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霧の町のロズ  作者: わた
5/8

恋の自覚

お嬢様と御息子の結婚の準備は、着々と進んでいた。

旦那様は披露宴のための馬車を予約なさったし、一流の仕立て屋がウエディングドレスの採寸にやって来る。


至って順調。なのにお嬢様の顔色は、日に日に悪くなっていく。ロズが心配して声をかけても、何でもないのと顔を背けてしまう。


このことを、ロズはミールに相談した。


「お嬢様は、結婚が楽しみではないようなんです」


ミールは穏やかに、


「ご令嬢は、相手方に嫁入りするのでしょう?」

「はい」

「結婚とは難しいものなんですよ。いくら好き同士でも。ご令嬢には今までの生活があった。そこからまったく知らない世界へ踏み出すわけですから、不安で当然です」


ロズは驚いた。結婚とは、幸せに溢れたものであるとだけ思っていたから。


「家族と離れ、頼れるのは夫となる御息子だけ。その御息子のことも、すべてを知っているわけではない。ご令嬢も、いろいろと思うことがあるのでしょうね」

「あたし、結婚って、お互いが好きであればそれでいいと思ってました」

「もちろんそれが一番必要なことです。しかし、それだけではない」


神妙な面持ちになってしまうロズを、ミールは安心させるように微笑んだ。


「けれど結婚は素敵なものですよ。愛するひとと結ばれるのですから。ご令嬢も、今は不安であって大丈夫。いずれが幸せであればよいのです」

「……うん。そうですよね」


お嬢様は御息子といるとき、本当に幸せそうだった。だからきっと、大丈夫。


ロズの心を沈めるのは、他にも要因があった。


お嬢様が嫁いでしまったら、ロズはただの侍女に戻る。相手方の家とは、何の関係もなくなる。

もう手紙を届けることもない。シャウラに会うことも、なくなってしまう。


ロズが訪れると、シャウラは優しく笑って、暖炉の前に通してくれた。御息子がお嬢様への返事を書く間の、シャウラとのおしゃべりの時間。いつしかそれは、『ひだまりの丘』でミールと交わす会話のように、ロズの中でかけがえのないものとなっていた。

シャウラは身分も立派な執事で、ロズは田舎から出てきたしたっぱの侍女。ただ彼が優しいから、善意で付き合ってくれているのかもしれない、と、時々思うこともあった。

けれど、楽しいのだ。世間知らずのロズに、シャウラはいろいろ教えてくれる。暖炉の前での、穏やかな会話は、ロズにとってとても楽しいものなのだ。


シャウラはミールに似ていると思っていた。けれど、全然違うとも思った。

シャウラは笑うとき、どこか照れくさそうにする。くしゃりと顔を歪めるのは慣れていないみたいだ。お屋敷の召使いに用事を頼むときの声は、きびきびとしている。冷静なひとなのだろう。時折見せる真剣な顔は、どこか冷たささえ感じさせた。


あれ?と、ロズは頬をおさえて思い出すのをやめる。

頬はどんどん熱くなる。

ロズはあわてて、ミールにすがるような視線を向ける。


「マスター、どうしましょう」


ミールは首をかしげる。


「お嬢様が結婚したら、あたしはシャウラさんにもう会えません。それは、とっても寂しいんです」


頬が火照るのを止められない。


「あたし、シャウラさんとお話するのが楽しいんです。マスターとお話するのと同じくらい楽しいんです。でもマスターといるときと、シャウラさんといるときの楽しさは違うんです。マスターといると、とっても落ち着くけど……シャウラさんといると、なんだかどきどきします。けど不快じゃないんです。むしろ嬉しいんです。だから、えっと……もっとおしゃべりしたくて……でも、だから、それができなくなっちゃうのが、とても嫌で……」


スッと目の前に紅茶が差し出される。


ミールが、心から嬉しそうに微笑んでいた。


「ロズさんは、シャウラさんが大好きなんですね」


ロズは口をぱくぱくさせる。震える手でカップを手に取り、ぐっと紅茶を飲み干す。


ミールは変わらない笑顔を向けている。ロズは椅子に沈みこみ、俯いた。


「そう、なんでしょうか」


正直、よくわからない。


ミールは笑った。


「いずれわかりますよ。さ、もう1杯いかがですかな?」

「いただきます」


美味しい紅茶に口をつけながら、ロズは考えてみる。この気持ちは、恋なのだろうか。


恋だとしたら……。


ああ、どんな顔をしていればいいのだろう。



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