砂時計の魔法使いⅢ -A room filled with white roses.-
ガタガタと馬車に揺られてたどり着いた先は、村のはずれにぽつんと建つ家でした。
そこは代々「時の番人」と呼ばれる魔女の住処です。
魔女には季節の移ろいを読み取り、種まきや刈り取りの時期、天候の崩れを村に伝える役割がありました。
視界に飛び込んできたのは、ひどくみすぼらしい一軒家でした。ミレーレは思わず天を仰ぎ溜息をつきましたが、目を凝らせば、柱や壁の細部には手入れの跡があり、その造りは存外しっかりしていることに気づきます。
そして弟子のアルティの姿を探します。彼女は今年で一〇歳になる娘です。
長い時間馬車に揺られたせいか、アルティは青白い顔をしていました。足取りも覚束なく、木陰で休もうとしていましたが、彼女に呼び止められ途中で立ち止まります。ミレーレは人差し指で御者を差し、手伝うようにと指示を与えます。
アルティはなにか言いたげに焦点の合わない瞳で、なんとかミレーレを捉えようとします。やがて諦めたのか、御者とともに荷下ろしを始めました。
ミレーレは御者から薔薇の苗木を受け取ります。そして先ほどアルティが歩いていこうとしていた場所に向かいます。杖の先端で土を掘り、白く細い指でその土を掬い上げると、彼女は満足そうに小さく頷きました。
家の扉を開くと樹木の油の香りが漂っています。埃の匂いがないことに口元が緩みます。
村人たちが彼女の着任に合わせて清掃や寝床の入れ替えをしてくれていたようです。
居間には暖炉がありますが、火は灯っていません。だいぶ暖かくなったとはいえ、日の当たらない家の中は肌寒く感じます。薪が準備されているのを見て肩の力が抜け、安堵のため息が漏れました。
大きな机の上には二冊の日記が置かれています。アルティが探し出したのでしょう。ミレーレたちはこの土地特有の気候がわからないので一から研究を始めなくてはなりません。この前任者の日記がその手がかりとなるのです。
前任者は半ば伝説的な「時の番人」でした。
かつてこの地域に干ばつが襲ったのです。運の悪いことに魔力風が同時に吹き「時の番人」たちは魔法を使うことができず、天候を正しく読み取ることができなかったのです。周囲の村が飢饉に苦しむ中、前任者はたった一三歳という若さで村を守り抜きました。この村の収穫は近隣の村の飢えも救ったのです。
ただ、少々変わり種のようで、病気で弟子を失ったあとは新たな弟子を取ることをせず、この村の「時の番人」は途絶えてしまったのです。
ミレーレはそのうちの一冊に目を止めます。表紙に書かれた名は前任者の弟子でるフレイスです。見覚えのある懐かしい名前です。だけどほとんどの記憶も印象もほとんどありません。ミレーレと同い年で、フレイスは子どもたちの中では突出して利口で魔法使いの適性も高い少女でした。六歳になったとき、フレイスは前任者の弟子に志願しました。彼女は強く前任者の伝説に憧れていたのです。彼女の旅立ち後、連絡を取り合うことはありませんでした。
気がつくとアルティが一冊の魔導書を抱えて立っていました。
相変わらず青い顔をしています。魔法を使えば癒やすことは可能ですが、そうすると自然治癒能力が失われ、かえって馬車酔いにかかりやすくなってしまいます。ミレーレはいたずらっぽく笑いかけました。それを見たアルティは少し頬を膨らませたあと深いため息をつきました。
魔導書を受け取り、しばらく休んでもよいと伝えましたが、アルティは隣に並んで座ります。
アルティは言われたことは言われた通りにこなしますが、それ以外のことは一切しないという融通の利かない子供です。最初は面倒くさがりなのかと思いましたが、それが正しいやり方なんだと信じている節があります。この村への赴任を決めたのも彼女の凝り固まった思考をほぐすためです。そんな彼女がこの魔導書に興味を示しているので一緒に読むことにしました。
魔導書はどの書物よりも地味で、質素なものでした。埃を被っていますが、防腐の魔法がかけられており中は大丈夫なようです。息を吹きかけて埃を飛ばすとアルティが激しくむせました。
紙質は悪く粗末なインクが使われ、読めない箇所があります。歴代の「時の番人」の誰かが書き留めた研究の成果ようです。それは「砂時計の魔法」と記されていました。
ミレーレは杖をとります。樫の木で作られた自分の身長よりも少し長い杖です。それをとんと床について自分とアルティを念じました。すると二人の頭上に瓢箪のような形をしたガラス製の物体が現れます。透明度の高いガラスで、その中には虹色に輝く砂粒が蓄えられていました。
ミレーレの頭上に浮かぶ砂時計は、上部の球体に半分ほどの砂を残しています。くびれた管を通り、虹色の粒が絶え間なく零れ落ちては、下の球体の底に積もります。一方でアルティの砂時計は、そのほとんどの砂がまだ上部に留まり、満月のように豊かでした。
二人はその砂が落ちていく様子を、息を潜めて見つめます。
それはミレーレの、あるいはアルティの寿命を示すものでした。
ミレーレは外に出ていくと、天候を念じて砂時計を喚びだします。すると、ほとんど砂の落ちた砂時計が現れました。ですが、空は青々として雲一つの雨の予告もありません。
彼女は半信半疑になりながら、アルティに村人たちへ天気が崩れることを知らせに行くようにと命じます。
アルティが息を切らし帰ってくる頃でした。雨がぽつりぽつりと家の屋根を叩き始めました。
