4-16
――冷たい。
厳しい寒さが容赦なく俺を襲う。
まだか!? まだなのか!? もうとっくに三分なんて過ぎているんじゃないのか!?
美玖! 早く!
そろそろ限界が……と思った時、光輝く輪が俺を包み――
「ぷはっ! ただいま」
美玖に召喚されて、街へ戻ってきた。
「勇ちゃん! おかえりなさい……って、びしょびしょ! それにその水……何をしてたの!?」
俺を中心とした円状に石畳が濡れている。
「そんなことより、美玖! ホテルのテーブルに置いていた砂時計持ってる!?」
「えっ!? 砂時計?」
困惑する美玖だが、和佳さんがどこからともなくスッと時計を差し出す。
「奥様、こちらです」
「あ、ありがと! 勇ちゃん! これのこと?」
美玖が俺と居られる時間を計るために使っていた、十分間で落ちきる少し大きめの砂時計だ。
「あぁ。急いで逆さにして。そしてこの砂が落ちきる少し前に、大きな声で俺やラブルたちに時間だと教えてくれ」
「う、うん。わかった。でも、一体何をするの!?」
「すまん、説明する時間が無いんだ。とにかく頼むよ!」
言い切る前に、ラブルとティディを目指して走っていく。服身体に張り付き、靴の中には水が溜まっていて気持ち悪いが、構っている暇はない。
「ラブル! ティディ! ちょっとだけ手伝ってくれ!」
「待って、今気が抜けないの。聞いてるから、話して」
ラブルの視線の先には、羽ばたくグリュプスがいる。だが最初のそれとは違い、前足が地面を離れていて、明らかに空を飛ぼうとしている。
「げっ! あいつ、飛ぼうとしているのか!? それはマズイ!」
「でしょ! だから今、何とかしてるのよっ!」
空中の方が街に被害は出なさそうだが、飛行速度は俺より向こうの方が遥かに速い。となると、空を飛ばれてしまっては、もう手がつけられなくなる。
どうやらラブルが魔獣の後ろ足を捕縛してくれているようだが、
「まずいっ! こっちを狙ってる!」
自身の後ろ足を縛る不思議な力。それがラブルの力であることに気付いたのか、それともただの偶然か、こちらに向けて羽ばたきだす。
――ブォンッ
俺のすぐ後ろを衝撃波が通り過ぎ、近くにあったベンチを粉砕する。
「危なかったー」
「ちょっ! ちょっと! 私なら大丈夫だから降ろしなさい! それに、何でこんなにびしょ濡れなの!?」
衝撃波が来ると思った瞬間、俺はラブルを抱えて空へ逃げていた。ラブルは文句を言いながらも魔法の制御を怠らないのが流石だ。
「ちょっとー! 勇ちゃん、何してるの!?」
「いや、緊急事態だったんだって」
空から美玖へ返事をしつつ、少し離れた場所に居るティディの傍へラブルを降ろす。
「二人共力を貸して。俺にあいつを倒す策がある。だけどチャンスは一度しかないんだ」
「う、うん。ボクたちはどうすれば良いの?」
「もう少ししたら、美玖から合図がある。その後、俺がグリュプスに突撃するから、そのサポートをして欲しいんだ」
「その合図があったら、ボクたちであの魔獣の気を逸らせば良いのかな?」
「その通り。方法は何でも良いからさ」
ティディが小さく頷き、ラブルも「了解」と応じてくれた。
あと数分待てば、後はタイミングさえ合えば何とかなる。
そう思った矢先、
「ダメッ!」
ラブルの悲鳴が響き、グリュプスの後ろ足が地面から離れかけていた。
まずい!
空中に逃げられたら、俺の策は全てが終わる。そして、こいつを倒す術が無くなってしまう。
美玖からの合図は……まだだ。
どうする!?
――タッ
対策を思いつく前に、小さな影が飛び出していく。
「ティディ!?」
一体何を!?
止める間も無く、グリュプスに向かって走り行く。俺も慌てて後を追うが、近づく彼女に魔獣が気付き、宙へ舞う羽ばたきから衝撃波の羽ばたきへと角度を変える。
だがその衝撃波は何度も見た! とでも言いたげに、ティディは軽やかなステップでスピードを殺さぬまま斜め前へ避け、直後メリッという骨の軋むような音が響く。
その時、衝撃波を避けるために空中へ飛んだ俺が見たのは、ティディの下から上へすくい上げるようなアッパーが、やつの脇腹に突き刺さる瞬間だった。
魔獣の身体が縦に揺れ、苦痛による悲鳴のような雄叫びを上げる。
流石ティディだ。間違いなくダメージを与えている。
が、次の瞬間。一瞬魔獣の前足が動いたかと思うと、そこにティディの姿が見えなくなっていた。
「ティディ!?」
周囲を見渡すと、ティディが壁の傍でぐったりと倒れている。
「ティディー!」
「勇ちゃん! 時間よ!」
駆け寄ろうとした瞬間、美玖から合図が。
くそっ! こんなタイミングで時間が来るなんて!
ティディが心配だが、今彼女に駆けよってしまうとティディの行動が無駄になってしまう。
今俺がすべき事は、ティディの介抱ではなく、目の前のこいつを倒すこと。
でないと、ティディの治療すら出来ないんだ!
「うぉぉぉぉぉぉ!」
決意を固めて空を駆け、ティディのように魔獣へと突撃していく。
ティディの拳が効いているのか、動きがかなり鈍い。これなら、行ける!
奴の前足に細心の注意を払い、頭上から身体へダイブ! 鳥のような頭というか、首にしがみつく。
「風よ!」
しがみつく俺の右手に風を集め、そして俺は大きく息を吸い込んだ。
――フッ
その瞬間、光の輪が俺を包んだのだった。
 




