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ハズレの聖女の婿取り事情 ~八百人から残ったのはクセ者で?!~【全年齢版】

掲載日:2026/08/23

 

「モア様はハズレの聖女でいらっしゃいますね」


 正面に立つ、端正な顔立ちの神官は細くため息をついた。膝まである艶やかな銀髪は少しも揺らさずに。 


「残念です。せっかくこちらへ来ていただいたのに」


 ——こちらへ来ていただいた、とは?

 私は見上げたまま首をかしげた。


 神官の背後に見える石造りの祭壇、銀の燭台に数えきれないほどのろうそく、首の限界まで見上げた天井は思いの外に低く、座り込んだおしりが冷えると思ったら床は大理石だった。

 パイル地の半袖半ズボンはお気に入りの部屋着だったけれど、この場には全くそぐわない。鳥肌の太ももを撫でながら立ち上がり、仁王さながらに神官を睨んだ。


「夢かと思ったけど、もしかして私を召喚したとかそんな感じ?」

「ご明察でございます。さすがは聖女様」


 柔らかな微笑みに嘲りが混じっているように見えるのは私の勘違いだろうか。


 ため息をつきながら床に彫られた模様をぐるりと見回す。円を描くのは蔦のようなレリーフ、その外周には文字の羅列が彫り込まれている。その模様に沿うようにざっと十人の男たちが跪いていた。みな一様に艶やかな銀髪を垂らし、裾の長い白装束に身を包んでいる。


 まるで現実味のない景色に呆れて逆に感心してしまう。

 ラノベの筋書きよろしく、宗教的儀式で異世界に呼び出されたということで間違いなさそうだ。

 そんなよくわからない事態にあっても存外に取り乱さずにいられるのは、この部屋に漂う厳かな空気を肌で感じるからかもしれない。


「神官のマルゴさんでしたっけ? 私がハズレっていうのはどういう意味?」


 つい一分前に自己紹介だけ済ませたイケオジのマルゴは「ただの神官ではなく神官長です」と私に発言の訂正を求めた。そして白いマントを翻し「バーゴ! 聖女モアに白いローブと履き物を」と居丈高に言いつけた。


 壁際で控えていた男がしずしずと進む。そして円を囲む男たちを上手に避けて、私の肩にローブをそうっとかけた。その拍子に彼の腰まである銀髪がさらりとなびき、私の手の甲に触れる。それは極上の絹糸のようになめらかで美しかった。長年のヘアカラーで傷んだ私の髪とは比べ物にならないほどに。


「ねえ、バーゴさん? このさらさらの美髪はどうやって手入れしてるの?」


 そう尋ねるとバーゴは驚いたように身をかわし、私から体を遠ざけた。

 あからさまに避けられて驚いていると、マルゴが注目せよと言わんばかりに大きく咳払いをした。


「つまり——神官長たる私マルゴが聖女召喚の儀式を行ったのに、おいでになったモア様はこの世を良くするほどの神力はお持ちでないということです。オーラをほとんど感じません。センサーが反応する下限値ギリギリだったのでしょうか。『女神の娘』ひとりを召喚するのに三年もかかるのに、二回連続でハズレだなんて」


「はあ!? そっちが勝手に呼んでおいて力がないだとか言われても、正直、知らんがなとしか言いようがないから! それに二回連続ハズレとか私には無関係でしょ!」


 距離を取るバーゴから柔らかい革のスリッパを受け取って、私は片方ずつ足を入れながらマルゴを睨めつけた。


「モア様は年齢や思想など基礎的な条件はわるくない。しかしアプリケーションをもう少し改良しなくては。神力を感知できるセンサーをもっともっと高性能にして下限値を…いや、グラデーションをつけるべきか、いやシステムを複雑化するより質問だけでなんとかならないか……やはり異界の道具でなんとかしようとするのに無理があるのか……」


 マルゴは懐から取り出したスマートフォンを操作して、独り言をぶつぶつとこぼした。

 異世界にスマートフォン!?

 その奇妙な取り合わせに私ははっとした。私をここへ運んだのは、ダウンロードしたばかりのスマートフォンのアプリなのではと思い至ったからだ。



 仕事から帰った私は心底疲れていた。所属する小さな会社のいざこざに巻き込まれ、私は活力を根こそぎ奪われて。

 一ヶ月前のことだ。社長が病に倒れた。回復の目処は立たず、覇権争いが勃発した。老齢でも威光を放つ会長、実務を取り仕切る常務、アメリカ帰りの社長子息。それぞれの担当部署を筆頭に派閥ができ始め、あちこちで対立し、業務に軋みを感じるようになっていた。

 三つ巴の合戦に興味はなかった。

 平和と安穏を愛する品質保証部お客様相談係の私は「争うためにどこかへ属するのは嫌だなあ」などと飲み会の席でのんきな無所属宣言をかまし、どこの派閥からも反感を買ったらしい。あちこちで変わり者と揶揄され、厄介な仕事の案件ばかりが私に集まり、これが針のむしろかと震え上がった。

 いっそ転職するか、それともたくましく生きていくか。私はベッドによりかかりながら、よく当たると話題の占いアプリに助言を求めた。まずは会員登録をして個人情報を入力をし、相性のよい担当占い師を決めるためのアンケートに答えた。


 ・今の職場に不満がある

 ・平穏な世界を望んでいる

 ・未婚で恋人はいない 

 ・健康には自信がある 

 ・可能ならば国を離れバカンスへいきたい

 ・丁重にもてなされればバカンス先でしばらく暮らしてもよい 


 私はこれらをなんてことはない普通の質問だと思いすべてにチェックを入れた。すると、ぶうんという音と共に画面が眩しい光を放つ。爆発するのではと私はスマートフォンを放り投げた。——が、ふと気付けば私は博物館で見たような石造りの一室に居た。白装束の男たちに囲まれて。 


