四章 光の門
四章 光の門
アタシとエドは森の駅で電車を待っていた。
「こないねー」
「そうだねー」
木製の長イスに座りながら天井を見上げる。
天井は、緑色のコケがびっしりと並んでとても綺麗だった。
この駅に来てからどれくらい時間が経ったのだろうか?
ポケットから、時計を取り出す。
八時を示していた。
「三十分も待ってるんだね」
「そうだね」
後、どれくらい待てばいいんだろう。
「次の駅までなら、歩いた方が早いかな?」
「うーんどうだろ?」
アタシは、ポケットからカードを取り出すと中央の黒いボタンを押す。
カードから立体的な地図が浮かんだ。
今いるのが、森の中の門、そこから次の門のまでは大した距離はなさそうだ。
「結構近そうだね?」
「でも、電車が来るまで待ってた方がはやいんじゃないかな?」
エドの言っている事はもっともだ。
「まあ暇だし、駅員さんに聞いてみようかな」
そう言うとアタシは、長イスの真後ろにある駅長室へと向かった。
「あのースイマセン」
「はいはいー」
奥から野太い声が聞こえ、熊の駅員さんが小窓から顔を出した。
駅員さんが出てくるのを確認してから、ポケットからカードを取り出して地図を広げる。
「ここへ行きたいんですけど、次の電車が来るまで後どれくらい時間がかかりそうですか?」
地図を指差して駅員さんに見せる。
「そうですねー。ちょっと待ってくださいね」
駅員さんはそういうと、机の上にある時刻票を爪でなぞる。
「えーっと、今この辺りにいるから、次来るのは三十分くらいかかりますねえ」
アタシ達が待っていた時間も合わせて一時間一本ってところか。
田舎の電車並だね。
「まあ、ゆっくりと待ってください」
「あの? もし、歩いていったらどれくらいかかりますか?」
「歩いて行かれるんですか! ちょっと遠いですよ」
熊の駅員さんの声は驚いているようだったけど、表情からは読みとれなかった。
「ええ。どっちが早いかなあって思って」
「なるほど。まあそこの駅でしたら三十分くらいで行けると思いますよ」
「それじゃあ、歩いていったほうが早く目的地につけますよね」
「ええ、そうですね」
歩き決定だな。
アタシは納得すると
「ありがとうございました」
そう言って、エドの待ってる長イスまで戻った。
「エド。歩いて行こうか? 三十分で隣の駅までいけるんだって」
「電車は何分後にくるの?」
「三十分後」
エドは、手を顎の下に持っていき考えるそぶりを見せると、
「ボクは歩きでも、電車でもどっちでも良いよ」
と言った。
何か話すたびに、ポーズを取るエドは、ポーズを取ることに命をかけているのだろうか? なんて思ってしまう。
「それじゃ行こうか?」
そう言うとアタシ達は駅から出て線路に沿って歩き始めた。
「あの自転車があったら楽だったのになー」
アタシ達は線路沿いに道を進んでいた。
「あの自転車って?」
そっか始まりの門では、エドは居なかったんだよね。
「始まりの門て、すごく大きいでしょ?」
「うん、そうらしいね」
「そこを移動するために自転車に乗ったの」
「それが速くて良かったなぁって思って」
「まあ、あそこじゃエドはいなかったし知らなくても仕方ないよ!」
あれ? エドは何も答えない。
振り返ると、エドの体が透けていた。
「エド!」
アタシが呼びかけると、エドの体は元に戻った。
「うん? どうかしたの?」
平然とエドは答える。
「さっき、エドの体……、透けてたよ?」
エドは首をかしげる。
「ボクが透けてたの?」
「うーん」
エドは、考え込むポーズを取るが何も思いついていないようだった。
その後エドの姿は透けるような事もなく、アタシ達はそのまま歩き続けた。
線路沿いにあった森は、川を境目に林になり次第に木々がなくなっていく。
そして、
「何これ、ありえない……絶対ありえない」
あっという間に、砂漠になった。
砂だらけの世界。
砂と風で、できた幾重にも重なる山と谷。
TVでしか見たことのない世界が目の前に広がっていた。
アタシ自身は暑さは感じないけど、見てるだけで体が溶けそうだ。
アタシ達は砂に埋もれている線路に沿って砂漠を歩いた。
それにしても、どうやって電車が砂に埋もれた線路を通るんだろう?
