表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第五章 ―― 表舞台

数日後の午後。

ライ・レンスラーは、施洗ヨハネ学院の回廊にある窓辺に立ち、雨に濡れた中庭を眺めていた。


地味な外見の彼は、短い茶髪に灰色のベスト、ゆったりした運動ズボンという格好をしている。

それでも、彼もまたKANATAの貴族の一人であった。


他の貴族たちと同様、少々栄養過多気味なのも否定できない。


窓ガラスを伝って落ちる雨粒をぼんやりと追いながら、ライの思考は次第に逸れていく。


(あの日は本当に怖かった……。

ジョンがあそこまで怒るのを見たのは久しぶりだ。

あの女の子たち、運が悪すぎる……どんな仕打ちを受けるんだろう。

少し離れてたけど、よく考えると皆きれいだったよな……

特に、金髪をまとめてたあの子。おとなしくて……可愛かった……

もし俺がジョンから守ってやれたら、好きになってくれたり……へへ……)


一人きりだと確認し、彼の表情は完全に崩れていた。


よだれが垂れそうになった、その瞬間。


「――あの、すみません。少しお時間いいですか?」


甘い声に、ライははっとして振り返る。


そこには、肩までの金髪を揺らす、白いワンピース姿の少女が立っていた。


彼は慌てて右手を拳にし、咳払いをして口元を拭う。


そして、できる限り紳士的な笑みを作る。


「どうかしましたか?」


「その……」


少女は緊張した様子で、両手を落ち着きなく擦り合わせている。


ライの心臓は激しく跳ねた。


(金髪はまとめてないけど……やっぱり可愛い!!)


「ここ、人が多くて……よかったら、あっちへ来てもらえますか?」


少女は、廊下の奥にある空き教室を指差した。


「も、もちろん!」


平静を装い、ライは彼女の後を追う。


喉を鳴らす。


(ついに俺の番か……!?)


空き教室の扉を開けると、少女は左手で扉を支え、丁寧に待っていた。


――紳士が女性を待たせるわけにはいかない。


そう思い、ライは急いで中へ入る。


「そ、それで……」


誰もいない教室に胸を高鳴らせ、振り返った、その瞬間。


言葉が止まった。


扉の向こう、先ほどまで何もなかったはずの場所に、机が一つ置かれている。

その上に、灰色の服を着た白髪の少女と、黒衣の黒髪少女が腰掛けていた。


普通なら、美女に囲まれた状況は天国だ。


実際、ライの心臓は破裂しそうだった。


だが――。


黒髪の少女が、拳銃をこちらに向けていなければ、の話だ。


(な、なんで銃を……!?)


KANATAでは銃は違法だ。

一般人が持てるものではない。


「手伝ってくれてありがとう。でも、やっぱり髪はまとめた方が好みだわ」


白髪の少女は黒いプリーツスカートを押さえ、机から軽やかに降りた。

灰色のコートの裾が揺れる。


後ずさるライに向かって、ゆっくりと歩み寄る。


「ジョンが気づかなかったのは意外だったわ。

彼の視野も、KANATA止まりということね。

ウェンディ家は、本土でも名の通った貴族なのに」


その名を聞き、ライは思い出す。


「き、君は……クレア!」


背後はすぐ壁だった。


「スミスの右腕として、忙しいでしょう?

もちろん、手ぶらで帰らせるつもりはないわ」


彼女は懐から何かを差し出した。


「これは……」


重みのある金塊。


「これは今回の会話の代金よ。気にしないで。

さて、時間がないから本題に入るわ」


白髪の少女は淡々と告げる。


「ジョンも知らないことが一つある。

――彼の父親は、もうすぐ失脚する」


「な……!」


金髪の少女が、冷たい声で遮った。

今や黒いコートを羽織り、写真を差し出す。


「内部資料よ。よく見て」


そこに写っていたのは、正式な捜索令状。

総督の印章が押されている。


対象――財務大臣、ジョージ・スミス。


ライは言葉を失った。


「どうして、こんなものを……」


「ウェンディという姓の意味を、まだ理解していないようね」


白髪の少女は冷たく言う。


「これはまだ未公布。でも決定事項よ」


「かわいそうなジョン。

もうあなたに報酬を払えなくなるわね」


金髪の少女が、同情するふりをして首を振る。


白髪の少女は畳みかける。


「ライ。私のために働く気はある?」


「……」


「彼が何を約束したかは知らない。でも、私は倍出す。

今すぐ裏切れとは言わない。そんな無茶はさせないわ」


ライは無意識に金塊を見る。


白髪の少女は頷いた。


「その忠義、嫌いじゃない。

敬意として、これも受け取って」


さらに二本の金塊。


「これも今日の会話の代金よ」


沈黙の後、ライは顔を上げた。


「……分かりました。何をすれば?」


白髪の少女は微笑む。


「簡単なことでいい。彼の“異変”を教えて。

もちろん準備期間は与えるわ」


少し考え、


「末期患者に、真実を告げないこともあるでしょう?」


その例えに、ライは息を呑んだ。


「……了解しました」


満足げに頷く彼女。


「連絡係が後で挨拶する。

自分から連絡してもいいし、しなくても――こちらから行く」


冷笑と共に、白髪の少女は扉へ向かう。


振り返り、最後に告げた。


「予言だと思っていい。

――総督、キング・マッケンジー。

彼の時間も、長くない」


去っていく二人。

黒髪の少女は銃を戻し、一言だけ残した。


「今日、この部屋で誰にも会っていない」


残されたライは、拳を握りしめる。

手のひらに、冷たい金の感触。


――


廊下で、イリサは小声で言った。


「一人、張り付かせて」


ユウは頷き、指で合図する。


遠くで待機していた、水母頭の黒髪少女が駆け寄る。

小柄な体に黒いコートが外套のように揺れる。


指示を受け、敬礼し、走り去った。


「従うと思いますか?」


イリサはその背を見つめる。


「可能性は高い。

ジョンとの関係は利害で繋がっているだけ。

給料が止まれば、次のスポンサーを探す。

私は倍を提示した」


一拍置き、


「もちろん、裏切りや失敗もあり得る。

だから監視が必要」


三人は学院を後にする。

雨は止んでいた。


「秋学期までに終わらせたいわね」

クレアが呟く。


「そうね」


ユウが思い出したように言う。


「偽造書類は?」


イリサは笑った。


「写真を撮ったあと、暖炉で燃やしたわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