04.トレジャーハンター
森の中は、フィルの呼吸音がはっきり聞こえるほど静かだった。
澄んだ空気に心地よいそよ風。俺たちは王都を目指し、森の中を歩いている。
「驚くほど静かだな。小鳥のさえずりさえ聞こえない」
「生き物はいるみたいだよ。木陰からこちらの様子を探っているみたい」
あたりを見渡してみても、生き物の姿は見えない。気配すら感じられなかった。
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「魔力探知だよ。すべての生き物は魔力を持っているからね。半径十メートルくらいなら、目視できなくても感じることができるんだ」
フィルは歩きながら説明を続ける。
「ただし、魔力を自分で制御できる生き物もいるみたいだから万能ってわけじゃない。魔力探知ばかりに頼っていると、寝首をかかれるかもしれないから注意が必要だ」
「俺も魔力探知が使えるようになるのか?」
「うーん……。魔法適性があまりにもなかったから、考えたこともなかったよ。でも魔力探知はほとんど魔力を必要としないから、カイでもコツを掴めばできるようになるんじゃないかな」
「教えてくれよ。何をすればいいんだ?」
「することは単純。おへその下に少し力を込めて、体内の血の巡りを感じるだけだよ」
「血の巡りを感じる? そんなのどうやったらできるんだよ」
「案ずるより産むが易し。まずやってみて、それからだよ」
血の巡りを感じるったって……。
俺は歩みを止め、目を閉じた。
体中の神経を研ぎ澄ませる。
風のなびく音。
自分の呼吸。
遠くで揺れる木の葉の音。
そして――心臓の鼓動。
「ノォォォォォ——!」
そのとき、静かな森の中に野太い声が響き渡った。
俺はすぐに目を開け、声の方向を見る。
「フィル、いまの聞いたか? 男の声だ」
「ああ、はっきりと。なにかに襲われているのかもしれない。様子を見に行こう」
でこぼこで木の根がむき出しになった森の中を、軽快な足取りで進んでいく。
小さな丘を越えた先の山道に、大きな影が見えた。
俺たちは木陰に身を隠し、そっと様子をうかがう。
「またもや車輪を溝に挟んでしまった! なんと忌々しい道なんじゃ!」
見えたのは馬車の荷台。そして、そのそばに立つ男だった。
白髪で長身。筋骨隆々。
年老いているはずなのに、ただ者ではない風格がある。
「困ってるみたいだから助けに行こうか」
「いや、罠かもしれない。もう少し様子を見よう」
船の上でマリナスから聞いた話を思い出す。
この大陸では強盗事件が多発しており、国の治安を任されている大臣たちも手を焼いているらしい。
「罠ったって、こんな人っ子一人いない森の中で、誰かが助けに来るまで待機している間抜けな強盗もそうそういないんじゃないか?」
そう言うフィルをいったん座らせ、視線を男へ戻す。
男は荷台を持ち上げようとしていた。
「ぐぬぬ……あと一人。あと一人いれば、この車輪を溝から出すことができるのに!」
……怪しい。
いや、怪しすぎる。
ここまで大声で独り言を言う人間を、俺は見たことがない。
どう見ても、俺たちに聞こえるように叫んでいる。
「フィル、無視して先に進もう」
隣を見る。
フィルがいない。
「——!?」
慌てて視線を戻すと、すでにフィルが男と接触していた。
「僕たちが手伝いますよ」
拍子抜けした顔の男に、フィルが言った。
「あ、ありがたい。荷台の車輪が溝に挟まってしまってな。途方に暮れていたところじゃ」
「恩は巡り巡って自分の元へ返ってくるものですからね。助けた分だけ僕の得ですよ」
俺は剣の柄に手をかけ、急いで丘を下る。
「おい、爺さん。どこの誰だか知らねぇが、まず名乗るのが礼儀じゃないのか?」
「初対面の人に向かって爺さんと呼ぶなんて失礼だぞ、カイ」
フィルを手で制し、男は両手を上げた。
「悪かった、名を名乗ろう。わしの名はウィリアム・フィップス。大陸屈指のトレジャーハンターだ。この森にレグナス時代の遺跡があるという情報を得て王都からはるばる来たんだが、無駄骨でな。帰り道で車輪が溝にはまって立ち往生していたというわけじゃ」
ウィリアム・フィップス——。
どこかで聞いたことのある名前だが、思い出せない。
「俺の名はカイ。王都に向かっている途中の冒険者だ」
「僕も彼と旅をしている冒険者です」
「その齢で冒険者とは、なかなかに珍しい」
ウィリアムは俺達を頭の上からつま先の先まで見つめてくる。
「ところで爺さん。王都から来たと言ったな? この車輪を溝から出す手助けをする代わりに、俺たちを王都まで案内してもらうことはできるか?」
ウィリアムはしばらく黙り込んだ。
目的地が同じなら悩む必要はないはずだ。
それなのに、なにかを考えている。
何かを――隠しているのか?
やがてウィリアムは顔を上げた。
「その条件、飲もう。しかし一つだけ約束してほしい」
ウィリアムは真剣な表情で言う。
「案内の最中、わしの半径三メートル以内には近づかないことだ」
「そんな怖がらなくたって、俺たちはあんたに危害なんて加えねぇよ」
「……念のため、だ」
俺たちが荷台を持ち上げるために持ち場につこうとしたとき、ウィリアムはどこか怪しげな視線をこちらへ向けていた。