「ようこそ。ヴァカンス大帝国へ」


 マルゴが最初に放った言葉とアプリの質問を頭に浮かべようやく合点がいった。あのアプリがマルゴの転移の魔法契約だなんて誰が予想できるだろう。


「バカンスとヴァカンス大帝国ってわざわざダジャレにして、騙してないとか言っちゃう感じなの? 神職の癖に誘拐なんて!」

「誘拐だなんて恐ろしい。女神に仕える神官がその娘たる聖女様を呼び寄せたまでです。質問に嘘はありません」

「屁理屈! 」

「とにもかくにも、アプリが反応したということは、神力が下限ギリギリでもモア様は聖女としての適性がおありだということです。昔は聖女様の都合はまるで無視でしたからね。偶然手にいれたこの機器を解析し、聖女の神力を注いでアプリを作成し、事前アンケートを導入したお陰でずいぶんと定着率が上がったのですよ。現にモア様はしばらくこちらに滞在なさっても問題ないとお考えでしょう」

「えっ」

「不満のある職場と距離を置きたいとお悩みなのでは? ご心痛いかばかりか。懸命なお考えかと存じます」


 アンケートから推測したことだとはわかっている。けれど、白装束でイケオジのマルゴに優しく諭されると、まるで産業医にカウンセリングしてもらっている気分になってしまう。


「まあ、確かに……」

「では、こちらでお子を設けられてはいかがでしょうか」

「——え?  オコ?」


 オコをもうけるって、子どもを作れって言ったの、このオジさん。

 意味がわからず固まっているとマルゴはゆっくりと語りかけた。


「召喚した聖女様の神力が乏しくとも、より強い神力を持つ女児が生まれることがほとんどです。お子を産んで託していただけたら、次の召喚の儀で帰っていただくことも可能ですよ」

「え、帰っていいの?」

「異界への道をこじ開けるタイミングで新たな聖女と交代できます。前のハズレの聖女様は先ほどお帰りになられました。こちらの三年は向こうでの半年です。大きな問題になるほどではないかと。もちろんこのまま帰らずに、控えの聖女としてどこかの神殿で働く道もございますよ」


  突っ込み所はたくさんあったが、まさか円満に帰る選択肢があるだなんて思いもよらなかった。


 マルゴによれば、ヴァカンス大帝国は火山の多い土地柄らしい。火山の麓に大小あわせて十の神殿があり『女神の娘』と呼ばれる神力を持つ女が鎮守の役目を果たすのだとか。現役の聖女は十名ぴったり。成人前の予備軍が赤子も含めて八名。人材の数で言えば切羽詰まった状況ではないのだとか。


 神力を持つのは地球人由来の聖女とその子どもだけらしいが、私が唯一無二の存在ではないことにほっとした。

 しかも神力のほとんどない私は子を残す役目を果たしたら帰っていいなんて、時空を跨ぐ誘拐犯にしては人道的だ。

 ——いや、よく考えたら全然人道的ではないけれど、現実的な選択肢があることは悪くない。


「ねえ、子どもが出来なかったらどうするの。それに神力の無い子とか男の子しか生まれなかったら、私はずっと帰れないの?」

「今までそういった事例はありませんが——そのときは相談ということでいかがですか」


 へえ、 相談にのってくれるんだ。意外と優しい。

 聞けば、火山の麓で祈りを捧げる聖女たちは国の要人待遇で、自由は少なめなものの人間らしい生活を送れるのだとか。アンケートに記されていた『丁重にもてなされれば』の文言は真っ赤なウソということは無さそうだ。

 拐われてきたまま異世界で生きていくか、条件つきで日本に帰るか。しばらく悩んだけれど私は腹をくくった。 


「……じゃあ、帰る方向で頑張ってみようかな? さすがに異界に骨を埋める覚悟はないから」


 マルゴに言われた通り、私は職場と距離を置きたかった。けれど自身の人生に人並み以上の不満はなく、ふるさとは遠きにありておもふもの——という気分には全くなれない。

 帰ることが約束されるのなら、最短三年の異世界トリップを海外留学だったと脳内処理できるかもしれない。帰ったらあの地獄の三つ巴は終わりを迎えているかもしれないし。まあ、神隠しに遭ったといって信じてもらえたらの話だけれど。


 ただ一点、子どもを産んで置いて帰ることだけは今から胸が痛む。けれど、神力を持つ女児は聖女候補として、神力のない女児や男児なら神殿の事務方候補として裕福に暮らし、専属のお世話係がつくのだと聞けば最低限の安心はある。

 一方的に搾取される訳ではないのだと自分に言い聞かせ、私は不安な気持ちとなんとか折り合いをつけた。


 そんなわけで子どもを産むことを条件に三食昼寝つきが約束された。 


「——で、相手はどうしたらいいの」

「モア様がお声掛けになれば、断わる者はおりません。ご自由にお選びください」


 マルゴはまるでよいことを言ったとばかりに満足げに笑った。けれど、なんだか散臭くないか。


「——あ! それってつまり、私が声をかけちゃったら相手は断れないってことじゃないの?」

「ええ、好みの男が相手であれば子作りが捗りますゆえにそう決まっております。小規模でしたら後宮をお作りいただいても構いません。モア様好みの色男ばかりを集めるのも一興」


 いやいや、権力を使って集めた人権無視の逆ハーレムなんて居心地が悪すぎる。

 けれどマルゴは「こちらが男をあてがう場合に比べて出生率は五割増しです」と悪びれる様子もない。


「ああ、美しいからといって私はダメですよ。神官は見目が良いのも資格のうち。けれどそれは聖女のためでなく、女神に遣えるにふさわしくあるためです。私たち神官は身も心も女神のもの。伴侶を設けることはもとより女性と声を交わすこともできません。よって神官は候補には数えないでいただきたい」

「それは慣習として?」

「いえ。規律によって、聖女を含め女性と話すことが許されるのは各神殿の長だけだと定められております」


 なるほど。ならばさっき話しかけてしまったバーゴはさぞ迷惑だっただろう。壁際に戻ったバーゴに「ゴメン」と目配せしたが、余計なお世話だと言わんばかりの無表情だった。


「——それと王族もダメですね。火山の脅威を政(まつりごと)の手段にされては国が滅びます。権力と聖女の神力をめぐり跡目争いが苛烈を極め、過去には殺傷ざたなどもあり禁忌となりました」


