出会い
今日は、伯爵家で催されるダンスパーティの日。お嬢様と財閥の御息子の仲を深めるためのものだ。しかしそれは建前で、実際は見せしめのパーティである。有力財閥と伯爵家が手を結んだという、いわば広告なのだ。
そう言って、お嬢様はうんざりしたようにため息をついた。
「何を言うんですか。お嬢様はただ、素敵なお相手と楽しめばよいのですわ」
「たった2回しかお会いしたことのない方と、うまく踊れるものかしら?」
ロズは困ってしまう。お嬢様は、財閥の御息子が好きではないのだろうか?
ホールに出向くと、相手方はすでに到着していた。伯爵と談笑しているのは、御息子のお父様。その奥に目を向けたお嬢様の体が、緊張したのがわかった。
さて、いくらお付きといっても身分の低い侍女には、パーティに参加して踊ることなど許されない。さっさと退散しなければならないのだが、初めて目にする社交界。ロズは興味を引かれ、テーブルを直すふりをしながらこっそりと壁際で見物することにした。
御息子はひとりの付き人を連れていた。同じ年くらいの、若い方だ。
ロズははっとする。そのひとの立ち振舞いが、とてもミールに似ていたから。ロズの中で至高の紳士とされる、ミールに。
御息子が耳打ちすると、彼は頭を下げる。御息子はひとりでお嬢様のもとに向かった。手を取って、何やら挨拶をしている。お嬢様の顔がぼっと赤くなったのを見て、ロズもどきどきしてしまう。ふたりは本当に自然に、ダンスを始めた。
お嬢様の顔に笑顔が戻ったのを見て、ロズもほっとする。
「あなたは踊らないのですか」
不意に声をかけられ、ロズは驚いた。先ほどの付き人の青年が、いつの間にかこちらに来ていたのだ。
「踊るだなんて。あたしはただの侍女ですもの。許されませんわ」
「そうなのだろうと思いました。私も執事に過ぎませんから、あなたと同じです」
執事だったのか、と、ロズは改めて青年を見てみる。確かにそれらしい格好はしている。
「執事さんを連れて出掛けるのは、珍しいんじゃないですか?」
「坊っちゃんに年の近い者が私くらいでしてね。身の回りの世話は私に回ってくるんですよ」
「あら、あたしもそうです。お嬢様に一番年が近いから、お付きにしていただけて……」
そこで、身分の低い自分と同じだなんて言っては、失礼だっただろうかと心配になる。
青年は微笑んだだけで、気を悪くした様子はなかった。
「私はシャウラ。あなたの名前は?」
「ロズといいます。リーゼロッテが本名ですが、皆ロズと呼びます」
ロズは口の中で、シャウラ、と彼の名前を噛みしめる。とても良い名だ。
お嬢様と御息子は、とても楽しそうだった。何やら囁きあい、時折くすくすと笑っている。それを見て、ロズも嬉しくなる。
「お嬢様、お部屋ではすごく不安そうだったんですよ。でも、楽しそうでよかったです」
「政略結婚と騒いでいるのは周りだけで、若いふたりには関係なかったようですね。私も安心しました」
ロズは驚いてシャウラを見つめ、思わず笑ってしまう。
「なぜ笑うんです?」
「ごめんなさい。あたしの友人に、物言いがとても似ていたものですから」
シャウラは眉をあげ、それからロズにつられるようにして微笑む。上品なその所作に、ロズは思わず見とれてしまった。
「ロズ嬢のご友人とは、どのような方ですか」
「素敵なひとです。穏やかで優しくて……」
シャウラはミールに似ている。立ち振舞いも、紳士的な態度も雰囲気も。
「そのような方と似ていると言っていただけて、光栄です」
友人を褒められて嫌な気がするわけもない。ロズはにっこりした。シャウラはいいひとだ、と心の中で認定する。
音楽は変わり、お嬢様と御息子は踊るのをやめ、それぞれの父親とともに何やらお話を始めた。上機嫌に世間話に花を咲かせる父親のそばで、ふたりは照れくさそうに相手の顔を見つめては、ぎこちなく微笑んでいる。
お嬢様はしっかり、婚約者のことを愛してらしたのだ。和やかな雰囲気に、ロズも幸せな気分になった
。