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霧の町のロズ  作者: わた
7/8

勇気を貰って

いつになく沈んだ気持ちで、ロズは『ひだまりの丘』に向かっていた。

今日も雨。レインコートから雨が滴って、ロズの頬を濡らした。


お店の扉を開けると、カランコロンとベルが鳴る。リボン付きの、少し滑稽な木の鳥で飾られたベル。


ロズはレインコートを脱ぎ、傍らのハンガーに引っかける。鞄からハンカチを取り出す。お気に入りのハンカチはお嬢様にあげてしまったんだった。いつもと違うハンカチで雨粒を拭いているうちに、また泣きたくなる。


「いらっしゃい」


ミールの優しい声に、ロズはとうとう堪えきれなくなった。

席につくなり、手で顔を覆って泣き出してしまう。


「おや……」


ミールが困っているのはわかる。けれど、ロズはくぐもった泣き声を止めることができなかった。


カタリ、と物音がして、少しの時間の後。

優しく背中を撫でられる。


驚いて顔を上げると、ミールが隣に座っていた。微笑みを浮かべて、何度も背中をさすってくれる。


いつも、このお店に来れば、ミールはカウンターの奥のマスターだった。

けれど今、こうして隣に座ってくれている。お客とご主人ではない距離で、変わらない笑顔を向けてくれている。


それが嬉しくて……ロズはまた熱い涙を流した。


「お嬢様の、結婚式が、終わりました」


しゃくりあげながら言う。


「あたしはもうシャウラさんに会えません。会いに行く勇気がありません」


ミールは優しい顔で頷きながら、黙って聞いてくれている。


「もし、この気持ちが、恋なら……好きと伝えなければいけなかったんです。でも、言えなかった……わからなかったから。本当に、これは恋なのか……」


だって、ミールへの初恋は、いつしか友情に変わってしまったから。シャウラへの気持ちも、同じではないかと思ったのだ。


けれど、違った。


恋は、ふわふわしていて楽しいものだと思っていた。それが、こんなに胸の奥が苦しくなるものなのだったのか、と、ロズは初めて知ったのである。


ミールはそっとロズの髪の毛をかきあげた。優しく、優しく問いかけてくる。


「シャウラさんに会いたいですか?」

「……はい」

「シャウラさんに伝えたいことがありますか?」

「……はい」


ミールはにっこりする。


「シャウラさんが、好きですか?」

「……はい」


言ってしまった途端、ロズの胸にあたたかい気持ちが広がった。冷えた体に熱い紅茶を流し込んだみたいに、ぽかぽかしてくる。


シャウラが好きだ。


優しいところが好きだ。お仕事になると冷静で、きびきびしているところが好きだ。おしゃべりしていると楽しくて、笑顔が可愛らしいところが好きだ。


シャウラのことが、大好きなのだ。


ミールは満足そうに頷いた。


「ロズさんが望むようになさい」

「だけど……失礼じゃないでしょうか?あたしは身分も低いし……」

「相手の身分に怯むような方は、ロズさんには相応しくありません」


きっぱりと言ってくれたその言葉が、どれほどロズを勇気付けただろう。


「あなたの好きなひとを信じなさい」


ロズはそっと涙を拭う。


「ミールさん……ありがとうございます」


ミールは微笑んで、固くロズの手を握ってくれた。


そして、カウンターの奥に入り、ミールは喫茶店のマスターに戻る。


「さあ、紅茶を差し上げましょう。ロズさんに元気と勇気が出るように」


ロズは涙で濡れたほっぺたを、へへ、と緩ませる。


「お砂糖をたくさん入れてくださいね」


本当は、元気と勇気はミールがくれた。


もう大丈夫だ。



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