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状況把握

人間側への情報は、常に遅れて届く。


それが、この世界の常だった。


魔物の発生。群れの移動。異常個体。

すべては現場で起き、血で確認され、紙に落とされる。


そして——ようやく王都へ届く。


冒険者ギルドの報告書は、幾つもの手を経てまとめられる。


生き残った者の証言。

現地での簡易記録。

他パーティの断片情報。


それらを繋ぎ、削り、整え——一枚の紙になる。


だが。


その紙に書かれていた内容は、整っているにも関わらず、どこか“壊れていた”。


「皮の服を着たオーガを確認」

「罠を使用」

「明確な理性と判断力あり」

「簡易的ながら会話が成立」

「統率個体の存在を確認」

「数十体規模の集団形成」

「村のような構造物あり」


本来、並ぶはずのない単語。


魔物報告において、“ありえない組み合わせ”。


それが、淡々と記されていた。


そして、その報告の中心にいたのが——


A級冒険者パーティ「ハッピーパピー」。


リーダー、カマセ。

魔法使い、ヨワイーヌ。


前衛の二名は、あの遭遇以降——現場復帰不能と判断された。


戦闘不能ではない。


“精神が折れていた”


ルインス王国王都からの通達は、唐突に届いた。


ギルドの受付を通し、形式だけは整えられている。


だが中身は——命令だった。


「オーガ村討伐作戦会議への出席」


それを受け取った時。


カマセは、酒場の隅で酒を煽っていた。


昼間だというのに、客は少ない。


彼の周囲だけ、妙に空いている。


ヨワイーヌは椅子に沈み、空の杯を握ったまま動かなかった。


胃を押さえている。


痛みではない。


記憶だ。


「……来たか」


カマセは紙を見たまま、短く呟いた。


恐怖は、消えていない。


むしろ——時間が経つほど、輪郭がはっきりしていく。


(あれは……魔物じゃない)


だが同時に。


(放置していい存在でもない)


矛盾した確信が、胸に残っていた。


会議は、ルインス王国王都中央の軍議室で行われた。


厚い石壁。

長机。

整然と並ぶ椅子。


そこに集まっているのは、全員が“責任を持つ側”の人間だった。


将軍。

兵団長。

地方貴族の代表。

ギルド幹部。

私兵隊長。


それぞれが、それぞれの利害を持っている。


国内の不満を外へ向ける必要。

貴族間の力関係の調整。

冬季における兵の維持と訓練。


だが——


今この場に限っては。


その全てが、一つに収束していた。


“脅威”への対処。


「現地情報を説明せよ」


将軍の一言。


視線が、一斉に集まる。


カマセと——ヨワイーヌへ。


カマセは、ゆっくりと立ち上がる。


喉が乾く。


唾を飲み込む音が、自分でも分かる。


それでも——話す。


「……まず」


一度、呼吸を整える。


「我々が遭遇した個体は、従来のオーガとは明確に異なります」


空気が、わずかに張る。


「皮の服を着用していました」


ざわり。


椅子が軋む音。


だが、誰も止めない。


「罠を使用します」

「地形を利用し、侵入者の動きを制御していました」


空気が変わる。


「そして——」


一拍。


「会話が成立します」


沈黙。


完全な沈黙。


数秒。


誰も、反応できない。


カマセは、目を逸らさない。


「個体数は数十」

「統率個体の存在を確認」


そして——


「……中央に、一体いました」


空気が、沈む。


「他より一回り大きい個体です」


言葉を選ぶ。


だが——逃げない。


「確証はありませんが——」


一瞬だけ、息を止める。


「オーガリーダーと判断します」


ざわり、と揺れる。


「戦い方が違う」


短く。


「他の個体は従来に近い」


「だが——あれだけは違う」


言葉が詰まる。


それでも。


「判断していました」


視線が上がる。


「状況を見て、動きを変えていた」


一拍。


「……あれが中心です」


沈黙。


理解が——遅れて広がる。


“強い個体”ではない。


“考える個体”。


それが、どれほど危険か。


この場の全員が、職業として理解していた。


ヨワイーヌが、震える手で机を押さえる。


「……本当に、やばいです」


声が、小さい。


だが——刺さる。


「あれは……話が通じるのに……通じないです」


誰かが眉をひそめる。


「こっちを見てるのに……」


呼吸が乱れる。


「……中身が違う感じで……」


それ以上は、言えなかった。


だが——十分だった。


会議の空気が、固まる。


未知ではない。


理解不能でもない。


“危険”として、明確に定義された。


やがて。


将軍が、ゆっくりと口を開く。


「討伐作戦は決定事項とする」


迷いはない。


「ギルド戦力、国軍、地方貴族私兵を動員」


机に指が落ちる。


「オーガ村の完全制圧を目的とする」


国家の判断。


そして——現場の恐怖。


その両方が、一致していた。


カマセは、小さく息を吐く。


(……やるのか)


(まぁ……そうなるよな)


納得はある。


だが——


恐怖は、消えない。


ヨワイーヌが、ぼそりと呟いた。


「……今度は」


指が震えている。


「ちゃんと……戦うんですね」


その言葉は。


確認ではなく——祈りに近かった。

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