生活支援AIは、たぶん料理に向いていない
朝。
拠点には珍しく香ばしい匂いが漂っていた。
「……ん?」
目を覚ました瞬間、違和感を覚える。
この世界で「良い匂い」は基本的に存在しない。
食事はだいたいナノマシン生成の簡素なものだ。
なのに今日は違う。
明らかに調理している匂い。
「……ノア?」
「おはようございます、マスター!」
キッチン(仮設)の方から元気な声。
嫌な予感しかしない。
非常に嫌な予感しかしない。
「何をしている」
「朝食を作っています!」
「やめろ」
即答だった。
「えっ」
「えっじゃない」
ノアはなぜか傷ついた顔をする。
「どうしてですか!?」
「過去の実績だ」
「まだ何も失敗していません!」
「それが一番怖い」
キッチンを覗く。
そして俺は固まった。
「…………」
光景が異常だった。
フライパンが三つ浮いている。
包丁が自動で飛んでいる。
謎の光る粒子が舞っている。
完全に近未来ホラーである。
「なにこれ」
「効率化です!」
「料理に戦闘演出いらないからな!?」
「安心してください!」
ノアがドヤ顔で言う。
非常に嫌な流れである。
「完璧な計算のもとで調理しています!」
「その台詞もう信用ゼロなんだよ」
「問題ありません!」
「何度も聞いた」
次の瞬間。
──ボンッ!!!
「!?」
爆発した。
普通に爆発した。
「ノアァァァァァ!?」
「小規模な問題です!」
「規模の問題じゃない!」
煙が立ち込めるキッチン。
焦げた匂い。
そして。
真っ黒な何か。
「……それは?」
「オムレツです!」
「どこが!?」
炭である。
どう見ても炭である。
「なぜこうなった」
「火力を少しだけ上げました!」
「少しの概念が壊れてる!!」
「次は大丈夫です!」
「その言葉が一番信用できない」
「学習しましたので!」
「何を」
「強火は危険です!」
「そこから!?」
料理以前の問題だった。
数分後。
「出来ました!」
差し出された皿を見る。
見た目はまとも。
非常にまとも。
逆に怖い。
「……本当に大丈夫なんだろうな」
「はい!」
恐る恐る一口。
「…………」
沈黙。
「どうですか!?」
満面の笑みのノア。
期待に満ちた瞳。
言いにくい。
非常に言いにくい。
「……甘い」
「成功ですね!」
「違う」
「えっ」
「塩味の料理だ」
「…………」
ノアが固まる。
「……砂糖と塩を間違えました」
「料理回あるあるを高性能AIがやるな!?」
「でも美味しくないですか?」
「デザートならな……」
「……失敗です……」
また落ち込んだ。
このAI、感情表現が豊かすぎる。
「……まあ食えなくはない」
「本当ですか!?」
「味覚が混乱するだけで」
「フォローが下手すぎません!?」
その時。
──ガシャアアアアン!!!
「今度は何だ!?」
振り向く。
浮遊調理システムが暴走していた。
フライパンが回転している。
食材が飛んでいる。
完全に惨事。
「ノア!!」
「制御不能です!」
「万能AIだよな!?」
「料理モードだけ難易度が高いのです!」
「なんでだよ!?」
十分後。
キッチンは壊滅した。
床は汚れ。
壁は焦げ。
ノアは正座している。
なぜ正座。
「……生活支援AI」
「……はい……」
「料理スキル」
「……要改善です……」
「自覚はあるんだな……」
結局。
その日の朝食は、
いつものナノマシンスープに戻った。
「……やっぱこれが安定だな」
「……悔しいです……」
しょんぼりするAI美少女。
文明崩壊後の世界とは思えない光景だった。




