第二十九話 ヴィンセントの基準
街道を進む視察団。
侍女たちはヴィンセントの手を借りながら、旅の準備を進めていた。
「ヴィンセント様?」
「はい?」
「これもお願いできます……?」
侍女が荷物を差し出す。
ヴィンセントはそれを見る。
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、眉が寄った。
「…………」
侍女が固まる。
しかし次の瞬間。
「いいですよ!」
ヴィンセントは笑顔で荷物を受け取った。
「ありがとうございます……?」
侍女は首を傾げる。
今のは何だったのだろう。
その様子を見ていたアイリスとエルナも、顔を見合わせた。
「……謎の基準ですわよね」
「ええ」
エルナが頷く。
「嬉々として自分から世話をしておりますのに」
「それなのに、ここにいる者では、わたくしたちとリゼット以外がお願いすると、露骨に嫌な態度をする瞬間がありますわね……」
「でも、結局はしてくださいますものね」
「ええ」
二人ともヴィンセントを見る。
ヴィンセントは何事もなかったかのように、別の侍女の荷物を運んでいる。
「……やはり、気分屋なのですわね」
「そういうことなのでしょう」
「…………」
その時。
ヴィンセントの手にある鐘鎚が揺れた。
ごーん。
「…………」
「…………」
エルナとアイリスが鐘鎚を見る。
「鐘鎚まで気分屋ですわね……」
アイリスが呟いた。
「なんなんでしょうねこの鐘鎚?」
ヴィンセントはいつものように首を傾げた。
◇
やがて視察団は、西方へ向かう途中の都市へ到着した。
ここでは、道路整備と食文化の普及について、簡単な説明を行うことになっている。
「こちらが道路の敷設方法ですわ」
アイリスが都市の担当者たちへ説明する。
どのように地面を整え。
どのように土台を作り。
どのように道を舗装するのか。
必要な資材や工程についても説明していく。
「なるほど……」
「これなら我々でも……」
「ええ。必要な材料と人手を揃えれば可能ですわ」
続いて料理。
「そして、こちらが料理の手順です」
調理法や材料。
火加減や味付け。
実際に料理を作りながら説明していく。
「この料理はこうして――」
「ほう……」
「これは美味しい!」
都市の人々も興味深そうに話を聞いていた。
「では、わたくしたちは先へ進みますわ」
エルナが告げる。
「道路も料理も、わたくしたちが全部やるのではありませんわよ」
「ええ」
アイリスも笑う。
「ここからは、皆さんで発展させてくださいませ!」
「はい!」
都市の者たちが一斉に頭を下げる。
視察団は再び馬車へ乗り込む。
「では、進みましょう」
西へ。
一行は再び歩みを進めた。




