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八章 最後の門

八章 最後の門


 川沿いの道を下って行くと川向に花畑が見えてきた。

綺麗な花が幾重にも重なっている。

 どうせなら、向こう側を走ってみたかったな。

「あそこだよ!」

 アタシが花に気を取られていると、足元からそんな声が聞こえた。

声の主のエドを見る。

 エドは川に隣接するとてつもなく大きな門を指差していた。

「すごい」

 それは溜息が出るほど美しい黒い門だった。

荘厳という言葉がこの門のためにあるのでは無いかと思わせるほど、重々しく威厳がある。

「これが最後の門?」

 アタシの口から漏れた言葉に、エドは頷いた。

門の前には何人もの人が並んでいる。

 どの人もピンと背を伸ばし堂々としている。

 そして、その列の前には、着物を着た褐色の肌をした大男がいた。

 大男は険しい表情で、一人一人に何かを聞いていた。

 きっと彼が門番なのだろう。

 並んでいた人達は、門番に話をした後、門へ入ったり、川を渡ったりしている。

「みんな、何を選んでいるんだろう?」

「それは、行くか戻るかを選んでるんだよ」

「行くか、戻るか?」

「うん。今まで取り戻した記憶から、現実世界へ戻るべきか死後の世界へ行くべきかを選んでいるんだ」

「どっちが良いかは人それぞれ。幸も良く考えて選んでね」

 アタシは頷いた。


 一人、また一人と前に並んでいる人が減って行く。

 それとは反対に、一人また一人と後ろに人が増えていった。

 アタシの目の前にいた人も門番と話をし門の中へ入った。

「次の者」

 ついに、アタシの番になった。

「よくここまで参られた」

 男の声は低く頭に響く。

「ここは、現世へ戻るための門、終わりの門だ」

「この門は、一歩でも入れば、現実世界に戻らない限り、あの世にもこの世にも戻れない迷い門だ」

 一瞬の間を置き男は言った。

「主に最後の選択をやろう」

 アタシは、静かにうなずく。

「このまま門に入って元の世界を目指して進むか、それとも、そこの舟に乗って川向の魂の安息場へ行くか。自分で決めるが良い」

 答はすでに決まっていた。

「門に入ります」

 アタシの言葉に男は肯く。

「では、カードを渡せ」

 アタシはポケットからカードを取り出す。

 そして男にカードを手渡した。

 男はカードを受け取ると機械に入れる。

そして機械のスイッチを押した。

「それでは、目の前にある門を開けるが良い」

 機械からは、地図もカードも出てこなかった。

「今までありがとね」

 振り向いてエドに言う。

「また来いよ!」

 エドが冗談めいた口調で笑いながら言う。

「うん」

 アタシの返答にエドの動きが止まる。

「アタシがおばあちゃんになったらね」

 アタシとエドに共に微笑んだ。

これが、最後のカギ。

ワンピースのポケットからカギを取り出した。

もうカギ束ですらない。

 アタシは、手が何かに触れている模様のカギをカギ穴に入れる。

 そしてそれを回した。

 カチャリ。

 カギの開く音が聞こえた。

 アタシはゆっくりとその門を押し開ける。

 その瞬間アタシの意識は、闇へと吸い込まれた。


 門の中は今までと同じように闇の中だった。

 どこへ行けばいいのだろう?

「ここだよ」

 聞き覚えのない男の声が聞こえる。

「ここで待ってれば良い」

 聞き覚えのない女の声が聞こえる。

「このまま、ここにいれば良いよ!」

「自殺したんだよ、戻っても悲しいことだけさ」

「何も考えずにこのまま、ここにいれば楽だよ」

「さあ、いっしょに」

 いくつもの声が聞こえる。

 違う。アタシは戻るんだ! 

 戻らないといけないんだ! 

「何で、戻らないといけないの?」

 それは、待ってるから待ってくれてるから。

「誰が待ってる?」

 家族が待ってる。

 お父さん、お母さんが待ってる。

 友達が、待ってる。

「それは、君の意思じゃ無いんじゃないかな?」

 いや、これはアタシの意思だよ。

 悲しんでるから、アタシはアタシのために悲しんでくれる人がいるから……

 悲しんでる顔を見たくないから! 

 だから、

 だから帰るんだ!


 目の前に光の通路ができた。

 この光に従って進めって事? 

 光の通路に沿って進んで行く。

 光の通路の両端には、窓のようなものがいくつも並んでいた。

 窓の中を覗いてみる。

 窓の奥にはアタシがいた。

 アタシが生まれた瞬間だった。

 アタシ大声で泣いていた。

 必死に呼吸をするために。

 母親の関心を惹くために。

 必死に生きるために。

 そこで、その窓はぱっと消える。


 隣の窓に目を向ける。

 雑誌のおまけでケーキ屋になろうとしてるアタシがいる。

 これは、子供の頃の夢……

 そこで、その窓はぱっと消える。


 隣の窓を覗く。

 これは中学生の時だ。

 アタシは授業中に、ほおづえをついて外をぼ一っと眺めていた。

 その視線の先には電車が走っていた。

 あの頃、いや、今でも思っていたはずだ。

 このまま、アタシは電車に乗って降りる駅も分からずに、乗りつづけるのだろうかって。

 皆が降りるからその駅に降りて、

 皆が乗るからその電車に乗って、

 安全そうだからって理由で、そのまま人につられて乗るのだろうか? 

 そこで、その窓はぱっと消える。


 隣の窓を覗く。

 高校生になったアタシだ。

 そこは、お風呂でアタシの手にはナイフがあった。

 そしてお風呂に入って、

 震える手でナイフを持っていた。

 そう、これに至るきっかけは、単純だった。

 何かの雑誌にリストカットをする理由が載っていた。

 何もかも忘れられるからだ。

 アタシは子供の頃から好きだった人と会えなくなった直後だった。

 アタシにとってその人はアタシの全てだった。

 会えなくなった瞬間アタシの世界は全て崩壊した。

 世の中でアタシがいる意味なんてあるのかなと思った。

 アタシなんて、いなくていいんじゃないかなって思って、

でも、本当は……

心の奥底には……

アタシがここにいるって言いたかった。

 アタシが世界にいることを確かめたかった。

 アタシのためらいは無くなり、手首を切った。

 窓が、ぱっと消える。

 辺りは、しだいに音がなくなり辺りは闇に覆われた。

これで終わり? 



これが、アタシの人生?



たったこれだけの人生?



まだ生きたいよ!



まだ何もしてないのに。


 

 静かな時間の中で、カチカチと時計の音が響く。

 何時だろう?

 ポケットから時計を取り出す。

暗くてわかんない。

間に合わないのかな。

 エドごめんね。

 時計を持っているエドの姿が思い浮かんだ。

 エドの姿が次第に男の子姿に変わる。

 男の子は段々と男に姿を変えていった。

 こんな事になるなら、もら一度ちゃんと話をしたかったな。

 会いたい。

 時計の音が止まった。


 まぶしい……

 アタシは目を覚した。

 見覚えの無い白いシーツが目に入った。

 今、何時だろう?

 左右に軽く首を振るが、白いカーテンしか目に映らなかった。

 暖かい。何だろこの感触。

 感触のする方を見る、ベッドの横でアタシの手をぎゅっと握っている男の子がいた。

 男の子と目があう。

「幸!」

「ただいま」

 男の子はアタシを抱きしめた。


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