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七章 会の門

七章 会の門


「そういう事があったんですか」

 門番さんは濡れた髪をうっとおしそうにかきあげる。

 アタシは事のいきさつを門番さんに説明し、どうすれば良いのか聞いたところだ。

「それはきっと、現実世界に未練を残した方のやった事だと思います」

「未練を残す?」

 門番さんはアタシの反応にうなずくと話し始めた。

「ええ、この世界は死後の世界と現実世界との境目だという事はご存知ですよね」

「はい、それは案内人から聞きました」

 確か、エドがそんな事を言ってたような気がする。

「その方は、この世界から、帰るべき目的をしっかりと持っていたんだと思います」

 彼女は真剣な眼差しでアタシを見た。

「それも簡単には揺らぐことのないくらい、しっかりとしたものを」

 そして、アタシから目を逸らす。

「でも残念ながら、その方が現実世界に戻るより先に、なんらなの理由で肉体が崩壊したんでしょう」

「つまりどう言う事ですか?」

「現世との繋がりが無くなり、カギだけが壊れてしまったのです」

 門番さんは、垂れてきた髪をもう一度かきあげる。

「カギが無くなればどうしますか?」

「他人からカギを奪うとか?」

「ええ、それだけ戻りたいと思っているのです」

 でも、ひとつ疑問が出てきた、

「他人のカギで門が開く事ってあるんですか?」

「私の知っている限りではありません」

「ならなんで!」

 アタシのカギなんて使っても意味無いじゃない。

「多分、肉体が崩壊すると同時に、案内人も消滅したのでしょう」

「手に入る情報が無くなったら、想像するしかありません」

「たとえそれが、絶対的にありえない事であったとしても、それをやるでしょう」

「分かってるなら止めて下さいよ!」

 門番さんは、ゆっくりと首を左右に振った。

「この付近で足を止めていてる人は、奪われてもほとんど文句を言わない人達です。だから私は何もする気はありません」

「何故言ってこないか、理由は分かりますよね」

「ええ」

 そうだ。

 あそこで、うずくまっていた人は、みんな生きる気持ちを失っていた。

 そんな消えてしまいそうな人が力ギを盗まれた所で取り返そうと思うはずも無い。

「それで、力ギを盗んだ人がどこへ行ったかとか分かりますか?」

「それは、カードが知ってるでしょう」

「カードが知っている?」

「ええ。地図をひろげれば分かるはずです」

 アタシは、ポケットからカードを取り出すと地図を広げた。

そうか!

カギは、その門しか開ける事ができないんだ!

