はじめての同居人は、だいぶ騒がしい
拠点での生活は、驚くほど順調だった。
壁は崩れない。
水は浄化できる。
食料はナノマシンがどうにかする。
あまりにも平和すぎて、少し不安になるほどだ。
「……平和すぎないか、この世界」
──《平和は良いことです》
「まあ、そうなんだけどさ」
朝食代わりのスープを飲みながら、ぼんやりと天井を見上げる。
崩壊後の世界にしては、あまりにも静かだった。
その時。
──《マスター》
「ん?」
──《未使用の補助ユニットを検出しました》
「未使用?」
スプーンを止める。
そんなものがあった覚えはない。
──《旧研究施設のバックアップ領域に格納されています》
──《起動しますか?》
少しだけ考える。
危険?
罠?
暴走兵器?
……いや。
「まあ、お前が管理してたなら大丈夫か」
──《信頼を確認しました》
──《起動処理を開始します》
次の瞬間。
部屋の中央に、光の粒子が集まり始めた。
ナノマシン特有の発光現象。
見慣れているはずなのに、規模が少し違う。
「……おい、なんかすごくないか?」
──《演出です》
「演出なの!?」
光が渦を巻き、徐々に人の形を取っていく。
細い輪郭。
揺れる髪。
小さな身体。
そして。
「…………え?」
そこに立っていたのは、
どう見ても。
完全に。
美少女だった。
銀色に近い淡い髪。
機械的な光を宿した瞳。
どこか現実離れした整った顔立ち。
近未来的な白い衣装。
「……誰?」
思わず素の声が出る。
少女はゆっくりと瞬きをして、
にこりと笑った。
「はじめまして、マスター!」
やたら元気だった。
「えっ」
「私は生活支援用統合AIユニット、《ノア》です!」
「いや待て待て待て」
情報量が多い。
「なんで人型!?!?」
「その方が親しみやすいと判断されました!」
「誰に!?」
「開発チームにです!」
それ、たぶん俺の同僚だ。
絶対あいつらだ。
「……いやでもさ」
混乱しながらも、どうにか言葉を絞り出す。
「AIって、画面とかホログラムとかじゃないの?」
ノアは胸を張る。
やたら誇らしげに。
「最新型ですので!」
「いや文明滅んでるんだけど!?」
「問題ありません!」
何が問題ないのか全く分からない。
──《補足します》
頭の中のいつもの声が割り込む。
──《ナノマシンによる疑似物質構築体です》
「つまり?」
──《触れます》
「触れるの!?」
ノアがすっと距離を詰めてきた。
近い。
近い近い。
「マスター!」
「な、なんだよ」
「今後ともよろしくお願いしますね!」
満面の笑み。
距離感ゼロ。
そして。
ぎゅっ。
「…………」
腕に抱きつかれた。
「え」
普通に柔らかい。
温度もある。
意味が分からない。
「お前……AIだよな?」
「はい!」
「なんでそんな人間っぽいの?」
「仕様です!」
元気よく言い切られた。
「…………」
しばらく沈黙。
そして俺は結論を出した。
「……まあいいか」
「いいんですか!?」
「どうせ世界終わってるし」
「基準が雑すぎません!?」
こうして。
文明崩壊後の世界でのスローライフは、
妙に騒がしい同居人を迎えることになった。
──《賑やかになりますね》
「お前が言うな」
静かな世界は終わった。
たぶん悪い意味ではなく。




