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「そんな……じゃあ、さっきまで練習していた魔法は無駄だったという事なのね」
「いえ、無駄というわけではないですよ。ヨーコさんは魔法の素質があると思います。ですから、あのまま練習を続ければきっと……」
ラブルがヨーコさんを真剣に諭すのだが、
「私は冒険よりも、このお店を守りたいんです。父の生きがいである、この店を」
薄らと涙を溜め、熱く話すヨーコさんに何も言えなくなる。
「勇樹さん。貴方は魔法の素質が無くても、あのSEVENに召喚される程の技能の持ち主ですよね。剣でも斧でも何でも構いません。どうか、私にドラゴンを倒す術を授けてくださいませんか?」
「えぇっ!?」
いつの間にかヨーコさんが俺の椅子の横へ回り、俺の両手を握りながら、熱い眼差しで俺を見つめて来る。その顔が、互いの鼻と鼻が触れ合うのでは? という程まで近づいて来ていた。
見つめられ過ぎているのでヨーコさんの視線から逃れようと、何となく視線を少し下げると、彼女の服の隙間から大きな胸の谷間が視界に飛び込んでくる。
くっ!? この少女……まさか、隠れ巨乳だったとは。馬車で魔法の練習をしている時には、そんな風には全く見えなかったのに。
とバカな事を考えていたが、実際困るのは俺である。SEVEN――美玖に召喚されているのは、単に元の世界で結婚していたからであり、ヨーコさんが期待するような技能など何一つ身に着けていない。
「待ってください。残念ですが、私たちはそれをお受けできません」
「何故ですか!? それにラブルさんに言っているのではありません。私は勇樹さんにお願いしているのです」
ラブルのフォローに対しても、ヨーコさんが折れない。俺としては、美少女に迫られるこの状況が少しだけ嬉しくもあるのだが、やはりラブルに就くべきだろう。事実、何も教える事が出来ないわけだし。
「そういう問題ではないのです。この店のメニューを見ましたが、主に使っているのは飛竜ですよね」
「はい、それが何か?」
「残念なお話なのですが、先日この飛竜が絶滅してしまったのです。もちろん全ての飛竜が……というわけではないのですが、一般的によく目にするワイバーン――緑の飛竜が絶滅しました」
「ほ、本当ですか!?」
「残念ながら」
俺の手が柔らかい手でずっと握ってくれていたのだが、ラブルの言葉と共にゆっくりと離れていってしまった。
「一体、急に何故!? どうしてなのですか!?」
「えっと、それは……ちょっと言い難いのだけれど」
と、一瞬ラブルが俺をチラッと見る。何だ? 俺が何かしたのか? いや、流石にそれは無い。俺がこの世界へ来たのは昨日だし、元々空にドラゴンなんて飛んで居なかった。
「先ほど勇樹君に幼い魔女――SEVEN――が数日前にグリーンドラゴンを倒したという話をしてくれましたよね」
「え、えぇ」
「そのグリーンドラゴンがワイバーンの親玉的存在でして、そのドラゴンが倒されたので眷族であるワイバーンも皆倒れたという……」
「どういうことですか!? 親玉が死んだら子分も皆自殺するのですか!?」
ヨーコさんの言いたい事は俺も分かる。親玉と言うグリーンドラゴンとやらを美玖が倒したからといって、ヨーコさんが食材としているワイバーンとかまで倒れるというのは変な話だ。
「これは我々と考え方というか、在り方が異なるので理解が難しいのですが、ワイバーンはグリーンドラゴンを活かす事に存在意義を見出していて、その存在意義が無くなってしまったから、消滅した……というのが研究者たちの見解だと聞いています」
「研究者たち……って、ラブルさんは何者なのですか!? それに、そんな話信じられません!」
ヨーコさんがよろよろとラブルへ詰め寄るのだが、動きに力が無い。おそらく、口では信じられないと言っているが、納得してしまっているのだろう。
「ヨーコ。もういい。もういいんだよ」
「お父さん!」
いつの間にやら、四十歳頃のがたいの良い男性が傍に来ていた。左目を眼帯で覆っている以外は健康そうに見えるのだが、視界を半分失うと言う事は、戦士としては致命的なのだろう。
「お客さん。うちの娘がご迷惑をおかけしてしまい、すみません。全て仰る通りで、つい先日まではドラゴン料理専門店だったのですが、付け焼刃でメニューを増やしたのですが、今一つでして」
「だからお父さん。私がドラゴンを仕留めれば問題ないじゃない!」
「ヨーコ。ドラゴンと戦うというのは、大変な事なんだ。最盛期のワシならともかく、ドラゴンの中でもかなり弱い部類のワイバーンでさえ、お前では倒せないだろう」
「だから、これから修行を積んで……」
「それにな、ワシはヨーコに戦いなんて学んで欲しくないのだよ。ツネミミが得意としている錬金魔法をお前が使えない理由を知っているか?」
少し考え、ヨーコさんが首を横に振る。
「それはな。お前がまだ幼い頃、ワシと母さんが魔術士ギルドへ依頼したからなんだ」
「っ!? どうして? どうしてそんな事を!?」
「錬金魔法は便利だ。何も無い場所へ刃を創り出したり、突然のアクシデントから身を守るための盾を咄嗟に生み出したりと、いざ冒険者になれば、重宝されて引く手数多だろう」
「そうよ。ツネミミの錬金魔法は有名だもの。なのに、どうして!?」
「それはつまり、それだけお前を危険な目に合わせるという事と同義ではないか。ワシも母さんも沢山冒険して、沢山戦って、何度も危険な目にあった。それを、お前にまで背負わせたくないのだよ」
そう言いながら、左目の眼帯を抑える。きっと病気などではなく、戦いの中で左目を失い、引退を余儀なくされたからこその選択なのだろう。
「けど、それじゃあ、このお店はどうするの!?」
「何、中途半端にドラゴン料理の未練があったのが悪かったんだ。ドラゴン料理を諦めて、料理の勉強に集中すれば大丈夫だ。一週間もあれば、違う料理をマスター出来るさ」
言いながらヨーコさんを強く抱きしめ、俺たちに向き直る。
「お客さん、いろいろとありがとう。一週間くらいして、またこの街を通る事があったら、必ず寄ってくれ。ワシが上手い料理を絶対に食べさせてやるからさ」
笑顔の眩しい親父さんと、涙の止まらないヨーコさんに見送られ、俺たちは店を後にした。
 




