2-1
――ッ!
視界が真っ暗になったかと思うと、いきなり腰に衝撃が走る。
どこかに腰を強打したらしく、横になって腰をさする。
「ん? 俺、触れている?」
横になったまま自分の足を見てみると、黒のスラックスに革靴を履いた足。バタつかせてみると、俺の思う通りに動く。
手! ちゃんとある。寝そべった地面に手を突くと、上半身を起こす事が出来た。
「何だ。夢か」
よりにもよって自分が死んだ夢などという、とんでもないものを見てしまった。
だが、それにしてもここはどこなのだろうか。どうして俺はこんな場所で眠っていたのだろう。
このやけに着慣れた感じのする黒のスーツに靴だが、パジャマには不向きだと思う。
ならば、眠っていたというより、俺は倒れていたのか?
服装からすると仕事着なのだろうが……ん? 俺は一体どんな仕事をしていたんだ?
何だか頭に霧がかかっているかのように、自分が何をしていたのかがさっぱり思い出せない。
雲一つ無い青空の下で、遥か遠くに山が見えるのだが、今俺が立っている場所はかなり広い草原のようだ。
たった一人で見知らぬ場所に、わけもわからず立っていると、急に心細く、不安になる。
一人? 俺はいつも一人で居たのだろうか。
何となくだが、いつも可愛い少女と、幼い女の子の三人で過ごしていたような気がするのだが。
とにかく、何も無い草原で突っ立っていても仕方が無いので、何か無いかと周囲を見渡すと、少し離れた場所で少女が二人、俺を見ていた。
「すみませーん! ここはどこですかー!?」
大きめに声を上げ、白いヒラヒラした服の少女と、茶色い子供服を着た小さな女の子の二人組に向かって走って行く。
彼女達は友達と言うには年が離れているし、姉妹なのだろうか。だがそれにしては、二人はあまり似ていない。
「いやー、よくわからないんですが、気付いたらここに居たんですよー」
お客さん向けの営業スマイルを浮かべつつ近寄っていく。
ん? お客さん? ハッキリとは思い出せないのだが、何となく人との会話を仕事としていたような気がしてきた。
などと記憶をたどっていると、
「あの、転生で来た方ですよね?」
「はい?」
白い服の少女がよくわからない事を聞いてきた。
「いや、あの……意味がわからないのですが」
「ラブルー、この人絶対転生者だってー。ヒトミミだもん。それにこの服装。聞くまでも無いってー」
小さい女の子が俺を指さしながら、白い少女に話しかけている。
転生者? ヒトミミ? 後者の意味はよくわからないが、俺の心が少しずつソワソワしだす。
もしかして、もしかすると、やっぱりアレなのか!?
俺がモヤモヤと考え込んでいるうちに、少女達の方から俺の近くまで歩み寄って来ていた。
「こんにちは。私はラブルで、こっちはティディ。道に迷われたのですよね?」
俺の営業スマイルが恥ずかしく思える程の、キュートな笑顔を向けて白い少女――ラブルが挨拶してくれた。
見た目は二十歳くらいで、透き通るように白い肌と、白くて長いヒラヒラしたポンチョのようなものを身に纏っている。
外国人なのだろうか、青い瞳に白みがかった長い銀髪……
「って、そ、それは何!? 動いてるんだけど!?」
遠目には気付かなかったが、側頭部から左右に垂れる銀色の大きな何かが、時折ピクっと動く。
「あ、やっぱり転生で来られたのですね。これは耳ですよ」
さらりと言ってのけられたのだが、耳にしては大き過ぎる。だが、その位置、その形状、そして耳。俺の知識をかき集めて推測されるそれは、間違いなくイヌ耳だ。
「えっと、そういうアクセサリが流行っているのかな?」
「あはは。転生してきた人が耳をアクセサリの類に思うってホントなんだー! ラブルもボクも本物の耳だよ!」
言われて小さな子――ティディの茶色いショートカットの頭を見ると、ラブルよりもやや上の位置に丸く大きな耳が生えている。
この茶色いそれは、クマの耳なのだろうか。ラブルのイヌ耳よりもモコモコしている。
「えっと……ここは、どこなのかな?」
「ここですか? ここは都市国家テーベイの西にある草原地帯ですよ」
「そんな地名聞いた事ないのですが」
「まぁ、そうでしょうね。えっと、一応確認いたしますが、貴方のご家族のうち、誰か一人でもお名前を言えますか?」
この少女は何を言い出すのだろう。家族の名前? そんなの、そんなの……アレ?
名前どころか、顔も思い出せない。そもそも俺は何人家族なのだっけ? 両親と俺の三人で核家族だったのか?
何となく三人家族だったような気がするし、兄弟などは居なかったのだろう。
「言えないですよね。何故なら貴方は、前の世界での人間関係をリセットされて、この世界へ転生されてきたのですよ」
……はい?
少女の言葉の意味が理解できず、返事が声になっていない。
「お兄さん、心配しなくていいよー。この世界へ来るヒトミミは皆そんな感じだからー」
真っ白になっている俺の頭に、ティディの陽気な声が響いていた。
いただいたご指摘より、内容を少し修正いたしました。