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第3話 死と再生

 死んだ……?


「ぁ、あぁ……!」


 ふざけるな。夢にまで見た再会が、こんな形で叶うなんて馬鹿げている。

 彼女は言った。胸の傷はここに来る前に受けたと。

 十年、彼女は俺のことを覚えていてくれた。再会の約束だってそうだ。それでも今まで音沙汰が無かったのは、きっとそうできない理由があったからだろう。

 なのに今日、俺の前に現れた。それはつまり無理をしたということではないのか。こんなことをしなければ、彼女は死ななかったのではないか。


 答えなど出ないし、考えても仕方の無いことだというのは分かっている。それでも、俺は何か考えなくては、何かのせいにしなくては、この状況を受け入れられそうにもなかった。


 俺のせいで、彼女は死んでしまったのではないのか?


 そして誰かのせいとするのなら、それは自分のせいとするのが、最も正しく思えた。


『いいや、それは違う』


 そんな思考の沼に、俺が囚われかけた時に。

 まるで天啓かのように、俺の心に訴えかける声が聞こえてきた。


『お前は、流星の魔法少女を救える唯一の人間なのだ』


 その声がしたかと思えば、彼女の体に残った仄かな光が彼女から離れて浮き上がった。そしてその光は集まり、兎の様な形に成った。声の主は、その光る兎らしかった。

 蛍のように頼りない光を放つ、得体の知れない兎。

 なのに何故か、その兎のことを疑う気持ちはこれっぽっちも浮かばなかった。


「教えてくれ! 俺に何ができる」

『何でも出来るさ。君は、彼女のためにならばなんだって叶えられる。だが一つ、確認しておきたい。彼女のために、自らの命を捧げられるか?」


 そんなもの。


「捧げられるに決まっている! 彼女を助けられるなら早くしてくれ!」


 俺は兎に声を荒らげた。


「彼女が俺の人生の全てだ。彼女がいなければ、意味なんてない。それを捨てることが必要だと言うのなら、喜んで差し出そうとも!」

『承知した』


 兎は小さく揺れて、続ける。


『ならば彼女の手を握れ。そして思い出せ。十年前、お前のことを救った無敵の魔法少女を、お前が憧れた彼女の姿を、出来る限り鮮明に思い描くんだ』


 その声に縋り付くように、俺は彼女の手を握って目を閉じた。

 脳裏に浮かぶのはかつての彼女の姿。


 俺の人生の中で、最も美しい光景。


 流星が光の尾を引いて、迫り来る強大な影に相対する。影と接触したかと思えば、瞬間、凄まじい閃光と爆音が辺りに響き渡る。それはまるで花火のようで。その中心にいる彼女が、本当に輝いて見えた。


『良くやった。これで彼女は救われる』


 言い終わるや否や、光の玉は俺の指に触れた。その瞬間、俺の指先から何やらかの輝きが溢れ出してくる。


「……っ」


 いや、溢れ出しているのではない。俺の体が光に変わっているのだ。指の先から順に、体が解けて光へと。

 痛みは無い、恐怖も感じない。俺は自分の腕が消えていく様を目の当たりにしながら、その視線はただ彼女に向けていた。

 俺の体だった光は、兎を一度経由して、そして少女へと注がれていく。そして彼女の体に馴染んで消えていく度に、彼女の傷はみるみるうちに塞がっていく。


 俺が彼女を助けられると言うのは、本当のことだったらしい。そう安堵した時、俺の体はもう殆どが光の粒子となって消えかかっていた。

 もう自分の意識があるのかさえ判然としない宙ぶらりんの心持ちの中、兎の声だけが聞こえた。


『……国近忠峰。これからお前は、多くの災難に巻き込まれるだろう。だがどうか、彼女と共に乗り越えてほしい。そして、『流星の魔法少女』を……いや、秋宮留奈をどうか、救ってやって欲しい』


 その声を最後に、俺の全てが光の粒となった。意識は霧散し、世界が遠ざかる。


 死というのはこういう事なのだろう、などと。漠然と考えたのが最後だった。


 次の日。


 次の日?


「……なんだ?」


 俺は来るはずが無いと思っていた翌朝を迎えていた。困惑しながら布団から体を起こし、軽く見渡すとそこは俺の家だった。

 安アパートの六畳間の1Kだが、それにしては広く感じる。

 俺に取ってみれば家などというのは寝るためだけに存在しているので、部屋の中心に布団が敷いてある以外に大した家具はない。だから、六畳と言っても結構広々とした印象を受ける部屋……なのはいつも通りでその通りなのだが。


「いや、いくら何でも広すぎる」


 壁が普段よりも妙に遠くにあった。部屋の中心に布団を置いているから、壁までの距離は確かにある。ただそれは本来二回寝返りをうてば端まで届く程度の広さであった。

 それなのに今、俺の目から見てその壁の端は寝返りを十回うとうとも、届かない程遠くに見えた。


「んなわけないだろう。いくら俺の体が小さいとは言えども、六畳で十回も寝返りがうてるものか」


 ……小さい? 正しい自認でもって口から出た言葉が引っ掛かった。俺は身長は175cmで中肉中背というところだ。極めて大きいという訳でもないが、小さいなんてのはとても言えない。それで俺は自分の体を見てみた。


「……は?」


 そこにあったのは、いつもの俺の体じゃなかった。


 もふもふ、ふわふわ。俺の手も体もそんな柔らかな白い毛に包まれており、どう見ても人のそれではない。しかも何かやけに小さく、小動物のような形をしていて。


「おいおい……」


 俺は布団から飛び出して、アパートに備え付けられている姿見に向かった。いつもなら布団から一歩で向かえるはずなのに、ぽてぽてと必死に走っても中々たどり着かなかった。

 やっと辿り着いた姿見は見上げるほど大きかった。そして普段の俺ならば靴下が見えるくらいの高さに、俺の姿が映っていた。

 白い体毛で全身が覆われ、鼻をヒクヒクと忙しなく動かすそれは、間違いなく兎のそれで。


「……さっきの兎、だよな?」


 そしてどうしようもなく、俺そのものだった。


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