はつつがなく終了した。生徒たちはぞろぞろと式が行われていた武道場から各教室に戻っている。ただ一年生は、自分たちの教室ではなく、同じ組だが一学年上の二年生の教室に向かっていた。今日この後は九月の末に行われる学院祭についての話し合いが二年生の教室で行われる。学院祭は、午前中が組対抗の体育祭、午後に文化系の部活や有志によって行われる文化祭、という次第で、体育祭は縦割り、一年生から三年生まで同じ組で一つの団体になり、組対抗で対戦する形式になっていた。ただ三年生は希望者のみの参加であり、毎年ほとんど参加者がいないので、実質的には二年と一年の生徒で何事も決定されている。対戦に勝ったところで何かあるわけでもないが、負ければ悔しいと本気を出す生徒もいれば、お茶を濁す程度の参加をする生徒ももちろんいた。

美月は性別詐称の関連で、虚弱体質という設定に立っていて、体育の授業を免除されている。当然、体育祭でも競技には参加しない。その上、始業式の後に、医務室常駐の医師と保健体育の教師に呼ばれて、どうせ不参加なのだからと、体育祭の間中、保健委員として救護テント詰めでいることを言い渡されていた。なので二年一組の教室の中、生徒たちが体育祭の参加種目を割り振るのを、ただ黙って見守っていた。他の一年生は立ったままだが、美月には壇上で司会を務める二年の体育委員…学院祭実行委員を自動的に兼務している…の席があてがわれていた。遠慮したかったが、美月が座らないところで他の誰かが座るわけでもないので大人しく席についていた。

二年一組の組委員は久井本(くいもと)宗鷹(むねたか)で、棒・槍・杖術の部の部長でもある。そして一年一組の生徒は大半が同部の部員である。そのため、一年の生徒たちは皆非常に協力的で、(とどこお)りなく選手が選出されていった。体育祭についての話し合いが終わると、次に文化祭で行われる『女装アイドル総選挙』なる、何故か文化祭でここだけ組対抗になっている、女装コンテストの出場者の話しになった。特に規定があるわけではないが、暗黙の了解で一年生から出すことになっている、というのを美月はこのとき初めて知った。

「須賀か八重樫が適当だと思いますけど」

二年生の体育委員と共に黒板の前に立ち、板書きを担当していた一年一組の体育委員、森南(もりみなみ)が言い出した。一年一組で一番背が低いのが八重樫で、次に美月ともう一人、同じくらいの高さで尾上(おのうえ)という生徒がいる。婦人用の服を着られるかということを考慮すると、この三人までがまず適当なのだが、尾上は芸人としてネタにし得る水準の容姿なので、笑いを取りに行くという目標設定ではない限り、美月か八重樫の二択になってしまう。

「えええ、俺トライアスロンと長距離走出るんですけどお。午後から調理部の出し物で料理するんですけどお。それに女装までやらせるんですかあ!?」

森南の提案に、すかさず八重樫が反応して大声を上げた。八重樫は棒・槍・杖術の部の部員ではないが、久井本と小学校時代からの友人で、しかも入学早々に他の組の二年生と喧嘩騒ぎを起こした関係で、二年生にも良く知られている。本人もその辺り良く分かっていて、遠慮がなかった。

『須賀で』

一択だった。美月が何か言い出すより早く満場一致で決まっていた。

「えっと、俺、午前は保健委員として救護テントにいて、午後は生物部で…」

「展示だけだろ」

目立ちたくない美月は、それでも(あらが)おうとしたが、坊坂の、低いぼそりとしたつぶやきに潰されてしまった。二日前から必死でやり残している課題に取り組んでいる坊坂は、目の下に隈を作っているうえ不機嫌そうで、体育祭の選手を選出する間、口らしい口を出していなかったのだが、このときははっきりと言い切った。美月は、貸した生物のノートに挟まれていた写真やら資料について聞かれたときに、何の気無しに文化祭の生物部の出し物で使うこと、展示のみだということを教えてしまったことを激しく後悔した。

「須賀くんで決まりね。衣装をどうするか、なんだけど、提案あるひといる?」

二年の体育委員は容赦なく、次の話題に移っていた。八重樫が手を大きく振って主張した。

「はいはいはい!ふりふりきらきらの!お姫様ドレス?ゴシックロリータ?そいういうの!ピンクとかオレンジとかで!」

「絶対嫌だ!ゴリラが女装したみたいになるだろ!」

美月は今回は間髪入れずに反論した。八重樫はきょとんとした表情で美月の顔を見やった。八重樫だけでなく、壇上と教室内全体から怪訝な目で見られ、美月は使う言葉を間違ったことに気付いた。

