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第2話 星、堕つ

 「っ……!?」


 閃光。

 星というより光の塊と言う方が正しいそれは、突如として上空から現れた。辺り一帯を白い光で塗り潰しながら、一直線に影の巨人へと向かっていく。


 夜闇に沈み、謎の影と一体化していた臍ノ原全てが星の光に圧倒される。そして深淵もその光に竦んだかのように動きを鈍らせた。俺と深淵の間に少しの距離が空く。

 そしてそこに割って入るように、流星が降り立つ。


「……君は……」


 俺は目を見張った。

 白く輝く髪を翻らせ、同じ輝きを纏うドレスに身を包む。その後ろ姿は間違いなく、十年間追い求めた『魔法少女』の姿だった。


「怪我は」


 彼女は真っ直ぐに深淵を見据えたまま短く俺に聞いた。俺は彼女に見とれていて、それが怪我は無いか? という問いだということに気がつくのに少し間が空いた。


「……な、ない! 君のおかげで」

「そう」


 これもまた短い。だがその声音には安堵するような響きがあって、彼女が俺を助けに現れたのだと言うことは、はっきりと分かった。


「すぐに終わらせるから。待ってなさい」


 そう言うと、彼女はまた流星になった。


 大量の光を纏い、凄まじい速度で深淵の中心へと飛び立つ。

 彼女の放つ光に圧されて小さくなっていた深淵の泥は、迫り来る彼女を迎撃するためにその黒い手を無数に伸ばした。


 しかし遅すぎた。流星となった彼女は、その手が自分に伸びきるより先に深淵の中心にたどり着き、そして。


『最果てに輝く星の咆哮シューティング・クェーサー——!!』


 凄まじい光の束を撃ち放った。


『ウ、ォ、ォォ——!』


 その光は、蠢く影の尽くを焼き尽くし。影の巨人は、断末魔をあげながら蒸発したかのようにその全てを消滅させた。


 そして、臍ノ原にまた、満天の星空と月の柔らかな光が戻ってきた。

 さっきまでの異常事態が嘘のように穏やかな風が草木を揺らす。だが、俺の目の前にいる存在がこそ、果たして先の出来事が嘘では無いことの証明だった。

 

 先の一撃で光を放ちきったのか、深淵のいた場所に立ち尽くす『流星』はその身にわずかばかりの光を纏う程度になっていた。だからこそ、やっとその姿がはっきりと見えた。


「やっぱりそうだ」


 彼女の姿は十年前と同じだった。流星のように飛び、俺を救いにやって来てくれた。そして十年前と同じと言うのなら、きっと彼女はすぐにまたどこかへと消えてしまうのだろう。


「な、なぁ!」


 俺はその前に、言わなきゃならないことがある。少なくとも、十年前にまともに言えなかった礼を、それと——


 ぐらりと。


「え」


 ただ俺がなにか言葉を発するより先に、魔法少女は力なく倒れた。


「大丈夫か!?」


 俺は駆け寄り、彼女を抱き起こそうとして、驚いた。彼女は酷く軽かった。女性だから軽いとかそういうことでは無い。

 ちゃんと彼女の体を抱きしめ、抱えているにも関わらず、彼女の体からは重さというものを全く感じられなかった。

 その上、胸元には深い切り傷のようなものがあって、彼女が身に纏う魔法少女然としたドレスに、血がどんどんと広がっていた。

 さっき彼女は無傷で勝利したように見えたが、実は何か手痛い攻撃を受けていたのか。

 

「……良かった、無事ね」


 彼女が俺を見て、微笑んだ。そんな余裕は彼女にはないはずなのに。

 

「この傷は一体……」

「……半年前にちょっと……ね。流石にもう誤魔化せなくなっちゃったみたい」


 血は止まらず、純白のドレスが赤黒く染まっていく。


「ま、待ってろ。今すぐ病院に……」


 そうは言っても、こんなところに救急車は来てくれないだろうから、とりあえず山を下りなくてはならない。あぁだが、マウンテンバイクでは二人乗りは出来ないし、かと言って徒歩で下るというのも時間がかかりすぎる。


「……どうすればいい、どうすれば!」


 せっかく彼女と再会出来たのに、また俺を救ってくれたんだぞ! なのに、このままでは彼女に何も返せないまま、彼女は死んでしまう。そんな幕切れがあってたまるか、絶対に助けなくてはならない。

 だが有るのは気持ちだけで、ただの高校生の俺に出来ることは何も無かった。悩んでいるうちにも少女の血の染みはどんどんと広がり、それが更に焦りを加速させる。


「いいのよ、もう。これは治らない傷だから。病院になんて行っても何にもならない……」


 俺の頬に彼女の手が触れた。体温はほぼ無い。氷のような冷たさは彼女がもう手遅れであることをありありと伝えてきた。


「それより、あなたと話したい、わ。国近忠峰くん」

「どうして、俺の名前を」

「十年前に、あなたが教えてくれたもの」

「……覚えていてくれたのか」


 俺にとっての彼女は唯一無二だ。だが、彼女にとってみれば、俺は『魔法少女』として救ってきただろう多くの人間のうちの一人でしかない。だから俺のことなんて覚えていてくれるわけがないと、そう思っていた。


「えぇ、覚えていたの……きっとまたって、あなたは言って、私はそれを、ずっと……」

「もういい、もう話さないでくれ。せっかく再会出来たのに、このままじゃあ——」


 話す度、彼女の生気が抜けていくような感じがした。声は小さくなり、目から光が失せていく。


「……最期に会えてよかった、あなたを、助けられて……」

「やめろ、やめてくれ! そんなことを……こんなことが……!」


 涙が溢れる。視界が滲み、自分の無力さに吐き気がした。そんな俺を慰めるように指で涙を拭って彼女は力なく笑った。


「……一つだけ、お願い。どうか、私のことを忘れないで」

「あぁ、あぁ! 勿論だ、勿論だとも! 君のことは忘れない忘れたことなんて一度もなかったんだ、だから——」


 彼女の手が、地面に落ちた。目は半開きのまま、微笑んだまま。俺の人生の全てが、今目の前で。


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