 跡目争い——。嫌いな単語に出会ってしまい私はぶるぶると頭を振った。


「つまり——、神官と王族以外ならマルゴさんは文句無しと」

「言い忘れましたが、生殖可能な年齢でお願いいたしますね。老人や童子は困ります」


 守備範囲はそんなに広くないわと鼻白んだが、私はハッとした。

 相手に拒否権がないということは、私が慎重に選ぶ必要があるということだ。

 だって、私のチョイスが他人の人生を変えるのだと言ってもいい。間違ったら恨みを買うことだってあるだろう。

  持て余すほどに重い選択権を持たされて、喉の奥が狭まった。

 どうしたらいいの! 平和主義の私の主張はシンプルなのに。

 どんなに好みの相手がいたとしても無理やりは嫌! ベッドインするなら、せめて私に好意があって欲しい。


  それをオブラートに包んでマルゴに伝えると「乗り捨て前提の種馬と相思相愛になりたいと?」と身も蓋もないことを言われて私は唇を噛んだ。


 そんなこんなで神殿に私室をひとつ与えられ、軟禁生活が始まった。私が提案した町中の下宿暮らしは、身辺警護の関係で却下されたのだ。

 猫脚の長椅子いっぱいに伸びて私は独りごちた。


「出会いがない」


  規律によって声さえ掛けられない神官たち。彼らの目印は銀髪だとマルゴから聞いたが、神殿内は冬の枯野を思い出すほどの銀髪率だった。神官選抜試験の第一条件が銀髪らしい。次点が容姿、賢さと続き、その全てで満点に近いマルゴが神官の頂点だという。


 神殿内で銀髪でない者と言えば、みな独身だという事務方の職員だ。彼らとの出会いを求めて神殿内を徘徊したがいまだエンカウントしたことがない。遠目から見ていい感じならアイコンタクトをとったりまずは休憩時間を一緒に過ごしてお互いの人となりを知ることができるのに。つまり普通のボーイミーツガールに必要な男子がここにはいない。


 ならばと外へ繰り出すには護衛が要る。甲冑で全身を包んだ騎士三人に囲まれながら出会いを見つけるのは至難の技だ。きっとグッドルッキングガイに声をかけたが最後、護衛が威圧し、イエス以外は答えられないだろう。そんなの私の知ってる出会いじゃない。無理やりは嫌なんだよおお!

 長椅子をギイギイ言わせながらのたうち回り、ようやく私は閃いた。



「お触れを出します。聖女(わたし)が配偶者を探していると」

「前向きで結構ですね」


 呼び出しに応じたマルゴは、面倒だなという態度は見せつつも、あっさりうなずいた。


「種馬を配偶者と言い換えるくらいですから、三年でお帰りにはならないと決心されたのですね。お子の数に制限はございませんからご安心を」

「……期間限定の、予定」

「はあ、薄情でいらっしゃいますね。して条件は」

 私はワンピースのポケットからメモを取りだして読み上げた。


 一、二十五歳から三十歳の独身男性であること (聖女(わたし)が年下を好まないため、また結婚適齢期であること)

 二、定職に就き、経済力があること (子を産んだら聖女(わたし)は最長三年で帰国予定、自活が必要)

 三、前科の無いもの (倫理観・価値観の一致)


「たったこれだけですか。そもそも独身である必要が? 女性の扱いや子作りの実績を考えれば既婚者が最適なのに?  略奪は聖女の特権なのにわざわざ独身のみを?」


 マルゴは神職の癖にモラルがないらしい。不実を働くのは絶対に嫌だとマルゴを黙らせて、私は「実はよくわかんなくてさ」と助けを求めた。


「モア様、このままだとおびただしい数の志願者が手を挙げるでしょうね」

「そんなに!?」

「年齢はいいとして、前科がなく定職があるだけだなんて範囲が広すぎます。そもそも神聖な『女神の娘』に侍ることを許されるのですよ。拷問も覚悟せよくらいのことを書かねば興味本位の好き者が列をなします」


 拷問覚悟で手を挙げるヤツの方がよっぽど好き者ではないかとよぎったが、私が「神聖な」という位置付けならば味見したいと考える者がいたって仕方ない。けれど、聖女に侍ったところで神殿から与えられる特権はないらしく、そこまでの志願者が集まるだろうか。


「じゃあ容姿に触れちゃう? 身長体重くらいは入れとこうか?  品性の方は——面接が必要かな?」


 とは言ったものの、こちとら令和に生きていた平和系女子。人権に反したりルッキズムに抵触するような言葉はどうにも使いにくい。


 四、心身ともに健康であること (重篤な病を患っておらず、一般的な婦女子を抱き抱えて走ることができる程度)

 ※二次選抜を行います(面接)


「こんなもんでどう?」


 必要最低限かつ自身の倫理観が許すギリギリを攻めたつもりだったが、マルゴは「モア様がお望みならば」と肩をすくめた。


 国内の領主たちに通達して一週間である。

 志願者は八百名を超え、早々に締め切るべきだとマルゴはため息をついた。


「どんな寛容な聖女かと噂が広まっております」


 私は驚きのあまり声が出なかった。


「面接で十分の一にしたところで八十名。巨大な後宮になりますので、公費では負担しきれません。ある程度の持参金を要求しましょう」

「バカなの!? 」


 配偶者は一人で充分だ。しかし抽出するのに母数が大きすぎる。五人まとめての集団面接にしたって百六十回。二次三次と重ねることになるなら、私は途中で投げ出す自信がある。


 こうなったら身分や血筋、学歴、職業も判断材料にすべきだろうか。そうして悩んで私ははっとした。

 ——これ、知ってる。就職活動の最中に遭った大学名での足切りと同じだ。

 こちらの人となりも見ずに条件だけで黙って切り捨てる、人を人とも思わないそれを当時は恨んだものだが、こ(・)ち(・)ら(・)側(・)に立ってみたら仕方のないことだと痛感する。だって志願者が多すぎるんだもの。

 書類上の条件で人を判断するなんてゾッとするほど傲慢でおこがましい行為だと私は葛藤しながら、泣く泣く条件を追加した。



 五、身長は女神の石像と同等以上(おおよそ175cm~)

 六、読み書きと四則演算の習得者(こちらの教育水準では高位らしい)

 七、血統の明らかな者(領主の推薦状が必須)



 決してハイスペックな男子を狙い打ちしたいわけじゃないのだ。なのにこの書き様。志願者を減らそうと条件を増やしていく度に「私はいったい何様なのか!」と額を机に打ち付けた。

  おでこを赤くしながらハードルを棒高跳びくらいまで引き上げたつもりだったのに、それでもまだニ百人は残り、結局は容姿にも言及するはめになった。


 七、容姿端麗、眉目秀麗


 求人広告で見かけようものならコンプラ違反と炎上しそうな要求してようやく五十人。


 八、黒髪


 これはもう人口比による絞り込みだった。黒髪は全体のニ割だってマルゴが言うから!