つまり……

「次の門へ行けば良いんですね」

「ええ」

「色々ありがとうございました!」

 あたしはお礼を言うと次の門を目指して走りだした。


 さっきまでシトシトと降っていた雨は止み、快晴と言っていいぐらいの青空になっていた。

 アタシはポケットからカードを取り出し、立体地図を出す。

あれから門を目指したけど、どうやって行けば良いのか分からなかったので、雫駅まで戻ってカエルの駅員さんに次の門までの道を教えてもらった。

 確か、この川沿いのT字路を真っ直ぐ進めばいいんだよね。

 アタシは、細い山道を突き進んで行った。

 そのまま突き進んで行くと、開けた場所になっていた。

 あそこなんだ。

 そこには、白塗りの三階建ての美し門があった。

「でも、どうやって行けばいいんだろう?」

 その門の手前には幅二メートルを超える堀があった。

 左右を見て橋か何か無いか調べるが、それらしきものは見当らない。

 もう少し移動してみようかな。

 そう思い、堀に沿って移動する。

 そのまま歩いて行くと重大な事に気がついた。

 一周してたんだ。

 気がつくと橋らしきものは無く一周していた。

 何か渡る方法何か無いかな……。

 アタシは、両腕を組ながら考えた。

 一、跳んでみる。

 二、橋を作る。

 できれば安全に二を選びたい。

 でも、橋になる材料が無い。

 ここにある木を橋にするっていうのも考えられるけど、木を切るのにどれだけ時間がかかるかわからないし……

 それに、木を切るための道具が無い。

 結局跳ぶしか無さそうだな。

 アタシの走り幅跳びの記録なら、飛べるとは思うんだけど……。

 失敗したら大変だろうな。

 アタシはゆっくりと、谷の底を覗いてみた。

 真っ黒だ。

 近くにある石を落としてみる。

 ……

 暫く間があった後、カコーンという音が響いた。

 落ちたら、かなり痛いんだろうな。

 唾を飲み込む音が頭の中に響く。

「行くか!」

 走りやすそうな場所を探し、そこまで下がり、力いっぱい走りはじめる。

「ここだ!」

 堀の手前で、めいいっぱいふんばる。

 そして、跳んだ。

「届け――――――!」

 あたしは、心の底から叫んだ。

 永遠と思える一瞬が訪れた。

 バタン。

 谷をわたった先で、アタシは勢い良く前のめりに倒れこんだ。

「アハハ……」

 緊張から開放されて笑いが止まらない。

 呼吸を整える。

 あれ? 痛くない。アタシ勢い良く倒れ込んだはずなのに? 

 そうか、そうだったね。この世界って感触なかったんだ。

 じゃあ落ちても痛くなかったんだ。

「アハハハハ」

 もう一度、笑いが込みあげてきた。

 息整えないと……

 アタシは、息を整えた。

 そして、飛んだ堀を見る。

 思っていたよりも遥かに小さかった。

 結構簡単に跳べたな。

 アタシは、立ち上がり体中についた埃を落とした。


「ようこそ、会の門へ」

 白塗りされた門の前に若い男が立っていた。

「それでは、貴方のカードを見せて下さい」

 うーん。カギを持ってなくてもカードさえあれば、門の場所を教えてもらえるよね。

「どうかしましたか?」

「いえ」

 あたしは、ワンピースのポケットから恐る恐るカードを取り出す。

 男はアタシの行動を気にするふうでもなくカードを受け取ると機械に入れた。

 地図が印刷される音がアタシをドキドキとさせる。

 機械からは今までの門同様に地図が出てきた。

「これが地図です」

 男はそう言うと、アタシに地図とカードを手渡した。

カードさえあれば問題無いんだ。

「この門では何か思い出すことができるんですか?」

「そうですね――、あなたの会いたい人の記憶です」

「会いたい人?」

「ええ、この会の門では、貴方が会いたかった人の事を知る事ができるでしょう」

「貴方にとっての会いたい人っていうのは、心の底から好いていた人かもしれないし、心の底から憎んでいた人かもしれない。それはアナタにしか分からない事」

 いったい誰が出てくるのだろう?

「では、くれぐれも、お気をっけて」

 門番はそう言うと奥へ行くように促した。


 地図に従って進むとアタシの門へ辿りついた。

 それにしても、彼女はどこにいるんだろう。

 アタシのカギが使えるのはココだけのはずなのに!

 もしかして、アタシの門へ来ずに、彼女の門へ行ったのかもしれない。

いや、多分その可能性は低い。

始まりの門の出来事を考えればここに戻ってくるはずだ。

それに、アタシには、彼女の門のありかも分からないし。

ここで待つ事が一番のはずだ。

 アタシはポケットから時計を取り出した。

 後一時間。

 来るだろうか?

