第4話 兎になってしまった……?
「……あぁ、何度見ても兎だ」
自分の体をまさぐると鏡の中の可愛らしい兎が同時に動く。疑いようもなく俺は兎になっていた。
しかし、朝起きたら芋虫になっていた。とかに比べれば幾分かマシな状態のように思える。動き回れはするし、見た目も悪くない。一応夢か確認するために頬をつねろうとしたものの兎の前足では難しく、自分で自分を殴り付けて痛みを確認するという蛮行に及ばざるを得なかった。しかもちゃんと痛かった。
……とすれば、あの出来事も全て現実のことになるわけで。
「彼女は!」
何が、兎になってしまった……? だ! そんなことはどうでもいいだろう、重要なのは彼女が助かったかどうかだ。傷が塞がっているのは見たが、その後は知らない。元気になってまたどこかへと飛んでいったかもしれないが、もしかすると彼女はまだ臍ノ原で倒れているかもしれない。昨日現れた影のこともあるし、確認はした方がいいだろう。
くそ、兎になったからバカになっているのか、だとすれば由々しき事態だぞこれは。
俺はくるりと回って、部屋の外に出ようとした。ただぽてぽてと走る速度があまりにも遅くてなかなか扉の前に辿り着かない。おかしい、兎はもう少し速く動けるイメージがあったが。
ようやくの思いで扉の前までたどり着いた。……のはいいが、次はドアノブに手が届かないことに気が付いて絶望した。
ぴょんぴょんと、兎が出すには余りに相応しい擬音でもって跳んでも全然届かない。
「……終わりだ」
思い出すのはやはり、芋虫に変貌した主人公が部屋から出られず静かに死んでいく小説だった。俺は一人暮らしなので、かの芋虫のように家族から虐げられて、ステッキで殴られたり、りんごを投げつけられたりはないだろうが、今回は家族がいないのが問題だった。
もし俺が誰かと暮らしていれば、流石に異変に気づき様子くらいは見に来てくれるだろう。したらばそこにいるのは、可愛らしい兎だ。どこから来たのだろうという謎は残るにせよ、とりあえず可愛がってはくれるだろう。それは人として生きるより場合によっては幸せかもしれず……
などと考えて虚しくなった。結局家族なんてここにはいないから、あのドアノブが独りでに回ることなんてないわけなので。
ガチャ。
「え」
回るはずのないドアノブが回った。そして扉がゆっくりと空いて、俺の視界に巨大な布が現れた。
「わっぷ!?」
布は俺の体に直撃したが、大した抵抗もなくするりと抜けた。一面の布には下に小さな隙間があったらしく、俺はその下に潜り込んだ形になる。
中は薄暗く、何やら縦長のドーム状になっていた。ただそこはとても狭かった。ドームを支えている二本の肌色の柱でスペースの殆どは占められており少し身動ぎをするだけで、俺のふわふわの毛並みがその柱に触れてしまっ「ひゃうっ……!」……。なにか、可愛らしい声が上からした。
反射的に、俺は上を見上げた。断っておくが、本当に反射だった。
細い二本の柱はドームの頂点部分で柔らかな曲線を持つ土台と合流していた。そしてその合流部分には、素っ気ない肌色であった柱とは違って、小さく可愛らしいリボンが施された白く薄い布が被せられていた。そこで自分が何の中に入ってしまったのかを理解した。
……俺、ここから出たら殺されやしないだろうか。
俺は出来るだけ下を見ながら、ほのかに暖かい二本の柱に出来るだけ触れないようにしてすごすごと布の外に出た。
「……っ……!」
そしてもう一度見上げると、ロング丈のワンピースの裾を押さえて、『魔法少女』の彼女が、顔を赤くしてこちらを見下ろしていた。
良かった、無事だったんだのか! とか、何故俺の家に……? とか、言いたいことは山ほどあるも、俺は口を噤んだ。
それは俺のことを純然たる兎だと思ってくれないかなぁと、つまりは国近忠峰だと気付かないでいてくれないかなぁという情けない発想によるものだった。
「……随分、兎の生活を堪能しているようね。国近くん?」
ダメだ、普通にバレている。
「ち、違くて!」
我ながら第一声も情けなかった。
「事故なんだよこれは、本当に! 外に出ようとしていたら、偶然、君が入ってきてスカートの中に入り込んでしまった、とそういうわけなんだ。だってそうだろう。君がいつ来るかなんて予測できるわけが無いのだから!」
「それは……まぁ、認めましょう」
良かった。なんとか事故であることは分かって貰えたようだ。ただし、それでこの窮地から逃れられた訳では全くなかった。
「で、見たの?」
「えっと……」
「見たのね?」
「……はい」
「殺すわ」
そう言うと彼女は手を銃を模した形にしてその指先を俺に向けた。指先には、徐々に光量が増していく謎の光が灯されており、きゅいいいんなどと何らかのエネルギーが高まっているような音を放っていた。
「事故だと分かってくれたんじゃなかったのか!」
「それと見たかどうかは別の話よ」
「不可抗力だったんだ、反射だったんだ!」
「問答無用!」
「ぎゃーす!」
指から光線が放たれて、俺に直撃した。