 三度にわたるやり直しを終えて、志願者はようやく十人。やっと想定内の人数に収まって、面接試験を開催できることになった。


「グループディスカッションみたいな感じにして私は見てるだけにしようかな」

「グ……? せっかく集めた志願者と対話をなさらないという意味で合っていますか。面倒くさがらずに覚悟をお決めください」


 マルゴはお前が始めた物語だろうという冷たい視線で私を刺した。


 正直なところ、ここまでしっかりふるいにかけたのだからもう誰でもいい、とまでは言わないが、領主からの推薦状を必須にした時点でかなり厳選されていた。特に大きな火山がある地方は力が入り、領主からの推薦状はちょっとした冊子が作れるボリュームだった。地元出身の男が聖女に気に入れられば、神力の高い聖女を優先的に配属してもらえるかもしれないと、神殿へのアピールに余念がないのだ。


「だって、見分けがつかないのよ」


 私は隠し窓から志願者控え室を覗き見て、ため息をついた。

 そこに若い男が十人いるという認識しかできない。

 貴族に豪商、騎士、学者と稼業は多岐に渡るらしいが見た目では判断がつかない。志願者の年代と身長と髪色を揃えてしまったことが災いした。加えて、西洋貴族風に見えるRPGのコスプレのような服装も、異邦人の私にはどんな意味があるのかわからないし、カタカナっぽい名前も長くて聞いただけでは覚えられない。


 それに面接をするなんて提案したものの、いったい何を尋ねたら良いのだろう。聖女という肩書きが無ければ相手にもされないほど普通の女が、高スペックな男性に対して偉そうに聞けることはない。


「一言交わして印象の悪い者を排除して、残りはくじ引きでお決めになったら良いのでは? 」


 ため息をついたまま動かない私を見かねて、マルゴが適当なことを言った。



 面接は神殿の会議室で行った。集団面接を一度で終わらすために工夫を凝らし、五列二段の階段状の椅子を特注した。バラエティー番組でよく見かける雛壇だ。黒髪の成人男性がぎゅっと一ヶ所に集まっている見慣れた絵面のお陰で、なんだかテレビ収録の観覧をしているようで、いい感じに気が抜けた。


「では、一番から順に簡単な自己紹介と聖女に伝えたいことを述べよ」


 雛壇の脇に立つ司会者——ではなくマルゴが厳めしい顔で促した。どうやらコレがマルゴの外面らしい。

 雛壇の正面でテーブルにつく私と女性の書記官に向かって、志願者がひとりずつ語り始める。覗き窓から観察していたときにはわからなかったが、みな聡明でそれぞれに個性のある魅力的な男性だった。


 例えば、いかにも宗教学者といったクールな風情のルバートは「自身を捧げるに値する高貴な女性を待っていた」と熱っぽく語り、そのギャップに胸キュンだった。また、短髪で男らしい体格のブランドは私の私室を警護する騎士のひとりらしく「いつか甲冑を取り私自身としてお目にかかる日がくることを夢見ておりました……お慕いもうしております」と純情さを滲ませてはにかんだ。貿易商のレターは巧みな話術で「色々な国の多様な文化を知っている自分こそが聖女様を幸せにできるのではと」と私の異邦人心を揺さぶった。そして宝石の鉱山を持つ男は私の名をその山に付けたいと語った。


 私を捉える眼差しはみな羨望の色を含み、外見の良さも相まって、まるで乙女ゲームのスチル画像のようにキラキラと輝いて見えてくる。

 なんだかみんないい感じじゃない?

 これならいっそジャンケンで決めてもいいかもしれない。だなんて催し物のジャンケン大会を想像していると、最後のひとり、末席の男が「先に発言をお許しいただけますか」と手を上げた。

 さらさらの髪をセンターで分けた柔和な雰囲気のイケメンに「どうぞ」と促すと、彼は黙礼をして立ち上がった。


「このレターという者、離婚歴がございます」


 離婚歴?

 想像もしていなかった言葉が飛び出して、男に視線が集まる。


「見知らぬ顔だな。貴殿が何者かは知らないが……よくもそんな話を嗅ぎ付けたものだ」


 不愉快そうに眉をひそめたのは、貿易商のレターだった。レターは私の視線に気づくと、あっと言う間に笑顔を取り戻し、淀みなく釈明を始めた。


「……モア様、お騒がせしまして申し訳ありません。確かにこの男の話は事実です。しかしモア様からのお触れ書きの条件によれば、ただ『独身であること』とされ、問題は無いかと存じました。過去の離婚歴は自慢することでも、掘り返して騒ぎ立てることでもございません。単に性格の不一致で結婚に一度失敗しただけのこと——むしろ、私には必然だったのかもしれない。こうやってモア様にお目にかかるために——」


 レターに指摘されて初めて、私は結婚歴について触れなかったミスに気がついた。独身といえば結婚をしたことがない者だろうと無意識にイメージしていたのだと。


 けれど、レターが結婚の経験者だったということよりも口ぶりが気になる。嗅ぎ付けたなんて乱暴な言い回しや、結婚は失敗だったなんて笑顔で言うことだろうか。にじみ出るモラハラ臭に、さっきは感動した多様文化尊重発言に違和感を覚えてしまう。


「レター殿。それはおかしいですね、聖女のために妻子を放逐したのだと私は聞きましたが」

「妻子を放逐って!?」


 男の放った強烈な言葉に思わず私が叫ぶと、さすがのレターも口の端がひきつる。センター分けの男は蔑みの目でレターを見やって、静かに続けた。


「私の実家は毛織物を扱う商家です。あなたは覚えていないでしょうが、私はあなたの結婚式に参列していた。花嫁側の招待客としてね。花嫁だった商家の娘とは楽器の家庭教師が一緒で、重奏の稽古を一緒に受けた間柄です」


