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#17

赤い六尺(ふんどし)の付喪神はふわふわと宙を舞い、一旦上昇した後、高度を下げると、運動場の東側にある武道場の前で出番を待っていた棒倒し用の竹の先端に巻き付いた。その際、下りて来たところを狙った生徒の一人に、布地の(なか)ば辺りを掴まれたが、逆に掴んだ手を思いっきり締め上げた。手を、骨が折れそうなほどに引き(しぼ)られた生徒は悲鳴を上げた。すぐに解放されたものの、生徒は地面に座り込むと色が変わってしまった手の平と指を、逆の手でさすった。赤い六尺(ふんどし)の付喪神が見せた意外な攻撃力に、追いついて来た他の生徒たちも、素手で(つか)まえることをためらい、やや距離を取って囲んだ。竹の一本に布地を(から)み付けた六尺(ふんどし)の付喪神は、ゆっくりと両端を伸ばして更に他の二本の竹の先端に丁寧に巻き付けると、そろそろと高度を上げた。三本の、成人男性三人分はある長さの竹が引きずられ、徐々に宙に浮いていき、最後には特大の三脚が浮いているような景色になった。この強力(ごうりき)は予想していなかったらしく、周囲の生徒たちや教師たちからどよめきが()いた。そのどよめきが収まるより早く、六尺(ふんどし)の付喪神は、三本の竹を持ち上げたまま、布地の両端を結びあわせ輪を作り、輪の形態の全身を、中空で横回転させ始めた。初めはのろのろとしたものだったが、推進力が付いたのか、少しずつ速度が上がって行った。赤ちゃんをあやす用品の一つ、天井から吊るされて音楽を鳴らしつつ、くるくると回るベビーメリーというか、昔は公園や小学校に設置されていた遊具の一つである回旋塔というか、そのような状態である。空を切る、三脚でいえば脚の部分に当たる竹が、かなりの遠心力を持った頃、六尺(ふんどし)の付喪神は動きだし、近くにいた生徒と教師の数人を竹で弾き飛ばした。悲鳴が上がった。プールから引き上げて来た面々がちょうど行き当たり、その大掛かりな姿に目を丸くした。運動場を半周した戸辺山田が、顔をこれ以上無いほど真っ赤にして、近くをもの凄い速度で駆け抜けて行ったが、誰もそちらに周囲を払わなかった。

六尺(ふんどし)の付喪神は、風切音を立てる三本の竹で周囲を牽制しつつ、緩慢ともいえる移動を開始した。武道場の前から広けた運動場に向かって進み、真ん中辺りにまで来ると、そこで一旦移動を止めた。ただ依然、持ち上げた竹は振り回し続けている。六尺(ふんどし)の付喪神が移動を停止したことで、武道場とプールの方から追いかけて来た生徒たちに加え、宙を切り裂く竹を目に留めた、棒・槍・杖術の部の部員たちも運動場に集まり、周辺にはそれなりの人数が(そろ)った。

「久井本!」

武道場の前から移動して来た二年生の一人が、大声で久井本に呼び掛けた。一目で重量級の柔術部部員だと分かる姿形である。同じような体格の二年生が更に一人、そのやや後ろに(たたず)んで、振り回される竹を見ている。

「藤沢を貸してくれ」

「藤沢、行けるか?」

久井本が問い掛けると、藤沢は力強くうなずいた。二人の柔術部部員に藤沢を加えた重量級にして、腕力に自身のある三者は、竹を指差しつつ、動きの確認をし始めた。

「おい!手の()いている奴!倉庫に来てくれ!網を、捕獲用のネットを出すんだ!」

付喪神たちが解き放たれた際に、美術室前で生徒に指示を出した教師が、倉庫の方から駆け寄ってくると、運動場にいる生徒たちの集団に向かって大声で呼び掛けた。捕獲対象が何かは不明だが、そのための網を取り出す人手を必要としているらしい。久井本はさっと部員一同を見渡すと、約半数、軽量級で、風を切って襲ってくる竹に相対するにはやや力量不足と思われる部員たちを指名した。指名された部員たちは、たちどころに倉庫の方に向かって駆け出し、部員ではない生徒たちも何人かが、倉庫の方に向かった。その間も六尺(ふんどし)の付喪神は、三本の竹を、ぐわんぐわん、と、回転させている。

