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短編・2話完結
ソファに座ってファッション雑誌を読んでいた時、ゴッ と頭に何かが乗った。
兄のあごだった。
時刻は夜の8時。社会人の兄は残業でもない限りはだいたいこの時間帯に帰ってくる。
「おかえり」
「ただいま。ご飯は?」
「今日春雨炒め。温めるね。お風呂先に入って来たら?」
「うん。ご飯よろしく」
「はいはい」
スーツを脱いでハンガーに掛けると、兄は一旦自室に戻った後、着替えを持ってお風呂場へ向かった。その間に私は春雨炒めとお味噌汁を温める。
私と兄は2人暮らしだ。と言っても別に両親がいないとかそういうわけではない。元々マンションめ1人暮らしをしていた兄の所に、大学が近いからという理由で私が転がり込んだのである。
ご飯を温めてから暫くすると、髪から雫をポタポタ垂らした状態のまま兄が脱衣所から出てきた。
「あーもーまたそんな濡らしたまんまで」
「ん」
「ん、じゃないでしょ。兄さんいくつよ」
「24。ほら早く」
「まったく…」
風呂上がりの兄の髪を私が拭く、というこの光景は、私達兄妹からしたらもう慣れに慣れた日常風景の一環だった。まぁバリバリ社会人で24歳の成人男性が大学生の妹に頭を拭くのを毎日ねだるというのもどうかとは思うけど。髪を拭き終えると、兄はやっと夕飯を食べ始める。もくもく、もくもく。ご飯を食べている時の兄は大抵無言であることが多い。
「…美味しい?」
「うん、美味しい。お前の料理は何でも美味しいよ。俺黒焦げでも食べれる自信ある」
「いや、黒焦げ料理なんて作らないけどさぁ…。まぁ美味しいならいいや」
「本心だよ。いいお嫁さんになれるね」
「そうだといいなー」
兄はいつもこうして私を褒めてくれるが、「お嫁さん」発言には毎度の事ながら溜息をつきたくなる。というのも、今までに何度かお付き合いした事はあるのだが、ほぼ全てにおいて兄の過保護が原因で終わっているのだ。
私がいいお嫁さんになるには、まず兄が認める"いいお婿さん"を連れて来なければならないのだが、最低基準の「兄が認める男」がまさかの最高難易度を誇るので辛い。
「いつかお前に子供が出来たら、お前似の女の子がいいな。きっと可愛いよ」
「いや…兄さん気ぃ早過ぎだから」
「そうかな。別に早くないと思うけど」
「子供の前に結婚、結婚の前に恋人でしょ?私今彼氏とかいないし」
「そっか。まぁそのうち出来るって。大丈夫大丈夫」
兄はまるで他人事の様にはははと笑った。いやまぁ、他人事っちゃ他人事なんだけど。
「はー、どっかにいい人いないかなぁ」
私がそうぼやけば、兄はにっこりと笑った。
「大丈夫だって」
-END-