 その元花嫁が子を連れて実家に戻ったのだという。そうしてレターの外道ぶりを親伝い聞き、幼馴染みの境遇に胸を痛めたのだとか。


「こんなところで人でなしと鉢合わせるとは思いもよりませんでしたが、運命とはこのこと。モア様をこの男の毒牙にかけてはならぬという女神のご意思でしょう」


 男は段から降り、床に片膝をついた。


「モア様。条件に『独身』とあっても、独身なだけでいいのですか。目の前の宝石に目がくらみ妻子を捨てる男が神聖なモア様の相手としてふさわしいと?」

「言葉を選べ。捨ててなどおらん、離縁は円満だった」 

「離婚の届けの日付をお触れが出る前日へと改竄し、妻子にはささやかばかりの慰謝料を払って円満と? 聖女のお相手に選ばれれば物珍しさから社交界でも引く手あまただろう。新たな商機にも事欠かない。そんな浅はかな損得勘定で妻子を足蹴にして聖女の御前に出るとは図々しい。恥を知れ」


 強い怒りを含んだ言葉に、会議室は静まり返った。

 レターは苦虫を噛み潰したような顔で言葉を探していたが、口を開いたのは私の方が先だった。


「……遠くから来てもらったけど、ごめんなさい。レターさん、あなたとは倫理観が合わないみたい」


 手もとの推薦状をマルゴからレターへ返し、壁際に控える騎士に目配せをして扉を開けさせた。


「他に離婚歴のある人はいますか? それと……お子さんが居る人もレターさんと一緒に帰って下さい。事情は様々でしょうけど、初婚の人を探していた私の意図とは違ったから。後で調べて失格にもできるけど、ここで自ら退出してもらえませんか?」


 お腹に力をいれて声を張ったけれど、そうでもなければ泣き出してしまいそうだった。


 私の思いつきがなんの落ち度もない人を不幸にした。その事実に私は打ちのめされていた。私の出したお触れが原因で離縁されて家を追い出された人がいたなんて想像もしていなかったのだ。


 レターに離縁された女性に謝りたい。あなたの夫と子どもの父親を奪ったのは、私のわがままだったのだと。私はただ相手に無理強いすることなく平和で穏便に配偶者を探したかっただけなのだと言って許してもらえるだろうか。


 もっと丁寧に条件を考えていれば。いや、いっそマルゴに無理を言ってでも問題の無さそうな者を見繕ってもらうべきだったのかもしれない。

 行き場のない重いもやが胸のなかに充満し、膝が小さく震える。


「モア様。気分が優れませんか」


 マルゴの声にはっとすると、扉は閉じられ、志願者は六名にまで減っていた。センター分けの男はまだ膝をついたまま、私を見つめている。 


「モア様。私の幼馴染みは申しておりました。傷ついた代わりに悪い男と離れられて幸運だったと。モア様がレターを失格処分になさったと知れば幼馴染みは安堵し、溜飲も大いに下がることでしょう。そのように悲しいお顔をなさることはございません」


 男の清らかな声が、ジクジクとうずく目頭をひんやりと癒してくれるようだった。 


「……あなた、自己紹介はした?」

「いえ、相応のお時間はすでに頂戴しました。これ以上はおそれ多いことにございます」


 胸に手を当てまぶたを落とした彼の、澄んでいるであろう瞳を見たいと思った。 


「眼を見てお礼を言いたいから、名前を教えて下さい」

「——ロンディ・サンダと申します」


   私は席を立ち、跪くロンディに両手を差し出した。添えられた大きな手を引っ張って立ち上がらせて、私はロンディを見上げる。


「ロンディさん、本当にありがとう。あなたの勇気に感謝します」


 霞んだ空のような瞳がにわかに潤み、微笑んだ拍子に滴が頬に落ちる。その様子がとても美しく、私はなんだか救われたような気がした。



 推薦状の内容をもう一度精査すると六人の志願者に伝え、集団面接は閉会した。本当ならば当日に合否を決めるはずだったが、レターの一件を受けて、推薦状の内容に矛盾や齟齬がないか調べるためだ。

 ——が、適切な人員を揃えその作業に着手しようかという頃、ぱらぱらと五通の封書が届いた。


 すべてが最終面接辞退の申し入れだった。辞退の理由は一身上の都合であること、聖女(私)に何かネガティブな要因があったわけではないことがどの手紙にも丁寧に綴られていた。

 まるで集団感染にでもあったかのように候補者がバタバタと居なくなった。そうしてたった一人が残ったのが最有力候補のロンディだった。


「残ったのがロンディさんだけだって聞いて気は変わってない? 辞退したくなったらならまだ間に合うよ?」 


 最終面接と言ってロンディを呼び出し、私はそう尋ねた。けれど、ロンディは「残ったのが私だけとは僥倖。私はモア様に永遠の愛を誓います」と恭しく胸に手を当てた。


 応募総数八百名から始まった配偶者探しは、大荒れの末、最終候補六人のうち五人が辞退するというすっきりしない結果になった。けれどロンディは、晴れ晴れとしたいい顔をしていた。



 その十日後、神殿の敷地内にあるこぢんまりとした屋敷——家庭を持ったハズレの聖女用——が私とロンディの棲家としてあてがわれた。とは言っても、その屋敷は国の要人が過ごすことができるくらいには立派な造りをしている。


 神官たちによる祝福の儀式やもろもろの手続きが済み、私たちは心地よく整えられた居間でグラスを傾けていた。

 私は長椅子で、ロンディはテーブルを挟んだ向かいの席でくつろいでいる。ようやく二人きりになっての夜酒は緊張しつつもなんだか気恥ずかしい。新居に迎え入れた時からロンディは始終嬉しそうに頬をゆるめていて、それが少しだけくすぐったいのだ。


「ねえロンディさん」

「ふふ。モア様、どうぞロンディと」


 ロンディの眼差しはしっとりとした色気を帯びている。昼間の朗らかな雰囲気との落差に晒されて、どぎまぎとする私はグラスを落っことしてしまいそうだった。


「こ、これからロンディはここに住むんでしょう? 通うことも選べたのに、お仕事はどうするの?」

「我が商会は父も祖父もまだ現役ですから、私は王都(ここ)で新規事業の準備に取りかかります。けれどしばらくはモア様と蜜月を過ごす予定ですよ」


 ロンディはやたら甘い声で蜜月なんて言った。

 確かに今の私たちは新婚と同じような関係だけれど、私が帰るまでの期限付きだ。けれど、ロンディが誓うと言った永遠の愛——あれが本心かのような真摯な響きに少なからずドキリとしてしまう。

 今日はその辺りも聞きたかったのだ。一次面接で聞くはずだった志望動機や自己アピールなんかはレターの一件でまるまるすっ飛ばしてしまい書類上のロンディしか知らない。正義感が強くて誠実な人柄なのは間違いないから、あまり気にしてはいなかったけれど。


「ロンディは、どうして私の配偶者に立候補したの?」

「——清らかな存在に照らされて生きたくなったからですよ」


 なるほど、入り口は女神信仰ということね、ロンディっぽい!