もう間違いありません。これは念じた物の残り時間を告げる魔法です。
前任者はこの魔法を使って自然現象を読んでいたのでしょう。そうして飢饉を乗り切ったに違いありません。同時に言いしれぬ不安が漂います。魔法には必ず魔力という対価を払わなくてはならないのです。魔力の消費は精神的な疲労と同じ症状が現れます。重ねて魔法を使用するには魔力が回復するのを待たなくてはなりません。
しかし、これほどの魔法なのに魔力を失った感覚がまったくないのです。そして砂時計を喚びだすのに長い詠唱を唱える必要もありません。魔法の行使に準備がいらないのです。
アルティはまだこの魔法の行使ができるまでに魔導書を読み込めていません。それを幸いにとミレーレは魔法の安全性が確認できるまで魔導書を隠すことに決めました。アルティは見つけてきたのは自分だと頬を膨らませ抗議をしましたが、日課をこなせるようになるまでダメだときつく言い渡します。
とは言え、この村の季節の移ろいが読めぬミレーレにとって、この魔法は大いに役立ちました。念じるだけで砂時計が現れ季節の変わり目がわかるのです。
彼女が手がかりとしていた前任者の日記はまるで役に立たないものでした。
その日記には土の感触、草花の息吹、空の深さという観測情報が記されていないのです。代わりに牛の鳴き声の特徴、ヤギの乳の絞り方、アリの行列の観測、蝉の鳴き声の違いなど、観測とはかけはなれた村人たちから聞いたであろう情報ばかりが記されていました。
前任者の弟子のフレイスの日記のほうが参考になります。しかし、その記録は直近のものではないのでやはり砂時計の魔法を使って確かめる必要がありました。
庭に植えた薔薇が白い花を咲かせたある日のことです。
ほとんど砂が落ちかけている砂時計が現れました。
それは、今の安定した気候の周期がいつまで続くのか確かめるために喚びだした砂時計でした。今の時期は比較的雨が多いはずですが、晴れた日が長く続き、心がざわめきだっていたのです。
村に災害が訪れようとしているのです。ただその事実を村人に伝えるだけでは意味がありません。それを乗り切るための手段が必要です。
村のことをほとんど知らないミレーレは前任者の日記に頼るしかありませんでした。
アルティと二人で前回の干ばつの記録を探します。そのとき、アルティが顔を上げてぽつりと呟きました。
「前任の方は魔法が使えなかったのではないでしょうか……?」
その言葉に絶句します。
魔法使い協会には魔力を持つ子供だけが集められ、そして弟子を求める「時の番人」に子供を送り出します。そして「時の番人」たちと徒弟を組むのです。子供は後継者として、そして魔法使いとして育てられるのです。魔法を使えないなどありえないと一度は首を振りましたが、前任者は若くして独り立ちしなければならないほど、早く師匠を失ったのです。教えを請う時間などなかった可能性が高いと思われました。
前任者は観測結果を書かなかったのではない。「書けなかった」のだと仮定すれば、すべての辻褄が合います。彼女は魔法の力で天候を予見したわけではなかったのです。
なのに一体どうやって村を救ったのか。その答えは、日記の行間に潜んでいました。
村人を頼ったのです。本来なら村人たちを導く立場にいるはずの「時の番人」が、こともあろうに村人たちから教えを請いていたのです。
ミレーレは自分の「時の番人」としての誇りを守るか、それを捨てるか一瞬迷います。しかし、村を襲う厄災を前に自身の誇りなどどうでもよいことです。
彼女はアルティとともに村人に知らせるために杖を取って立ち上がります。
ただ、情報に間違いがあってはなりません。砂時計の魔法が正しく機能しているかを試すために、ミレーレとアルティの砂時計を喚びだしました。
その砂時計に目を瞠ります。
アルティの砂時計には前回と変わらないように見えました。しかし、ミレーレの砂時計の中央を通り抜けて落ちる砂粒は早い速度で流れ落ちていきます。ガラスの球体の底ではうっすらとした虹の霞がただよっていました。
二人は呆然と、砂が落ちていく様子を見つめていました。
それが何を示しているのか、言葉にする必要はありません。「砂時計の魔法」の対価は、術者の寿命そのものだったのです。
アルティの肩が小さく震え始めました。気づけばミレーレ自身の指先も同じように刻んでいます。ミレーレは深く息を吸い込み、胸に溜まった不安をすべて吐き出すように吐息を漏らしました。
そして、動揺を悟られぬよう、努めておどけた様子で肩をすくめて見せました。
「村人たちに知らせに行こう。そして、みんなで対策を考えよう」
「ですが……」
「私たちなら大丈夫。必ず天災を乗り越えることができる。『砂時計の魔法』もある」
「いけません。ご自身の命はどうかご自身のために使ってください!」
「いいんだよ、アルティ。命はこのガラスの中に閉じ込められた砂粒だけで完結するものじゃないからね。過去から受け継ぎ、未来へ繋いでいく。さらには私とアルティ、私たちと村人たち……幾つもの縁で結ばれているものなんだ。……このことは、二人だけの秘密だよ」
ミレーレは、唇に人差し指を当てて悪戯っぽく微笑みました。
そして暖炉の中に砂時計の魔法の魔導書を投げ込みます。
赤くちらちらと燃え、灰となった花びらは砂のように崩れ煙突を昇っていきました。
これにて完結です。
読んで頂きありがとうございました。