 間に合うだろうか。

 もし間に合わなかったらこれで終わりだ。

 ガサッ。

 何かの動く音が聞こえた。

 アタシは素早くそこへ視線を移す。

 そこには例の女の人がいた。

「まてっ!」

 アタシの声に女が振り向いた。

「アタシのカギ返して!」

「誰が返すものか」

 彼女は、即答し走り出した。

「逃がすか!」

 アタシは、彼女を追いかけて走り出す。

 彼女は何度もアタシの方を振りかえりながら走った。

 何度も振りかえっているせいか、彼女との距離が段々と小さくなる。

 そして何十度目かの振りかえった瞬間、彼女は足元の石につまづいて、こけた。

 その間にアタシは距離を縮める。

「追い詰めたよ!」

「くそっ!」

 女の人は座ったまま、じりじりと後ずさりするが立ち上がれないようだった。

「アンタが持っててもこのカギは意味ないだろ!」

 女は、大声で言い放った。

「アナタがそれを使っても戻れないんだ!」

「何で戻れないって言い切れるんだ!」

「それは……」

 どうしよう、これを言ったら彼女はきっとこの世界からも消えてしまう。

 でも言わないと、アタシのカギが、

「アナタの、アナタの肉体はもう崩壊してるから。戻る体は無いんだよ」

「アタシの体が……崩壊してるの?」

 彼女の体が一瞬透けた。

「ウソだ!」

「ウソだウンだウソだ!」

「そうやってアタシを不安に落しいれようとしてるんだ!」

 アタシの言葉を否定しようとしているが、彼女の体は更に透けた。

「ウソじゃない!」

「思い出してみてよ!」

「アナタの案内人は、カギが消えた瞬間、急にいなくなったはずだ!」

「それがどうかした!」

「それは、アナタを案内する必要がなくなったから」

「それは、お前も一緒じゃないのか!」

「お前も案内人がいないじゃないか!」

「それは……」

 そうかもしれない。

「けど、アタシにはまだカギが、門がある!」

「それに、アナタの門はもう無くなっていたはずだ。だから、アタシの門を使おうとして、アタシの後を追いかけてきたんだ。違う?」

透けた女の人は、アタシをグッと睨みつける。

彼女の体が更に透けた。

「なんで、なんで私は生き返る事ができないんだ。生きる気の無い奴に生きるチャンスがあるのに!」

 そう言うと女は、アタシのカギだけを残し消えてしまった。

 

 そして、アタシはアタシの門へと戻った。

 門の模様を調べる。

 二つの輪が繋がっている模様をしている。

 ポケットからカギを取り出す。

 後二つか。

 手を繋いだ模様のあるカギを挿して回す。

 カチャリ。

 カギの開く音が響いた。

 そして、門に手をかけ門を開ける。

 その瞬間アタシの意識は闇の中へと溶け込んだ。


 まぶしい。

 これで何度目だろう? 

 あまりの眩しさに、手で太陽を隠す。

 涙?

 目を開けるとアタシ視界がぼやけていた。

 なんで、泣いてるんだろう?

 そういえば、確かあたしは門の中へ入って……

 いつの間に外に出てきたんだろう?

 いつものように暗闇に飲み込まれて、

 確か中で、

 ……覚えていない。

 なんにも、覚えていなかった。

 中に入ったはずなのに……

 門の中の出来事は、何も残っていなかった。


 ポケットから取り出した時計を見る。

 残り三十分。

 会の門を出てから最後の門へ向けて走っていた。

 後は、最後の門だけか。走れば間に合うかな? 

 やれることをやらないと……。

 でも、どうやって行けばいいんだろう? 

 地図を見るが、大雑把に表示されているだけで、道が全く分からない。

 もう少ししっかりした地図にして欲しいよ!

 とにかくそれっぽい場所へ行かないと。

 そう思いふけていると、足元から声が聞こえた。

「川を下って行けば、最後の門にたどり着けるよ!」

 そこには見覚えのあるぬいぐるみの姿があった。

「どこ行ってたのよ!」

 立ち止まり、ぬいぐるみに向かって言い放った。

 そして、そのぬいぐるみをギュッと抱きしめる。

 エド、消えたんじゃなかったんだ。

 良かった。

「イタイイタイ! もっと優しく扱ってよ!」

 エドが抱きしめている腕の中で暴れ出す。

 そういえば、初めて会った時も、あたしの腕の中で暴れてたな。

 あの時はロボットかなと思っていたけど、そんなのはどうでも良い!

