二章 始まりの門
二章 始まりの門
通路を抜けた奥には、警察のような格好をした、いかにも門番風の男が立っている。
「いらっしゃい」
門番さんは微笑みながら言った。
「カード渡してもらえますか?」
アタシは、さっきもらったカードをワンピースのポケットから取り出した。
「はい」
「そう、それ、門番に出会ったらこのカードを渡さないと君の門を探してくれないからね。落としたりしないように注意してください」
そう言うと男はカードを持って後ろに下る。
そして、そこにあった現金自動預け払い機のような機械にカードを機械の入れた。
門番さんが機械のボタンを押すと、機械から、レシートのようなものが何かを印刷しながら出てくる。
そのレシートが印刷されている間に機械からカードが出てきた。
門番さんは、カードと印刷し終えたレシートを手に取ると、それらをアタシに渡してくれた。
レシートには、碁盤の目を思わせるような形の地図が書いてあった。
「はい、これが君の門がある場所」
門番さんの指差した部分は赤く丸がついていた。
「じゃあ、がんばって」
そう言うと門番さんは、どうぞという風に奥を指差した。
奥には、馬、自転車、キックボード、馬車、車、見覚えの無い球体、アタシが想像できない乗り物まで数え切れないほどで並んでいる。
「あの? これに乗らないといけないんですか?」
「ええ、乗った方がいいですよ。広いですから」
「はあ」
門が置いてある場所っていったいどれくらい大きさなんだろう?
まあ、門番さんが進めてくれてるし、とりあえず乗っておこうかな。
「それじゃあ、これ借ります」
乗りやすそうな自転車を選ぶとそれに乗り軽くこいでみた。
「! ! !」
車と同じ位の速さが出るんじゃないかと思わせるようなスピードで走りだした。
そこは、きれいに整列された門が、お墓のように並んでいる。
何個あるか数えようと思ったけど、あまりの多さに数える気をなくした。
広さを考えてみる。ドーム球場に換算すると……十倍? いや十五倍? もっとありそうな気がする。
確かに乗り物がないと探すのが大変そうだ。
自転車のスピードになれた頃、地図を片手にアタシの門がある場所へと向かった。
「この辺りかな?」
どうにかそれらしき物を見つけ、自転車をその横へ止める。
「へー。これがアタシの門なんだ」
アタシはまじまじとお墓のように立っている門を見る。
門はアタシの身長よりちょっと高い程度で、何かの金属でできているようだった。
扉は引いて開けるタイプで、表側には矢印のマークが彫ってある。
「裏側はどうなってるんだろう?」
そう思って裏側を覗くが裏側はただの何の装飾も無い金属の板だった。
「矢印のカギを使えばいいのか」
アタシはワンピースのポケットからカギ束を取り出しす。
その中から矢印の模様が装飾してあるカギをその穴へと差し込む。
そして回した。
ガチャリ。
力ギの開く音が響くとカギは光の粒となり、そして消えた。
一回しか使えないんだ。
アタシは、ゆっくりと門扉を引いた。
真っ黒?
中は黒で埋め尽くされていた。
「キャ――――」
その瞬間、何かの力に吸い込まれるようにアタシは扉の中へ吸い込まれた。
そこは完全な闇の中だった。
「ここが、門の中」
全てが真っ黒で、何も見えなかった。
どこへ行けば良いんだろう。
とにかく前へと歩いてみる。
右、左、右、左と順に足を前出してみる。
前へ進んでいるのかどうかす分からない。
もしかしたら後ろへ歩いているのかもしれない。
そもそも歩いてすらいないのかもしれない。
動いている感じがなかった。
アタシ、ここにいるよね?
感触が欲しくて右手と左手を組んでみた。
しかし感触は何もなかった。
「そうだった。この世界は感触がなかったんだ」
アタシはわざと声を出してみる。
自分の声が聞こえたような気もするが、それすら真実味はない。
アタシはここにいるの?
もしかして、眠りの国の世界にすらいないんじゃないの?
そんな気がしてきた。
『心が不安定になった時に体を構成するものがなくなっちゃうんですよ』
エドの言葉が頭をよぎる。
そうだ、不安になっちゃいけないんだ。
不安になったら消えてしまう。
ここで消えてしまったら、アタシはアタシのことを何も知らずに消えちゃうんだ。
そんなの嫌だ!