実際問題、車輪なんて無くても走れそうな電車だから行けそうな気もするけど。
そんな事を考えていると正面にオアシスが見えてくる。
「あそこが、駅かな?」
「多分そうだろうね」
砂だらけのエドが答えた。
アタシも同じ位砂だらけになっている。
「砂漠のど真ん中に駅があっても、きっとボクみたいに埋もれちゃうだろうしね」
「オアシスの駅っていうのも何か良いよねえ」
オアシスならきっと、お風呂とかあるんだろうな。
アタシの中で、お風呂に入って砂を綺麗に落としている姿が浮かんだ。
強い風の中、線路沿いに歩くとピラミッドが見えてきた。
線路はピラミッドの中へ吸い込まれているかのように続いている。
「うーん。オアシスは駅じゃないんだ」
「正面のピラミッドが駅みたいだね」
半身を砂の中にうずめたエドが答える。
さっき吹いた風で埋もれたのだろう。
アタシはエドの耳をひっぱり砂の中からひっぱり出す。
「もう少し丁寧に扱ってほしいなあ」
「気にしない気にしない」
エドは、体中の砂を落とすようにブルブルっと振るえた。
それにしても、アタシのお風呂の夢は見事に駆逐されたようだ。
そしてアタシ達は、半分砂に埋もれたピラミッドの駅へと辿り着いた。
駅の中は少しホコリっぽいものの、風がないので砂に埋もれることは無さそうだ。
「さて着いたけど、どうしよう」
「まあ無難に考えたら、駅員さんに会って門の場所を聞くのがいいかな」
アタシの質問にエドが無難に答える。
きっと、駅員さんはターバンとか巻いてるんだろうなあ……。
カレーを食べながら出てきそうな気もする。
そんな事を考えながらアタシ達は天井からぶら下がっている案内板に従って駅長室へと歩いていった。
「コンニチワー」
アタシは、石のブロックを組み合わせてできた部屋の前で声をあげた。
ここが、駅長室らしい。
ガサゴソと音がした後、中から人の気配が伝わる。
アタシは、小窓から中を除きこんだ。
「どうかしましたか?」
ラクダの顔をした人が小窓から顔を出した。
ははは、この駅の駅長さんも、動物なんだ。
となると、次の駅でも動物だろうな……。
「あのー。門を探してるんですがどっちへ行けば良いですか?」
「そうですねえ。そこの三番出口から外へ出ると、正面にオアシスがありますからそこへ向って下さい」
駅員さんは蹄で行くべき方向を指してくれた。
「ありがとうございます」
アタシは駅員さんにお礼を言った。
「それにしても、この調子で毎回駅員さんに聞いていたら結構時間を取られそうだね」
「地図でも買っておいたら?」
エドに提案してみた。
「おお!そういえば……」
エドはポケットの中を探ると小さな本を取り出した。
「地図帖がポケットに入ってたこと忘れてた」
エドは、誤魔化そうとしてるのか白々しい動きでアタシと地図帖を何度も見た。
なんだかなあ、地図帖があるならオアシスが駅だなんて期待せずに済んだのに。
なんとも言えない気持ちのままアタシは三番出口を目指した。
砂漠に吹く風で出来た砂の波は、疲れないはずのアタシを無駄に疲れさせた。
靴の中に容赦なく入ってくる砂で足の動きが遅くなる。
アタシは、靴を脱ぎひっくり返し砂を落とす。
「いったい、どれくらこの山と谷を越えればいいのよ!」
これで六つ目の山を越えたところだ。
オアシスは見えてるのに結構遠いな。
こんな時にあの自転車があったら……
自転車に乗っている姿を想像する。
どんどん砂に埋もれていくアタシの姿が見えた。
「やっぱり持ってなくて良かった」
「何が?」
砂まみれのエドが言った。
「自転車」
「それじゃあ、頑張ろうか!」
そう言ってあたし達は砂に足跡を残しながら山を登る。
やっと見えた。
今度こそあたし達の前に砂山は無い。
そこは、大きな湖を中心に水辺には様々な植物が芽を出している。
植物は、背の高いもの低いもの色々なものがあり、それらにはいくつもの実がなっていた。
その実を鳥達が美味しそうに食べている。
到底、この周囲が砂漠だとは思えないほど緑豊かで印象的な光景だった。
その中で、その景色とは違う意味で印象的な男がいた。
その男は少し透けてていてうつろな目をしており、辺りをキョロキョロとしながら力なく座っている。
「あの? どうかしましたか?」
アタシは声をかける。
でも、返事はない。
「あのお? 大夫丈ですか?」
もう一度声をかける。
が、男はアタシに気付いたようでもなく、ぶつぶつと独り言を言っている。
いったい何を言っているのだろう?
