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「っと、残念ながらお話はここまでです」
さっきまでにこやかだったラブルの顔が、急に真剣な面持ちとなる。
「ティディ、右の草むらよ」
「おっけー!」
返事をするや否や、小さな風を巻き起こして俺の脇を走り去って行く。
何事かと目で追っていると、ティディの走る先の草むらから黒い影が踊り出る。
「と、虎!?」
いや大きさは同じくらいだが、よく見ると虎独特の柄が無い。それと、異様なまでに長く大きな牙が生えている。あの大きな牙で噛まれようものなら、ティディの細い身体などは簡単に噛みちぎられてしまうのではないだろうか。
その大きな牙を持つ虎のような動物が檻の中ではなく、俺たちと同じ外へ解き放たれているのだ。
「君! 何してるんだ! 逃げろ!」
しかし、いくら足が速くても虎からは逃げられるはずがない。だが、その虎はティディに向かって走りだしてしまっている。
「草の陣」
いつの間にか俺の横に並んでいたラブルが、右手を前に突き出しながら言葉を発した途端に、走っていた虎が前に倒れる。まるで足を何かへ引っかけたかのように。
直ぐに虎は起き上がるのだが、動きは完全に止まっている。そこへティディが接近し、
――ごすっ!
まさかの右ストレート。
だが、小学生くらいの小さな身体から放たれた一撃で、虎の身体が大きく後ろへ吹き飛び、三回転程地面を転がってようやく止まる。
「ラブルー! ボクやったよー!」
「えっと、ちょっとついて来ていただけますか?」
――コクコク
予想外の結果に何も言えず、俺は無言で頷くのが精一杯だった。
「えいっ」
先ほどまでとは大きく異なり、緊張感の無い掛け声と共にラブルが小さなハンマーを振り下ろす。
四回程繰り返すと、二十センチ程の大きな牙が根元から折れる。左右二本の牙を両方共折ると、その身体が光に包まれ、消えてしまった。
「はい、お終いです」
「えっと、今の大きな動物は何だったの? 何で消えたの? てか、何が起こったの!?」
「そうですね。転生してきたばかりなのに申し訳ないのですが、一言で纏めますと、貴方の命が終わるところでした」
また唐突な。
「お兄さん、運が悪すぎるよー。転生直後の場所が、いきなりディノフェリスの縄張りだなんて」
「ディノフェリス? それがさっきの動物の名前なのか?」
「そうだよー。たまたまボクたちが討伐に来たトコだったから良かったけど、そうじゃなければ一瞬で人生終わってたよー」
ティディが笑いながら怖い事を言ってくる。俺だって別に好き好んでこんな草原のド真ん中へ来た訳ではない。気付いたら、何故かここに居たのだ。
「ちなみに、ディノフェリスはサーベルタイガーと呼んだ方が転生された方には判りやすいかもですね。強靭な顎と大きな牙を持つ、獰猛な魔獣です」
サーベルタイガーと言われてもピンと来ないが、危ない状態だったというのは判った。
「魔獣っていうのは?」
「まず、ヒトミミ――貴方達のように転生されてきた方――は、猿から進化したと聞いていますが、私たちもそれぞれ別の動物から進化を遂げています。私の祖先は犬で、この子は熊が祖先です」
「犬や熊から進化しただって!?」
耳を除けば見た目は完全に人間そのものである二人が、それぞれの進化を遂げたと言う。俄かには信じられない話だが、もしも先ほどの不可解な力が熊の腕力だとしたら……。
「そうだよねー、ラブルがイヌミミだなんて信じられないよねー。お兄さん、ほら見てよ。この大きな胸、絶対イヌミミじゃなくて、ウシミミだよねー」
ティディが無邪気に笑いながらラブルのヒラヒラした服を捲り上げたせいで、さらしのような白い布に包まれた大きな胸が露わになる。
「ちょっ! ちょっとティディ! やめてー!」
「ね、大き過ぎるでしょ。絶対ウシミミだよー」
「やめなさいっ!」
――ゴンッ
調子に乗って胸を触り始めた直後。どこから取り出したのか、フライパンで叩かれたティディが地面に倒れていた。