何かがチラッと見える。
あれは何?
あれは……光?
あそこに行けば良いのかな?
『ボク自身は体験したことは無いんだけど、なんでも光の中に記憶が残ってるんだって』
確かエドがそんな事を言ってたはずだ。
さあ、行こう光へ。
少しずつだけど着実にその光に向かって進んでいるのが分かる。
光は次第に大きくなりアタシの前にきた。
光の中を覗く。
思ったほど眩しくない。
光の中で何かが動いている。
この光の中にアタシの記憶があるんだ。
中には人影が見えた。
白い部屋のベッドの上で子供を抱いている母親がいた。
ここは、病院なのかな?
「もう、名前は決まってるのよ」
あれは、お母さんだ。
そして、抱いてるのは多分アタシだ。
「さち! この子は幸にする。より多くの幸せを感じてもらうために」
これが、アタシの名前?
アタシがそう思うと同時に光は急速にしぼんだ。
……まぶしい、日の光がアタシ目から光を奪っていた。
次第に目が慣れ、辺りを見る余裕ができる。
自転車が目の前にあった。
帰ってきたんだ。
ここは、アタシの門の正面のようだ。
あの空間から、いつの間にか出たんだ。
「多くの幸せを感じるためにか」
それじゃあ帰ろうか。
自転車に乗ろうとした時、それに気付いた。
アタシの門があった場所は猫の額ほどの小さな草原になっていた。
アタシ以外使う必要が無いからもう必要ないのかな。
そう思い自転車に乗った。
アタシは来た道をもどりエドの元へと帰った。
「どうだった? 名前は思い出せた?」
エドはポケットからメモ帳を取り出した。
そして、マイクを付きつけるように鉛筆をアタシに向けた。
「うん、アタシの名前は幸って言うみたい」
アタシは、まだ言いなれない自分の名前を照れながら言った。
「これでやっと君の事名前で呼べるよ!」
そう言うと、エドはメモに何かを書き始めた。
きっと名前を書いているのだろう。
「で、これからどこへ向かう?」
「うーん。そうだなあ」
そう言いながらアタシはポケットに入れていたカードを取り出す。
そして、カードの中央にある黒丸を指で押す。
カードから地図が浮かびあがった。
「しゃがんでくれると嬉しいんだけど」
エドは、必死にジャンプしてアタシの手のひらを見ようとしていた。
「うん」
そう言うと、アタシはエドが地図を見れる高さまでしゃがんだ。
地図には六つの点が光っていた。
中央に一つ、北東に一つ北西に二つ、南中央に一つその少し上に一つの六ケ所だ。
その中で一つ北東にあった点のみ黒くなっている。
「この黒い点はさっき行った所だね」
エドが指差した。
「それで、これからどこへ向うかなんだけど」
アタシは地図を指差しながら説明を始めた。
「まず、中央の点を目指してから北西の二つの点に行って、最後に南の二点を目指そうかなと思ってるの」
エドは何かを考えるように手を口元へと持っていった。
元がぬいぐるみのせいか、そのしぐさが妙にオーバーアクションに見える。
「これも、説明してなかったけど、中央にある門は現実世界に最も近い場所なんだ」
エドは、アタシをじっと見ながら言った。
「えっ? だから?」
エドは、体全体で溜息をつく。
全く意味分かんないんだけど?
「そこが現実世界への出口なんだ」
「だからそこへは最後に行くべきだと思うよ」
「なるほどねー。じゃあ中央は最後にして、まずは北西へ向かって南の二点経由で最後に中央へ行こうかな」
アタシは、地図の上の経路をなぞった。
「うん、その辺りが妥当だね」
そう言うとエドは、さっきのメモにまた何かを書き始めた。
きっと移動する順をメモしているのだろう。
エドが、全てを書き終えると、あたしは地図のスイッチをオフにして、カードをポケットへとしまった。
「そういえばさ、プルが案内していた人って出てきた?」
さっきから、プル居ないのが気になっていた。
「先に行ったよ! 君によろしくって伝えてくれって言ってたよ」
「で、名前は、何だったのかな?」
「清とか言ってたな」
名前、教えてあげれなかったのはちょっと残念だったな。
「さて、そろそろ行かないと、無駄に時間が過ぎちゃうよ!」
エドの言葉に、アタシは慌ててポケットから時計を取り出す。
十時半を示していた。残り九時間半。