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砂時計の魔法使い  作者: 波留 六


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砂時計の魔法使いⅡ -If only my wishes came true…-

 村のはずれ、ぽつんと建つ家にマイアは暮らしています。そこは代々「時の番人」と呼ばれる魔女の住処でした。

 彼女には季節の移ろいを読み取り、種まきや刈り取りの時期、天候の崩れを村に伝える役割がありました。草花の香りを胸に吸い込み、空の高さを測る彼女のもとへ、村人たちは用向きとともに立ち寄り、瑞々しい野菜を置いていきます。


 マイアにはフレイスという弟子がいました。一〇歳になる娘です。

 彼女は杖を抱えるようにして、マイアの背中だけを追いかけて歩きます。村人と立ち話をするマイアの横顔を盗み見るように眺めながら、話が終わるのを待ちます。

 マイアがその視線に気づき、彼女の背中に手を置きます。少し冷えているでしょうか。去年の服はもう小さいので冬用の服を新調しなくてはなりません。マイアはフレイスの手をとってきゅっと握りしめました。

 フレイスはふんわりとした笑顔を返します。


 二人はある家の前で立ち止まりました。

 フレイスがとんと地面を杖でつきます。するといくつもの砂時計が現れ家の傷み具合を測り始めます。砂時計はマイアとフレイスにしか見えないものです。しばらくして、フレイスは煉瓦の煙突を杖で指します。

 それは、フレイスにしか使えない魔法でした。彼女が喚びだした砂時計は、その対象が持つ「残された時間」を知らせます。二人だけの秘密です。


 この村のものはどれも古びていて、どこか壊れそうです。でも、よく見ると手入れが行き届いていて、愛着をもって使われていることに気づきます。

 しかし、古びた煙突はカラスがとまっただけでカタカタと煉瓦が揺れ、砂時計に残された砂も僅かでした。

 マイアは家の者を呼び、冬支度が終わる前に修理するようにと伝えました。


 マイアは暖炉のそばに座り、窓の外を眺めていることが好きでした。でも、今はそれどころではなく、明日までになんとしてでもフレイスの冬服を仕上げなければなりません。

 彼女が編み物をしていると、フレイスが部屋に入ってきます。二つのカップを持ち、脇には魔導書と日記を挟んでいます。それを器用に机の上に置き、マイアにカップの一つを差し出します。

 中身はヤギのミルクに蜂蜜を垂らし温めたものです。一口すするとお腹からじわりと温かさが広がります。マイアが一息つく声を合図にフレイスは魔導書を広げます。


 今度はマイアが、フレイスの様子を眺める番でした。マイアが弟子だった頃、自分から魔導書を開いたことなど一度もありません。いつも叱られるまで……、叱られても読むふりをして空想の世界に逃げてばかりいました。

 修行に身が入る日もあれば、どうしても手につかない日もありました。そうして怠ける日が続くと、かつてできていたことさえできなくなっていきます。気持ちばかりが焦り、袋小路から抜け出せなくなるのです。

 そんな自分とは対照的に、熱心に学ぶ弟子を眩しく思っていると、いつの間にかフレイスがマイアを見つめていました。

 フレイスはにっこりと微笑むと、再び魔導書に視線を落とします。


 窓から闇が押し寄せてきます。カップには乾いたミルクの跡が残り、フレイスは自室に戻りとっくに眠りについているはずです。

 暖炉の灯りだけが頼りです。

 黄色く赤く室内は照らし出され、ちらちらと炎の呼吸に合わせて揺れています。マイアの影も同じように揺れています。それは彼女から離れようともがいているかのようでした。

 マイアは集中力が途切れていたことに気づき、ぱんぱんと両頬を打ちます。

 裁縫に取り掛かろうとしたとき、カチャリと扉が開きました。

 フレイスが入ってきます。目が赤い理由を聞く前に、彼女はマイアに駆け寄り、そして抱きつきました。

 マイアは彼女の頭に手を置くとぽんぽんと軽く叩くようにその髪をなでます。そうすると日向ぼっこの匂いがするのです。

 フレイスの言葉を待ちました。彼女は自分でするべきことを考え行動に移すことができるのです。


 ようやくフレイスがぽつりぽつりと語り始めます。

 彼女は杖でとんと床をつき、自分の砂時計を出してしまったのです。二つのガラス玉をつなぐ虹色の管を、見たこともない速度で砂が流れ落ちていました。そして上部の球体の砂は尽き果てようとしていたのです。

 決して生き物の砂時計を見てはならない。それはマイアが、唯一フレイスに固く禁じていたことでした。

 暖炉がこの部屋を温めていたことは幸いでした。なぜならマイアの青ざめた顔を赤い炎が隠してくれたからです。でも、フレイスに触れている手の震えは隠せません。彼女は歯を食いしばり、フレイスをきつく抱きしめました。

 彼女にだけは知られてはいけない。自分が弱みを見せれば、フレイスは粉々に崩れ去ってしまう。そう思っていました。でも、粉々になろうとしているのはマイアでした。

 薪に生木が混ざっていたのかパチンと弾ける音がして、二人の影が一層濃くなります。


 マイアは裁縫の手を止め、寝室へ向かいました。

 そしてフレイスを隣に招き、自分が弟子だった頃、いかにして修行を投げ出してきたかを語って聞かせました。天候の観測を放り出して牛の群れを眺めていたこと。迷子の子牛を助けようとして別の牛に体当たりされ、結局牛飼いに助け出された情けない思い出。

 フレイスはくすくすと笑いました。その吐息はとても温かく、毛布の中を満たしていきます。それがこの上なく尊いものに思え、マイアは自分がどれほど不甲斐ない弟子であったかを包み隠さず話しました。そうしているうちに、心に栓をしていた何かが外れ、身体の隅々まで温かさが巡っていくようでした。

 フレイスはひとしきり笑ったあと、「師匠さまの話は全部ウソ」そう言って眠りにつきました。


 次の日からも、これまでの日課をやめることはありませんでした。

 フレイスは広い草原に立ち、土に触れ、草花の息吹を読み取り、空の深さを観察します。書架に並べられた何百冊もの魔導書の埃を払い、マイアの後を追うように一字ずつ読み進めます。

 好きなことをすればいい。言ってくれればなんでも叶えてあげる。マイアはフレイスの前に屈み込みました。その言葉に彼女は微かに微笑みを浮かべ、うつむきながら杖を握りしめます。


「一日でいいんです。私は師匠さまのような魔法使いになりたいのです」


 彼女はポツリと呟きました。

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