「…ああ、動物園で赤ん坊のゴリラが、女児のスカート穿()いていたり帽子(かぶ)っていたりすることがあるけど、あれのことか?あれはあれでありだからいいんじゃないか?」

藤沢が藤沢なりに自己完結した内容を口にした。

「ゴリラに例えるのが不適切だ。須賀には悪いがどう考えてもゴリラの力強さにはほど遠い。百歩譲ってもニホンザルだ。ニホンザルをディスる気はないが」

藤沢の隣に立っている坊坂が応じた。少し考えるように視線を天井辺りに彷徨(さまよ)わせて、誰に向けるでも無く、更に言葉を続けた。

「猿でなくても良いのなら…ブラックマンバかブームスラングだと思う」

「…何の技名だ?」

「毒蛇だ。須賀が生物部の展示で使う、正面から写した写真を見たんだけど、目がくりっとしていて、似ている」

「…坊坂くん、蛇の話しはそれくらいで。衣装の話しをしたいので。何か希望はある?」

美月は、見かけよりも坊坂が疲れていると思ったが、二年の体育委員も同じことを考えたようだった。放っておいたら際限なく脱線しそうな話しを元に戻した。

「ああ、済みません。衣装は…そうですね、制服とか」

坊坂は美月に一瞥(いちべつ)をくれると、簡単に答えた。

「ああ、シンプルにね。いいかもね」

二年の体育委員はその提案を気に入ったようだった。単純に、八重樫が言うようなドレスだと準備が面倒だと思ったのかもしれない。

「だったらセーラーか?ブレザーに紺色のハイソックスもいいか」

「制服って学生服オンリー?チアガールとか、看護師とかは?」

「あ!看護師で、今主流のパンツスタイルならいいです!」

「いやそこはあの白いワンピースにキャップじゃないとだめだろ」

次々に上がる意見に便乗して、美月も声を上げたが、即座に却下された。

「医療系なら、黒の、あの何て言うんだ?ぴったりしたスカートに黒のストッキングに白衣で女性医師は?黒縁眼鏡掛けて」

結局、美月抜きで採決が取られ、その意見が採用された。決め手になったのは二年生の一人から、姉が就職活動に使ったがその後太って着られなくなった黒のスーツを送ってもらうという話しが出たからだった。女装に使う衣装や(かつら)の調達に掛かる費用は全員で負担する。コンテストに興味が無いか、衣装にこだわりが無い、安く上げたいと考えている層に受けたのだった。ドレスよりはましとはいえ、無言で憮然としている美月に藤沢が声を掛けた。

「諦めろ」

「…何だかなあ、夏休みで本物の女、見て来たばっかりだろ。何で学院の奴を女装させて喜ぶんだよ」

万事が決定し、一年の教室に戻る道すがら、美月は級友たちに(こぼ)した。

「そりゃあさ、見るだけじゃん。話しなんてとてもとても。須賀みたいな、女ウケする中性的なイケメンじゃないとさあ、話しかけても無視されるだけで。それに比べれば、クラスメイトならとりあえず、返事はしてくれるもんな。…ああ、モテたい!イケメンに生まれたかった!」

「男はまず経済力だろ」

同じ組の田中のぼやきに、機嫌の悪い美月は無表情で断言した。

「須賀、色々と、だだ漏れしてる」

美月の中身が女性だと、学院内で唯一知っている八重樫が笑いを噛み殺しつつ小声でささやいた。美月は冷ややかな目で隣を歩く八重樫を見た。

「八重樫もさ、なんであんな、ややこしいドレスとか言い出すんだよ」

「え、だって、短髪、化粧無し、ズボンで女装として成立したら、やばくね?ごてごてに飾り立てた方がごまかしがきくと思ったんだけど」

更に声を小さくして言われた八重樫の言葉に、美月の動きが止まった。八重樫は浮かべた笑みを深くした。

「ばれるリスク、考えてなかった?」

「…っ、いや、ほら、今更俺の性別を疑う奴もいないだろ」

美月は同じく声を小さくして(こた)えた。

「まあ確かに、今更だよね。大丈夫だとは思う。でもウチのクラスの奴らはとにかく、先輩方の中にはいろいろこじらせちゃって、見た目よければ男でも、なあんて考えるのもいるから、ねえ。気を付けろよお」

くつくつ(、、、、)と、含み笑いを漏らしつつ、八重樫はもの凄く楽しそうな口調で言った。

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