4-5
――さわさわさわ
俺の背中に触れているのか、触れていないかがわからない程、優しいタッチで背中が洗われる。
正直、触れられている感覚はないのだが、上下に小さく揺れるティディの姿が鏡越しで見えるので、洗ってくれているのだろう。
「お兄さん、どう? 気持ち良い?」
「あぁ、ありがとう。良い気分だよ」
「でしょでしょ。実は、最近ラブルに洗い方のコツを教わったんだー」
ラブルの洗い方? 何故か自分でも良く分からないのだが、ラブルの柔らかそうな胸が連想される。
そして目を閉じると、柔らかくフワフワしたものに包みこまれているような気分になった。
そういえば、こんなにソフトな洗い方ではなかったけれど、誰かに背中を洗ってもらったような気がする。その時は小さな手で力いっぱいゴシゴシこすられたのだけれど、もともとの力が弱くて、それでも全然痛くなかったのだが。
あれは一体誰に洗って貰ったのだろうか。何故かはわからないのだが、そこだけポッカリと穴が開いたかのように、思い出せない。
「キャーっ!」
自分の記憶と戦っていると、突如聞き慣れぬ女性の悲鳴。慌てて目を開け、立ち上がって夢のような時間から現実へ戻る。
何事かと思って後ろを振り返ると、恥ずかしそうに顔を両手で覆い、だが目だけはしっかりと隙間を作ってこちらを窺うメイドさんが居た。
「ちょっと、勇ちゃん! 勇ちゃんってば! 隠して、隠して!」
「えっ!? って、うわっ! 美玖ちゃんに、和佳さん!?」
いつもの美玖ちゃんの部屋なのだが、こんな酷いタイミングで召喚しなくても。
とりあえず、唯一手にしていた小さなタオルを腰に巻いたのだが、
「あ、あの。勇樹さん、凄いです。全裸にも関わらず、自身満々で仁王立ちするなんて。私、貴方のその勇姿は決して忘れません」
「いや、出来れば今すぐ忘れてください」
召喚されたのがホテルの一室で、二人以外に誰も居なくて助かった。
いや、よくよく考えると助かってはいないのだが、今日の夕方みたくカフェやレストランにでも召喚されていようものなら、即お尋ね者になっているところだ。そんな最悪の場所と比べればマシだと言える。
「あのさ、美玖ちゃん。召喚する前に、こっちに一報入れるとかって出来ない?」
「えっと、どうやったら出来るかな?」
「……だよね」
一応聞いてみたのだが、そんな都合のよいスキルは無いようだ。
まぁ『強制召喚』って名前のスキルなのだから、わざわざ事前に相手の確認なんてしないか。召喚される側はたまったものではないが。
「で、どうしたんだ?」
和佳さんがチラチラ俺の身体を見ながらも、手渡してくれたバスローブを纏いつつ、美玖ちゃんに召喚した用件を確認する。
というのも、いつものように食事相手として呼ばれたと思ったのだが、今回はそういうわけでもないらしい。特に食事の用意はされていなかった。
「あ、うん。コホン」
事前に取り決めがされていたのだろう。美玖ちゃんの露骨な咳払いと共に、和佳さんが部屋を出て行く。
「勇ちゃーん! 聞いてー! 聞いてよー!」
初めて会った時のように、美玖ちゃんが俺の胸に飛び込み、顔を胸に埋めてきた。
「えぇっ!? ど、どうしたの!?」
「それがね、今日お食事会があったんだけどね……」
どうやらストレスが溜まる事があって、どうしても俺に甘えながら話を聞いて欲しかったらしい。
だが、バスローブ越しに伝わって来る、美玖ちゃんの柔らかい温もりと、甘い花のような少女の香り。ぎゅっと顔を埋めたり、密着した状態から上目遣いで俺を見上げたりと、俺の理性崩壊を狙っているかのような波状攻撃が続く。
正直話なんて出来る状態にはなれず、彼女の愚痴をただひたすら聞きながら、俺から彼女を抱き締めないように理性を保つという非常に厳しい戦いを、召喚時間終了ギリギリまで行う事になった。
内容を微修正しました。
 