そう思いアタシは耳を傾けた。
「……んだ、もういいんだ」
男は、同じ言葉を繰り返しながらその場で座り続けた。
「いったい何がいいんだろう?」
エドの方を向き尋ねる。
「さあ?」
エドもアタシもただ見ている事しかできなかった。
男の姿がゆらぐ。
もしかして!
始まりの門での出来事が頭をよぎった。
「あっ! ダメ!」
アタシの言葉は男には届かなかった。
そして、男の姿は次第に薄れて消えた。
その瞬間アタシの心を何かが突き刺した。
「幸?」
優しさの門の門番さんと話していた時と同じだ。
「なんでもないよ」
「それより、彼どうなったの?」
「消えたんだよ」
エドはオアシスを見ながら答えた。
「世界から?」
「うん、彼が彼である理由が無くなったからね」
それが、この世界の世界律なのかもしれない。
「なんで! もういいなんて言って、疲れた顔して……」
なんだか悔しい。
自分がそうなるかもしれない事を考えると、とても悔しい。
「消えちゃうんだよ!」
消えた彼に対してアタシができる事は、そう言葉にする事だけだった。
それ以上どうしようも無かった。
だから、アタシ達は、そのままオアシスの中へと向かった。
「この中に門があるんだよね」
「うん」
辺りをきょろきょろ見渡すがそれらしきシンボルは無い。
「で、ここの門どこにあるの?」
「えーっと確か……」
エドは、ポケットから小さな地図帖を取り出すとページをめくりる。
「ここの門は光の門だから……」
後ろの方にある索引で調べているようだ。
「あった!ここですよ!ここ」
エドが見せてくれた地図には、オアシスの写真とその解説のようなものが載ってあった。
「えっと、なになに、ここの門は水中の下にあり、そこへ行くに至っては地上にある小屋が受付になっているので、見失わないように注意して下さい」
「じゃあ、その水中の門を探してみようか?」
アタシ達は、その門の入ロを探して歩いていった。
少し崩れているがガッシリとしたレンガでできた小屋があった。
その横には地下へと続く洞窟がある。
「へーここなんだ」
「地図に載っている写真といっしょだからね」
あたし達は門の登録待ちをしている十歳くらいの男の子の後ろへ並んだ。
それにしても門番さんはいないのかな?
そう思い、受付の中を覗いてみたが中には誰もいなかった。
優しさの門と同じで待たなければいけないのだろう。
はあ、この調子で毎回門の前で待たされると結構な待ち時間がかかりそうだな。無駄な時間を減らしていかないと。
アタシがそんな事を考えていると、男の子と目があった。
アタシは、男の子から目をゆっくりとそらす。
そして、男の子と視線を合わせないように男の子の様子をさぐる。
男の子はアタシをジーッと見続けていた。
そんなにジーッと見られると照れるなあ。
「どうかしたの?」
その視線に耐えられなくなって、とにかく声をかけた。
「オネーさんが、ここでぼーっと立っているから、何してるのかなって思って……」
男の子は妙に嫌味ったらし口調で質問してきた。
「え? 門の順番待ちしてるだけだけど?」
それを聞いた途端、男の子はわざとらしく溜息をついた。
「ようこそいらっしゃいました! 私が光の門の番人です」
そして右手を前に添えてお辞儀をする。
「えっ?」
アタシもつられて、お辞儀をする。
「それじゃあ、カード貸して」
えっ?カード?