 私がふむふむとうなずくと、ロンディは眩しそうに目を細めた。柔和な作りの顔がもっと優しくなって、ほっと肩の力が抜ける。


「信心深いのは昔から?  ご両親の影響?」

「いえ、両親は根っからの商人で宗教には懐疑的です。もともと私の故郷は国境近くで女神の信仰者もほとんどおりません。けれど、銀髪を持つ私の弟が、地方の視察に来られたマルゴ殿の目に止まり、そのまま神官になりました。それは私が隣国へ絹織物の染色技術を学びに行っている間の出来事で、私には寝耳に水でしたが——モア様、おかわりはいかがですか」


 私のグラスが空になったのに気づいたロンディがさっと立ち上がり、レモンに似た香りのリキュールをとくとくと注いでくれた。


「弟は家業を手伝わなくても済むという軽い気持ちで神殿入りしたようですが、一年ほど経ったころに、奇跡を目にした、女神に生涯を捧げると手紙を寄越して驚きましたね。昔からそういう極端なところがあって。きっかけと言えば、その熱心な弟に感化されたことでしょうか」

「へえ! 弟さんが神官なの! ロンディと似てる? 会ったことがあってもみんな銀髪だから見分けがつかないかもしれないなあ」

「そうでしょうね。私も弟を訪ねてここへ来たときは驚きました。一万人にひとりと言われる銀髪が神殿にはこんなにも集められていて。美しさを鼻に掛けていた弟はすっかり謙虚になっていましたよ」


 眉を下げながら弟の話をするロンディは少しだけあどけない。くくっと思い出し笑いをした顔に胸の奥をぎゅーんと掴まれて、私は思いきって「ここに座る?」と長椅子の隅へ寄った。するとロンディは嬉しそうに小さく会釈して、隣に浅く腰かけた。


「弟は聖女の降臨に立ち会い、信仰に目覚めました。例えば、人が火というものに触れてしまったら、それを知らなかった頃には戻れないでしょう。弟にとって女神信仰とはそういうものだと言うのです。それは信じるものを持っていなかった私にとっても同じこと——」 

「なるほど! 弟さんは前の聖女の召喚儀式に参加してたのね」


 異世界から聖女を召喚できるからといってこの世界には魔法があるわけではないらしい。聖女の降臨は女信仰の儀式の中でも特に神秘に包まれているのだとマルゴも言っていた。

 儀式とはいえ本当に異界人が現れたらそりゃあ新人神官はびっくりするよねえ、なんて弟さんの心情に想いを馳せていると、ロンディは「私もお聞きしてよろしいでしょうか?」とこちらを見据えた。


「お触れに示された配偶者の条件は、どなたが考えられのですか」


 思わぬ質問に驚いて、私はグラスに視線を落とした。あのお触れにはロンディのまっすぐな眼差しに応えられるような大層な意味は無かったから。

 誰かを無理に従わせたくなかっただけで、あとは自分の目でどんな人なのかを確認できる人数になりさえすれば細かいことは構なかった、なんて自分本意な考えを言えるわけがない。


「決めたのは私だよ。……うまいやり方がわからなくて三度もやり直してごめんなさい。もっとスマートで平和な方法を思い付いたらよかったのにって後悔してる」


 自分の為に人をふるいにかけるなんてことはもう二度としたくない。レターの一件が堪えただけでなく、せっかく手を挙げてくれた志望者をこっちの都合でたくさん不合格にしたことが心のしこりになっている。無理やりというのは何も嫌がる人を押さえつけるだけじゃない。ノーを突き付け、ひとの気持ちを踏みにじり従わせたことも、結局は同じなんじゃないかと気づいてしまったからだ。


「謝られることではございません。お触れの条件がひとつひとつと増えるたびに、モア様が有象無象の中から私だけを選びとってくださるのだと私は感動いたしました」

「いや、そういう感じでは……ふふ、まあ、間違ってはないけど」


 慰めてくれたのかなとふと見上げると、ロンディは空のようなブルーグレーの瞳に光を堪えて、誇らしげに私を見つめていた。


「あのお触れを何度も読み返し、諳(そらん)じ、モア様の望む私でありたいと願っておりました。そして面接のあったあの日。モア様が『あなたの勇気に感謝する』と微笑みかけてくださいました。あのときモア様は後光が差しておいででした」

「へえ……?」


 なんだかよくわからないけれど、ロンディが損得勘定でここにいるわけではないことはひしひしと伝わってくる。熱に浮かされたようなロンディは椅子から降りて跪き、私を見上げた。 


「モア様。私は弟から聞くまで聖女という存在がどんな境遇なのか知りませんでした。こちらの都合で勝手に召喚され、異国にひとり降り立ち、周りにはモア様を利用せんとする輩ばかり。さぞ心細かったことでしょう。これからは私がモア様をお守りいたします。何人にもモア様を利用させません」


 突然に騎士のようなことを言い出したロンディに、大袈裟だなぁとは返せなかった。


 あまり考えないようにはしていたけれど、もし私が家に帰りたいと泣き叫んだり、聖女としての利用価値が少しも無かったら、マルゴだってどんな処遇を強いていたかわからない。今は優遇されていても未来のことは何ひとつ保証されていないのだ。


「本当に? 私のことを守ってくれるの?」

「はい、私の命に代えましても。その前に、金も権力も存分に振るわせていただきますが」

「なにそれ。すごく頼もしいんだけど」


 ロンディはやっぱり私を元気付けようとしてくれているのかもしれない。私が堪えきれずに吹き出すと、ロンディも一緒に笑ってくれる。だから一番に気にかかっていることを聞いてみてもいいかなと思った。


