1-1
――トントントントントン
一定のリズムで包丁を動かし、数秒でネギを切り刻む。
それを素早く沸騰直前の鍋に入れ、火を止めれば豆腐とワカメの味噌汁――我が家の朝食の完成だ。
「おーい。未優ー! 朝だぞー! 起きろー!」
「……」
「起きろー! もう七時だぞー!」
全く起きない三歳の娘、未優が包まっている毛布を引きはがす。
「……パパー。さむいよー」
「おはよう、未優。朝ご飯出来たから、起きて顔を洗ってきなさい」
「はーい」
人気アニメのパジャマ姿で、娘が眠たそうに目を擦りながら洗面所へ向かう。
「つめたーい」
「だから目が覚めるだろ。はい、タオル」
「ありがと、パパ」
鏡越しに、いつものパッチリ二重で俺に微笑みかけ、洗面所に置いてある未優専用の台から降りる。
この台が無くては洗面台に届かないくらい小さな身体なのだが、俺に向ける笑顔や、髪をかき上げる仕草は大人と同じで、正に女の子だ。親バカだと言われるかもしれないが、妻に似て小顔なのに目が大きく、サラサラの髪の毛と、絵に描いたような美少女と言っても差支えないだろう。
だがその美少女故なのか、まだ生まれて三年しか経っていないのに、早くも髪型や服装に結構拘る。昨日も俺が編んだ髪型が下手だと、文句を言われたのだ。
「パパー! はやく、スプーンとってー!」
「はいはい。ちょっと待ってねー。ママを起こしてくるから」
娘をリビングに待たせ、妻の部屋へ。
結婚当初は妻と同じベッドだったのだが、娘が二歳になった頃から静かに眠りたいと、妻が別の部屋で眠るようになってしまった。
このため、俺と娘は一階の寝室で。妻は二階の自室で就寝している。
「美玖ー。朝ご飯出来たよー」
「……」
朝は親子揃って全く起きない。小柄な身体と調和した、程良いサイズの胸に押し上げられ、美玖の寝息に合わせて布団が上下する。
「美玖ー! ご飯だってば」
「んー! わかったー。起きるー」
「おー、おはよう。今日はすんなり起きたね」
「うん。何か美味しそうな匂いがする」
アニメのプリントこそないものの、未優と同じく黄色のパジャマ姿のままでベッドから妻が降りてきた。
娘と同じ仕草で長い髪をかき上げ、サラサラの長い髪をシュシュで手早く纏める。整った可愛い小顔といい、俺の胸程までしかない小さな身体といい、未優もきっとこんな美少女に育つのだろう。
まぁ夫としては、二歳年下で今年二十五歳になるはずなのに、幼い容姿のため未だに女子高生と間違われてナンパされたり、補導されたりするのは困ったものなのだが。
……
「勇ちゃん、お醤油取って」
「パパー。おちゃこぼれたー」
「勇ちゃん。テレビの音量上げて」
「パパー。トイレー」
……
「ごちそうさまー」
「はーい、じゃあ未優は幼稚園の制服にお着替えしようか」
何時もの如く朝食を済ませ、娘を着替えさせる。
もちろん娘を着替えさせつつ、俺もスーツに着替え、出勤準備を進めて行く。
「パパー。きょうはちゃんとやってね」
「はいはい」
着替え終わった未優の柔らかい髪をブラッシングしながら、スマホで髪の結び方をチラ見する。
「はい、出来たよ」
鏡の前で首を振り、未優のチェックが入る。
「うん、これならオッケー。パパありがとー」
――ちゅっ
頬に触れる娘の小さな唇。髪型が上手く出来た時のご褒美だ。このご褒美を貰うために連日連夜、美玖からレクチャーを受けたのは懐かしい想い出となっている。
「あ! 今日はゴミの日だった! 未優、一人で靴履ける?」
「やってみるー」
「うん、頑張って。パパはゴミを纏めてくるね」
大急ぎで家中のゴミ箱を纏め、玄関へ。
「パパー! みゆ、おくつはけたよー」
「おぉー! 凄いじゃないか。じゃあ、これからは自分で出来るね」
「えへへー」
小さな頭を撫でると、嬉しそうに無邪気な笑顔を向けてくれた。よし、これで今日も一日頑張れる!
「行ってきまーす」
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
いつものようにリビングから美玖の声を聞き、俺と未優は家を出た。
――タッタッタッタッタ
「セーフ。間に合ったー」
町内のゴミ捨て場へ寄ってから、小走りで幼稚園のバス乗り場へ。既にバスが着いていたけれど、何とか乗り遅れずに済んだ。
「パパー! いってきまーす」
「はーい、行ってらっしゃーい」
バスの中から俺が見えなくなるまで手を振る未優に、俺も手を振り続ける。
そしてバスが見えなくなった瞬間、駅まで猛ダッシュし、電車に乗って出勤する。
これが、我が春日家の毎朝だ。