えっとポケットに入ってるはず。
アタシは急いでポケットからカードを取り出す。
「あっ!」
男の子は、アタシの手のひらにあるカードを奪うと、後ろに置いてあった機械に入れる。
男の子が機械のボタンを押すと、機械から地図を印刷しながら出てくる。
その地図が印刷されている間に機械からカードが出てきた。
男の子は、カードと印刷し終えた地図を手に取ると、それらをいっしょにアタシに渡してくれた。
「それじゃあ、迷わないように気をつけてね」
そう言うと男の子は、地下へと続く洞窟を指差した。
「え、あっ、ハイ」
男の子の素早い対応に、アタシは目をパチパチさせながら答えた。
「この奥にアタシの門があるんだね」
洞窟の中は、地下へと続く階段があった。
アタシは、地下へと続く階段に一歩足を踏み入れた。
「足元が滑りやすくなってるから注意して」
エドがそう言った瞬間、勢い良く足を滑らせた。
「言うの遅い!!」
アタシは、お尻をさすりながら叫んだ。
湿気が多いためか洞窟全体がツルツルとしている。
アタシは気を取り直して階段を降りていった。
階段を降りていくにつれ日の光が薄れていく。
全て降りた頃には、ほとんど外の光は入らなくなっていた。
「暗いね」
影しか見えないエドが、率直な感想を言う。
「でも、所々に小さな光があるよね」
クリスマスツリーの光を彷彿させる小さな光が、この地下の空間に溢れている。
その光は個人の門を分かりやすくするためか、門の前に浮いていた。
もし数が揃っていなかったら、お墓に出た人魂のように見えただろう。
「それにしても、この光は何でできてるんだろう?」
全く想像できない。
「うーん。何で出来てるんだろ?」
アタシは近くにあった光を掴んでみる。
光は消え周辺は闇に覆われた。
握った手を開けると辺りはもう一度光に照らされた。
その光のおかげで暗いけど、かろうじて地図は読めそうだ。
アタシは、アタシの門までの地図をワンピースのポケットから取りだすと光の元へ置いてみる。
「なんとか見る事はできそうだ」
足元にいるエドは、小さな地図帖を取り出しているみたいだったが、光が届かないのかポケットへとその地図帖をしまった。
暗いせいか、少し不安になる。
門の前にある光は、あまりにも小さいため足元すらまともに照らしてくれない。
アタシ達は、何度も小さな光に地図を近づけて確認しながら、アタシの門へとやってきた。
「ここがアタシの光の門なんだね」
始まりの門、優しさの門同様に金属で出来た門がアタシの前にあった。
「うん」
影にしか見えないエドがうなずく。
「それじゃあ、いってらっしゃい!」
影絵のようにエドは手を振った。
アタシは小さな光に照らされている門のマークを確認する。
花火がはじけた模様が書いてあった。
ワンピースのポケットからカギ束をとり出す。
そして、その中から花火のはじけた模様のカギを選ぶ。
それをカギ穴に入れて回した。
カチャリ、カギの開く音が響く。
そして、そのまま門扉を引く。
アタシは振り向き、エドの姿を確認するとエドに軽く手を振る。
「いってくるね」
それを言った瞬間アタシは闇の中へ吸い込まれた。
門の中は、今まで同様暗い。
上下前後左右の感覚が完全に無くなっているのが分かる。
この闇の中は、何度入ってもアタシの心を黒く埋め尽くす。
アタシがアタシであるという事を見失わなければ、光に近づける。
アタシは自分が自分であると強く意識しつづけた。
奥から、幾つもの丸い光が見えた。
それは、暖かくて強い光だった。
行こう。
そう思うと光へと近づいていった。
中を覗いてみる。
小さな女の子が雑誌を広げている。
もちろん、その子はアタシだ。
広げた雑誌にはたくさんの付録が付いてあった。
女の子は目もくれず付録の中にある紙製のケーキセットを作り始めている。
そうだ……アタシは、小さい頃、ケーキ屋さんになろうとしてたんだ。
隣を覗く。
机の前に座った少女が、ノートと教科書を広げている。
ノートには六の二と書いてああった。
アタシが小学生の時の事なんだ。
少女は、眠そうな目をこすりながら、教科書の解答欄を見て赤ペンでマルを付けていた。
机には『目指せ! 私立高井田中学!』と書いてある。
そっか、アタシ中学受験してたんだ。
あの時は必死に勉強してたな。
その横の光に近づいてみる。
中学生くらいのアタシは、辺りをキョロキョロとしていた。
ここは確か家の近くのデパート。
アタシは安心したようにお菓子コーナーへと入っていった。
バレンタインデーと書いてある飾りの下で、アタシは、チョコレートを選んでいる。
そっか、バレンタインなんだ、確か好きな子がいてクラスの誰にも言わず、秘密にしてたな。
綺麗に包装されたチョコレートをひとつをえらぶと、急いでレジに並んでいる女の子達の列の最後尾へとつく。
あんなにドキドキしちゃって、アタシも可愛い時期があったんだな。
その横を見る。
机の前で必死に勉強をしている少女がいる。
机には『目指せ! 北中東高校!』と書いてある。
これは、高校受験の頃かなラジオを聞きながら必死に勉強していた。
他の光もアタシが未来を求めている姿だった。
必死だったんだ。
アタシは、なりたい未来を必死で手に入れようとしてたんだ。
そう思った途端、光が段段と暗くなり意識が遠のいていくのか分かった。
まぶたを開けると、薄暗い世界へと戻っていた。
「ただいま!」
アタシは後ろを向いて軽く手を振る。
あれ?
「今帰ったよーー」
……反応が無い。
「エド?」
「エド? いったいどこへ行ったの?」
闇を照らす小さな光の中、エドの姿は映しだされなかった。
「エドーーーーーッ!」
アタシの声がただ闇に響くだけだった。