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砂時計の魔法使い  作者: 波留 六


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砂時計の魔法使いⅠ -She is just a woman.-

 村のはずれ、ぽつんと建つ家にヴェスペラは暮らしています。そこは代々「時の番人」と呼ばれる魔女の住処でした。

 彼女には季節の移ろいを読み取り、種まきや刈り取りの時期、天候の崩れを村に伝える役割がありました。草花の香りを胸に吸い込み、空の高さを測る彼女のもとへ、村人たちは用向きとともに立ち寄り、瑞々しい野菜を置いていきます。


 彼女には、誰にも明かしていない秘密がありました。

 対象を念じて杖をつくと、空中に浮く砂時計が現れるのです。それは、その生命が持つ「残された時間」を示しているのでした。

 道具はもちろん、草木、動物、そして人間まで、彼女はあらゆる生命の終焉を予見することができたのです。


 ある日、ヴェスペラはとんと杖をついて目を(みは)ります。

 彼女自身の命を告げる砂が、激しい勢いで流れ落ちていました。残された砂は、もういくらもありません。膝が落ちそうになり、杖に寄りかかるように身体を支えます。視界が歪み、すべての景色が押しつぶされていきます。

 しかし、彼女はそれをかき消すように腕で払いました。自分が死ねば、村人たちは天候を知る術を失い、作物を育てられなくなります。彼女は自らの仕事を何としても継承しなくてはなりません。


 幸い、ヴェスペラにはマイアという弟子がいました。一〇歳の娘です。

 彼女はマイアに砂時計を見せ、この勢いだと寿命がいつ尽きるやも知れぬと告げます。マイアは嫌だと言って彼女の胸元に頭を埋め、いつまでも泣きじゃくりました。ヴェスペラはその頭をなでながら、これは覆すことのできない事実なのだと諭すように伝えます。

 ヴェスペラは魔法を使えますが、死を免れぬただの人間に過ぎないのです。なにかの間違いであってほしいと切に願う気持ちと、夜毎、蝋燭を吹き消すときに見る景色が最後になるかもしれないという恐れが心を掻き乱しました。ですが、マイアを前に弱音を漏らすことはできません。落ちていく砂の流れを変えることはできないのです。

 ヴェスペラはこの悲しみを共有すれば使命を果たせなくなると考え、せめて自分の心だけはガラスの底に落とさないようにと冷たく閉ざすのでした。


 次の日から、全ての技術を継承するための修行が始まります。

 それは新しい修行ではなく、マイアがこれまで積み重ねてきたことの反復でした。  広い草原に立ち、土に触れ、草花の息吹を読み取り、空の深さを観察すること。書架に並べられた何百冊もの魔導書の埃を払い、一字ずつ読み進めること。

 それはヴェスペラの砂時計の流れにあわせ、量を増やせば解決できるという問題ではありませんでした。


 ヴェスペラには時間がありません。しかしマイアには時間が必要です。


 やがてマイアは修行を放り出すようになりました。観測を怠り、放牧された牛たちがのんびりと草を食むのを、ただ眺め続けるようになりました。また、魔導書を開いたままページをめくることもなく、「時間が止まればいいのに」と誰にも聞かれないように呟くのでした。

 ヴェスペラはマイアが天候の観測日記を止めたことや、魔導書を読み進めていないことに気づき、彼女を責め立てました。

 マイアはただ口を尖らせ、小さく頷きます。しかし、ヴェスペラが彼女の将来を案じて厳しくするほどに、マイアは修行の手を緩めていくのでした。


 ある夜のこと、ヴェスペラはふと目を覚まします。

 しんとして物音一つ聞こえません。無性に喉の渇きを覚え、井戸に向かおうとした時、マイアの部屋の扉が開いていることに気づきます。小さな寝息に誘われるように、彼女は部屋へ足を踏み入れました。

 月明かりが差し込む部屋は、青白く凍りついたようです。

 開かれたままの日記に今日の記録はなく、魔導書の栞も昨日の場所から動いていません。ヴェスペラは深い溜め息をつきました。マイアを叩き起こし、やり残した課題を最後までやらせようと歩み寄ります。

 そんな彼女に気付かず、マイアはぐっすりと眠り続けています。叩き起こせばこの無垢な寝顔はたちまち一切の感情を押し殺した無の表情へと変わるでしょう。マイアはわかっているのだと、ヴェスペラは知っていました。彼女が最後に頼るのは自分であり、逃げ場などないことを。


 ヴェスペラが手を伸ばした時、指先にマイアの吐息が触れました。

 そのひどく温かな熱に彼女は狼狽(うろた)えます。この部屋には二つの温もりがあったのです。杖をつくまでもありません。そこには二つの砂時計があるのです。急な勢いで流れ落ちていく砂時計、上部にたっぷりと貯めた砂がゆっくりと流れ落ちる砂時計。二人は別々の時間軸で生きているのです。


 ガラスの底に溜まった砂を掬い上げます。

 それは、マイアが初めてこの家を訪れた日の思い出でした。

 彼女はひどく身を強張らせ、骨ばった手をお腹の上で祈るように組み、必要以上に声を張り上げて自分の名前を叫びました。

 ヴェスペラが作った料理を並べると、マイアはぷるぷるとスプーンを震わせて口に運び、そして、蕩けるような微笑みを浮かべたのです。それから無邪気に笑うようになり、ヴェスペラの後を追い、仕草を真似るようになりました。

 淀みなく穏やかに流れる二人の時間は重なり合って同じガラスの底に積もるのだと、信じていたのです。


 だからこそヴェスペラは自分の砂時計を見せ、マイアにすべてを託そうとしたのです。

 ふっくらとしたマイアの頬にかかる髪を慎重に払い、毛布を掛け直しました。

 自分の運命を告げなかったほうが良かったのだろうか。それとも、マイアが泣いた時、自分も一緒に泣けばよかったのだろうか。

 音を立てぬように部屋を後にしました。

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