「じゃあ——もし、いつか私が国に帰っても、ロンディは私たちの子どものことを気にかけてくれる?」 

「もちろんです。モア様の命と同等かそれ以上に」


 ロンディが何の迷いも見せずに微笑んでくれた。そうしてやっと私はここ(異世界)で、初めて泣くことができた。


 ◆


「初夜は今宵でなくてもいいのでは?  モア様は酔っておられますから」


  私はロンディの首に腕を巻きつけて、体をより密着させた。


「んふふ、ロンディはシュッとしてるのに全然ゆるがないねえ」

「お忘れになられましたか。モア様を抱き抱えられる力は必須条件だったでしょう?」


 デキャンタに入っていたリキュールは全部飲んでしまって、私はロンディに「このまま寝台へつれていって」とねだったのだ。酔ってぐにゃりと傾く私をロンディは軽々と抱き上げてくれ、ゆっくりと寝室へむかっている。


「もしかして酔ってる女はきらい?  あ、お酒くさい?」

「モア様にただただ焦がれている男を捕まえて何をおっしゃいますか」

「ふふ、ロンディにそこまで思わせる女神はすごいなあ」

「いえ、偉大なのは女神でなくモア様です。モア様が私に力を与えてくださった」

「えー、なにそれ? 私がなにかした?」


 いい気分でふわふわとおしゃべりをしているうちに主寝室にたどり着く。大きなベッドを前に立ち止まったロンディに、私が「今日でいいよ」と誘った。ベッドが鳴らないほどに着地は柔らかだった。


「モア様がレターを退場させたあの日、モア様が私の手を取ってありがとうと仰いました」


  さっきもそんなことを言っていたよねと、酔った頭でぼんやりと思い返す。


「天啓だと思いました。モア様に降り注ぐ厄災の一切を取り除く使命を、私にお与えくださったのでしょう? ——ですが、容易いものでございましたよ」


 ロンディは天蓋の垂れ幕をひとつずつほどきながら、嬉しそうに語る。オーガンジーのカーテンが壁のランプを淡く透かし、天蓋のなかは薄暗くて心地いい。


「シメイ? 私、そんなこと言ったっけ」


 私が首をかしげてごろんと寝そべると、ロンディがおやおやと笑って跪き、革の室内履きを脱がしてくれた。


「使命——それはモア様に相応しくない最終候補者に、自ら去ってもらうこと。五人の最終候補者はみな叩けば簡単に埃がでるような男ばかりでしたから」


 絵本を読み聞かせるような穏やかな語り口だった。その優しい響きを一度は心地よく聞き流してしまったが、ふと我に返る。

 ——最終候補者に自ら……ん? なんて言った……?

 寝返りを打って見上げると、ロンディは「失礼いたしますね」とベッドに腰かけた。


「私はサンダ商会の跡取り。初めて取引きする相手や他国の商会の事前調査は私が指揮を取っておりました。国内の人物で名前と職業がわかれば身辺調査など造作もありません。それもたったの五人。我が商会の監査室に掛かれば、家系図から交遊関係、信用情報まで知りえないことはありません。世の中にはモア様にふさわしい男はなかなかおりませんね。清廉潔白なのは私だけ……」


 ロンディの話はなんだかとても難しい。アルコールの心地よい余韻が、話の輪郭をボヤけさせてしまうのだ。


「……んー、もっとかんたんに言って。残った五人が、どうしたの」

「つまり、モア様が私におまかせ下さった通り、あなた様を悪漢からお守りしたということですよ」


 ロンディは子どもに言い聞かせるようにゆっくりと説明してくれた。


「モア様は気付いていらっしゃったのですね、マルゴ殿を筆頭に神官達は人を疑うことに慣れていないということを。だから私に男たちの選別を行う使命を下さった」

「……んん? あっかん? マルゴがなあに? もうちょっとゆっくり説明してくれなきゃよくわかんないよぉ」

「ふふ、よいのです、なにも初夜の寝台で話すことではありません。モア様がこのロンディをお導きくださったこと、私だけがモア様を心からお慕いしていることだけ頭の片隅に置いていただけましたら十分でございます」


 私がそうなの? と寝転んだまま見上げると、ロンディはベッドに広がる私の髪をひとすじ掬いそうっと口づけた。

 なんだかすごく嬉しそうだった、私が誇らしい気持ちになるほどに。ロンディが微笑むと私ものびのびと笑うことができる。だから他のことはどうでもいいかなと思って、ちょっぴり気になる話は後回しにすることにした。そうして私は、髪をすくロンディの大きな手にそっと手を重ねた。


「じゃあそれだけおぼえとくー」


 その手を恭しく持ち上げて、ロンディは爪の先に唇を寄せた。


 

 ◆


 男がオーガンジーの垂れ幕を引くと、澄んだ夜の空気が腕を撫でた。天蓋の内に溜まった湿気がにわかに薄くなる。愛しい人の甘いため息をたっぷりと含んだそれが散ってしまうことが惜しくて、男は帳を元に戻した。

 ガウンを羽織って振り返ると、黒髪を乱したまままどろむ女が、端に片寄った掛布をたぐりよせた。


「ロンディ……? ねないの……」 

「モア様はもう寝てしまわれるのですか」


 ロンディは寝台に腰かけると、掛布を広げてモアの体にやさしくかけてやる。満足げに息をついたモアが口元をゆるめて気だるげに声をこぼした。


「——ん? なあに……」

「湯浴みはされませんか、それともお湯と綿布をお持ちしましょうか」

「……ロンディは、なんで、そんなに元気なの………眠いよお、ぜんぶ、あさに、する……」

「ふふ、では清拭は私におまかせください」

「……もう、いいから、ねよ……」


 モアは掛布をぎゅっと体に巻き付けて、剥がされてなるものかとでもいうように丸まった。もごもごとなにかを呟いて、長い瞬きをしながら吐息は規則的になっていく。


 ロンディはモアの丸い額に張り付いた前髪を指の背で撫でる。頬の赤みは残したまま眠りに吸い込まれていく様子を、ロンディは欠片も見逃すまいと見つめた。


「モア様……なんという幸福か」


 ロンディはモアと初めて合間見えた瞬間思い返した。

 聖女は異界から拐われてきた女だとは聞いていたが悲壮な表情を見せないモアの気高さに圧倒された。薄着からこぼれるはつらつとした健康美。神官長と言葉を交わす様子に卑屈さはなく、肥沃な土地で育つ若木のようなみずみずしいモアが、ロンディには眩しかった。


