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「春日君! 大変だ! 君のチームが納品したシステムにバグがあると、お客様から電話が鳴り続けているよ!」
金曜日の昼休み直後。あと半日乗り越えれば、週末でゆっくり出来ると思っていたのだが、昼食から戻ると上司が血相を変えて飛んできた。
真っ青になっている後輩と一緒にプログラムの再確認をすると、特殊な条件を満たした場合のみ、動作がおかしい事が判明する。
「あー、これは徹夜コースだな。とりあえず先方に謝ってくるから、プログラムの修正と試験やっといて。帰ってきたら俺チェックするから」
と、時々だが突発的に徹夜で仕事をしなければならない事もある。
……
「お疲れ様ー!」
対応が終わったのは午前九時。上司と共に謝罪しに行き、修正対応の話とか、再発防止策だとか、まぁいろいろあったが誠意を込めて対応し、丸く収める事が出来たのだった。
そういえば『今日はトラブルで帰れない』とだけ、美玖にメールを送っていたのだけれど、何の音沙汰もない。
だが、そんな事が気にならない程、ぐったりしながら何とか帰宅する。
「ただいま……」
肉体疲労もさることながら、お客様へ迷惑を掛けてしまった負い目があって精神的にも疲れきっている。
とにかく今の俺は「眠りたい」という欲求が最優先になっていて、ベッドを目指してフラフラと歩いて行く。
「勇ちゃん、おかえりー! 今日は未優の発表会よ。運転よろしくね」
先日買ったコートを身に纏った美玖が、上目遣いで迫ってくる。
発表会……トラブル対応ですっかり忘れてしまっていたが、確かに幼稚園でお遊戯の発表会だと聞いていた。
「あ、あのね。美玖。俺、今徹夜明けで帰って来たばかりだから……」
「そうだけど、未優がお姫様をするのよ? ヒロインよヒロイン。なのに私たちが居ないなんて、ダメでしょ」
そう言えば、ここ最近は一緒にお風呂へ入る度に、お姫様の演技を見せてくれていた。
お風呂の中なので全裸だったが、当日は綺麗なドレスに銀のティアラを身につけると言っていたな。
だが今の俺は睡魔に抗うのが精いっぱいで、未優のお姫様の姿も思い描けない程疲れている。
「……ちょっとだけ眠ったらダメかな?」
「ダメよ。遅刻しちゃうじゃない」
上目遣いの笑顔を崩さぬまま可愛く、だが揺るぎなく強い意志で拒絶されてしまった。
「動画撮ってきてくれたら後で観るから、一時間だけでもダメかな」
「うん、ダメ。勇ちゃんが運転してくれないと、どうやって幼稚園まで行けば良いの?」
自転車とかタクシーとか、いくつか手段は思いついたのだが、
「それにせっかくの晴れ舞台よ。そこに勇ちゃんが居ないってわかったら、未優が悲しむわよ。それでも良いの?」
む、それは確かに嫌だ。まぁ近所の幼稚園までだから、それくらいなら大丈夫か。
「そういえば、未優は?」
「もう幼稚園のバスで着いている頃よ」
「わかった。じゃあ行こうか」
とりあえず未優のクラスの劇だけ観て、後は駐車場で寝よう。そう考えながら、俺は欠伸を噛み殺してガレージへ向かい……俺がはっきりと覚えているのは、ここまでだった。
感想にてご指摘いただき、主人公と妻の会話を修正しました。