 エドはエドだ!

「おかえり!エド」

 アタシは、エドを足元に置いた。

「ただいま」

 エドは、そう言うとガッツポーズを取った。

 今度は、アタシが迎える番になってたんだ。

 ほんとは、アタシがただいまって言おうと思ってたのに。

「なにニヤニヤしてるの?気持ち悪いなあ」

 アタシ、そんなにニヤニヤしてるかな?

「それで、本当にどこ行ってたの」

「いやあ、それがよく分からないんだ」

「何でわかんないの?」

 エドは、大きく首をかしげる。

 よく分からないのに、なんで分からないの? と質問したアタシが悪いんだけど。

「オアシスで待ってた時の記憶はあるんだけど、そこから数時間の記憶が全く無いんだ」

「待ってる間に急に、眠気が襲ってきて……」

「きっとその間に幸が探してたんだと思う」

へーそうなんだ。

え?

「それじゃあアタシが必死に探していた間寝てたっていうの?」

「時間も無いし、詳しい話は走りながらしよう!」

 エドは誤魔化すように川へ向かって走り出した。


「そういえば、分かれた後から、門回るのに何の問題も無かった?」

「うーん。そうだなあ。ほとんど問題無かったよ」

 走りながら、話しかけたために息が乱れる。

「ほとんどっていうことは、やっぱり何か問題あったんだね」

「うーん、色々ね」

「さっきの門の中での出来事を何も覚えてないの」

 エドは短い足で必死に走りながらこっちを見た。

「さっきの門か、会の門だったねー」

 エドは、右手を口に当てる。

 きっと何かを考えるポーズを取っているのだろう。

「確か、あそこの門は一番会いたい人との記憶が見れる場所だったよね」

「うん、好き嫌い関係無く一番会いたかった人の記憶が貰えるらしいよ」

 エドは、一人納得したかのように首を縦に振る。

「そうかー。じゃあきっとそういうことなんだと思う」

「そういうことって?」

 まったく、何がどうなのかさっぱりだ。

「門からはね、記憶を取り返せるけど覚えておけるってわけじゃないんだ」

「えっ?」

 アタシは全部覚えておけるものだと思ってた。

「例えば、幸にとって、とてもキツイ記憶があったとするとね」

「その時、幸の心がその記憶から自分の心を守ろうとして、その記憶を思い出せないようにするんだ」

「それでも、幸にとって、幸を構成する要素だから、幸の奥深くでその記憶は、しっかりと残っているんだけど」

「だからきっと、幸がその内容を忘れたかったんだね」

「でも、それじゃあ、雫の門での記憶が残ってたのはどうして?」

「それは、雫の門での記憶の一部でしかないんだよ。きっとそれよりもキツイ記憶があったんだと思う」

 赤い血、風呂場、赤に染まる湯船。

 これよりも、重たい記憶って何なんだろう。

 ちょっと、頭の中を整理しないと訳わかんなくなってきた。

 アタシは、全ての意識を頭の中に戻した。

 自殺をしたアタシ。

 男が持っていた懐中時計。

 そしてトラック。

 赤色に染まって行く湯船。

 アタシ、本当に戻っても良いのかな……

「そうそう。ボクが意識を失ってた時に、夢を見てたんだ」

 エドの声がアタシの意識を戻した。

「夢?」

 エドは、大きくうなずくと話はじめる。

「大切な人が死線をさまよってる夢」

「そこは白い部屋で、白いベッドの上で人が寝てたんだ」

 エドは遠くを見ながら話し続ける。

「辺りに何人もいて、心配そうにその人を見てたんだ」

「それで、ボクは、その人の横で涙を流しながら声をかけてるんだ」

「がんばれ! がんばれ!って」

 で、エドは何が言いたいんだろう? 

「だからさ、大切にしてる人がいることを忘れないで!」

 エドは軽く跳ねてガッツポーズをした。

「ありがとうエド」

 そう言うとアタシはエドに微笑んだ。


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