「モア様が私を選んでくださったのか……はは、未だに信じられない」


 ロンディは最終候補の五人の顔を脳裏に描いた。

 選考を三度もやり直したとは思えない、程度の低い男ばかりだった。例えば宗教学者のルバートには大きな借金があり、そのカタに出版社と組んで暴露本を書く契約を結んでいた。暴露されるはずだったのは聖女とルバートの夫婦生活だ。聖女が国へ帰った後ならばなにを書いても罪に問われないだろうとたかをくくっていたらしい。


「モア様の尊厳を奪おうとする愚か者はふさわしくない」


 またある者は採掘中の宝石の鉱山を売却し一族の故郷である隣国へ帰ることになった。


「あの宝石の鉱山は私が買い取ったが……、劣悪な労働環境で問題になっていたあの鉱山に清らかなモア様の名が付けられようとしていたのは許しがたい。——鉱員を味方に付ければ乗っ取りもそう難しいことではなかったが」


 また、人妻との密会していた者、麻薬の売人に建物を貸して違法薬物の売買に間接的に関わっていた者は証拠を提示して、候補の辞退を求めた。相手がごねることも想定していたが、力に訴える必要がないほどあっさりと処理できた。そして騎士のブラントにも問題があった。


「あの騎士は前聖女のお相手の友人だったか……。その男が『異世界の女は簡単で、しかも味がいい』などと酒場で騒いでいた所にブラントの目撃証言があった。軽佻浮薄な輩をモア様に近づける訳にはいくまい。二度と王都の地を踏ませるものか……」


 いつの間にか独り言をこぼしていた自分に気付き、ロンディは「浮かれているな」と苦笑いを浮かべた。


「ああ、いつかモア様をあちらへ無事にお返しできるかな……」


 心のうちを聞かせてもらえたこと。涙を見せてもらえたこと、肌に触れることを許されたこと。この特権を誰かに渡すことは考えられない。例えそれがこの世界の者でなかったとしても。

 モアの哀しみに寄り添い、喜びを分かち合えば、よい夫婦になれる確信はある。自らここに居たいとモアに思わせるための努力を惜しむことはない。けれど——。


「いざその時が来たら。妻子を放逐したレターになぞらえて、ご自身の利益のために子を捨てるのかと涙を見せながら諭すのはどうだろうか。モア様を悲しませるのは本意ではないが、きっとお心に届くに違いない」


 ロンディはほくそ笑んでゆらりと立ち上がり、垂れ幕の隙間から外へ出た。

 着替えを取りに自室へ戻る。まだ開きかけの荷物の中に白いものがぼんやりと映った。ランプをかざしてみると、机に積んだ本の間からはみ出ていたのは白い封筒だった。


「……ああ、弟の極端な感性には感謝しなければな」


 懐かしい思いを抱いて手紙を開くと、乱れた走り書きから弟の不機嫌そうな声が聞こえてくるようだった。


  ————————————————

 ロンディ兄上


 何度手紙を下さっても、私の気持ちは変わりません。父上にももう手紙を送るのを止めるように説得していただけませんか。

 二人がかりで説得されようがを私は故郷にもサンダ商会にも戻りません。私は女神の元(神殿)で生きていくと決めたのです。

 サンダ商会にはロンディ兄上という立派な跡継ぎがいる。だからこれ以上の欲を掻くべきではありません。


 私は神官長(マルゴ様)に洗脳されているわけでも、騙されているわけでもありません。それを証明しろと言われても、私の言葉が届かないのならば、その目で女神の奇跡を見るしかないでしょう。

 近いうちに聖女の召喚儀式が執り行われます。

 兄上の風貌が私の記憶のままであるならば、双子の片割れである私に成り済ますことが可能です。そして儀式に加わり、女神の奇跡をその目でご覧ください。


 私の生き方に口を挟むのならば、それぐらいの覚悟はおありでしょう。その上で兄上が奇跡はまやかしだとおっしゃるのなら、私を正気に戻すために頬を叩いてくださっても構いません。

 しかし、もしも奇跡が本物であれば、サンダ家の次男は死んだと思い、私には関わらないでいただきたい——



 ロンディは手紙を半分に破ると、備え付けの陶器の灰皿に放り込む。ランプのカバーを開いて炎を近づけると、オレンジの火がインクを焦がしながら紙を焼いてゆく。その揺らめきは、神殿の地下室を照らす多数のろうそくを思い出させた。


「マルゴ殿が手を挙げた瞬間、神々しい光が地下室に満ちて、まったくの無から美しい聖女が現れ……これが神力かと涙が溢れたな」


 ロンディが感じ入って天井を仰ぐと、はらりと何かが肩に落ちる。ガウンの襟に付いた一本の髪に気付き、ロンディはつまんでランプに透かした。張りのある黒髪の根元が、小指の爪ほどだが銀色に光っていた。


「そろそろ染め直しの時期か」


 手紙を焼く明るい炎にそれをそっとくべて、ロンディは手荷物を漁った。黒い液体の入った瓶と黒ずんだ櫛、布、小さな陶製の容器を籠に入れて、歩きだす。向かったのは湯殿だった。


「条件に黒髪と書かれた時は絶望したが、隣国で学んだ絹糸の染色技術が染髪に応用できるとはな。あの閃きもきっとモア様のお力によるものに違いない。いや、あれこそが試練だった? 私だけの……?」


 甘い飴を舐める子どものように頬がゆるみ、自然と笑い声が漏れた。


「ああ、そうだ。これをモア様に差し上げるのを忘れていたな」


 籠に放り込んだ陶器の容器にはサンダ商会でも特に人気のある保湿剤が入っている。


「羊毛から取れるこの油を数滴たらし、櫛で髪をよく梳く。それが美髪の手入れの秘訣だとお教えしたら、喜んで下さるかな——ああ、いけない。これはバーゴからの言伝てということにしておかなければ不自然か。私の髪に触れ、初めてお声がけ下さったあの瞬間から私の心はモア様のものだというのに、この感動を誰とも分かち合えないとは……」


 ため息まじりにぼやくロンディはさして残念なふうでもない。ランプに照らされたその顔はなにかに酔うようにうっとりと微笑んでいた。 


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