その六尺(ふんどし)の付喪神を中心に置いて、取り囲むように三方に散った二人の柔術部員と藤沢は、数度、息を合わせるように体を動かしていたが、一瞬、機を見計らうと、全く同時に回転する竹に向かって飛び付き、振り回される竹とがっぷり四つに組んだ。少々、運動靴の底が土で(こす)れる音が上がったが、三人は竹の動きをしっかりと止めていた。周囲から、運動場全体に響き渡るような大きな歓声が上がった。

竹の下部は、押さえ込まれ、動きを止められた。しかし回り続けていた勢いがある六尺(ふんどし)の付喪神は、すぐには停止せず、一周の四分の一ほど回転し、巻き付いている竹の先端が持つ柔軟性が限界に来たところで一瞬だけ止まると、今度は元に戻ろうとする竹の動きにつられて逆向きに半回転した。竹の根元を捕らえている三人は、先端部分から伝わって来たその逆回りの半回転も耐え、先端部分と六尺(ふんどし)の付喪神が動きを止めたと見るや否や、一時(いちどき)に外側、六尺(ふんどし)の付喪神から離れる方向に向けて走り出した。(から)み付いている竹を下から引っ張られる形になった六尺(ふんどし)の付喪神は、布地が裂かれそうになり、必死でもがいて踏ん張った。棒倒しというより六尺(ふんどし)の付喪神対生徒たち三人による、棒取りの競技に近い様相になった。力が拮抗(きっこう)し、膠着状態が訪れた。

棒・槍・杖術の部の部員の一人が、運動場まで(たず)えて来ていた練習用の長槍で、六尺(ふんどし)の付喪神を突こうと試みたが、棒・槍・杖術の部で扱う得物の中でも一二を争うほど長いそれでも届かなかった。他の、周囲を取り囲んでいる生徒たちと教師たちが、竹を掴んでいる三者に助力するべきか、何かより長い得物を見つけて来て、六尺(ふんどし)の付喪神に直接攻撃するべきか動きかねているうちに、六尺(ふんどし)の付喪神が先に動いた。不意に三本の竹の、自身が(から)まり巻き付いている部分に思いっきり力を込めると、力任せにその部分を折り取った。藤沢と、柔術部部員の二人は、突然、竹の上部にあった作用点を失ったことで、前のめりにつんのめって、地面に突っ込んだ。六尺(ふんどし)の付喪神はというと、先端部分を折り取るやいなや、竹のうちの一本、柔道部部員の一人が持っていた竹の切断面から、柔道部部員が勢い余って地面に膝をつくより前に、するすると中に入り込んで行ってしまった。

『はあああっ!?』

竹を離して逃げ出すことはまだ考えられていたが、その行動は想定外だった、周囲の生徒たちと教師たちから、一斉に声が上がった。竹を捕らえていた三人は、何が起きたのか分からずに、突如視界から消えてしまった赤い布地を探して、視線を彷徨(さまよ)わせた。

「そっちだ!中だ!竹の中!」

教師の一人が叫ぶと、倒れかかった際に手を離したたため、地面に落ちて転がされていた竹に駆け寄り、折り取られた部分から中を(のぞ)いた。

「暗いな」

「これ、どうぞ」

美月は工具箱の中から取り出した、小型の懐中電灯を教師に渡した。オルゴールの付喪神が、満足したのかただのオルゴールに戻ったあと、一旦は末永医師と共に悲鳴の上がった武道場の前で、竹に打ち倒された生徒の具合を診ていた美月だが、六尺(ふんどし)の付喪神の振り回す棒倒しの竹に素手では大変だと思い、元々救護テントに置かれていた、工具箱に(なた)や鎌や手斧といった農機具を両手で抱えてやってきたのだった。初めに使うことになったのが懐中電灯だとは予想していなかったが。

「くっ、中の(ふし)を砕いて、奥にまで入り込んでいるようだ」

「どの辺りですか?」

「分からん。かなり奥だ」

生徒たちは、美月が地面に置いた(なた)や手斧、工具箱の中から(のこぎり)を無言で取り上げた。美月は下がらされ、竹の根幹に近い方に(のこぎり)が当てられた。先端の細い方に、鉈と手斧が振り下ろされた。三十センチ刻みほどで、解体されていく竹を見つつ、美月は、丸太切り大会というのがアメリカかカナダかどこかであったなあ、と思いを(めぐ)らした。六尺(ふんどし)の付喪神は竹の中心部で出来た長さ五十センチほどの筒に最後まで籠城したが、その時点で別の教師が持って来た朧露(ろうろう)堂の札に、出入り口()り得る筒の両端を封じられ、筒本体にも札を貼られ、捕獲された。

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