エピローグ
朗読の練習を終えて、一年生の和奏や彩夏のアナウンス練習を眺めていた。高文連の大会が間近で、今回が初出場になる一年生たちはずっと緊張している様子だった。
「もう少し、お腹から声を。まだ喉でしゃべってるよ」
和奏の横に腰を落として、そっと言った。めったにアドバイスなんてしてこない二年生の仏頂面の先輩が、突如声をかけてきたので驚いていた。
「分かりました、積森先輩。ありがとうございます」
今回は別名が「新人戦」だから、主役は一年生たちだ。でも私たち二年生も出場する。練習は毎日だ。本格的に雪が降り積もりだしたから、温度差にも注意だ。喉は大切に。
部活を終え、みんなはコートを着て帰宅の準備を始めた。私はまだ制服のままだった。デスクトップPCで原稿を書いている森の腕をつつく。
「どうした、ツモリン。帰んないの?」
私は無言で、折りたたんだコピー用紙を渡す。
「なに?」
読んで。口の形でそう言う。
森が首を傾げながら、紙を開く。私はそんな森をガードするように、立ち塞がっていた。
「積森先輩、一緒に帰りましょうよ。麻生でマック寄りません?」
和奏が親しげに声をかけてくる。
「行く。バスの時間まだだから、ちょっと待ってて。部室閉めて鍵返してくるから」
「はーい。柚月先輩たちとホールにいますね」
和奏たちがにぎやかに出て行った。
「行くよ、森」
「あ、おう」
私は先に部室を出る。後を追って、森が来る。三階へ。私の教室。
誰もいなかった。教室は青く沈んでいた。廊下の灯りが差し込んでいる。外も青い。雪が積もったグラウンドが白い。森が教室に入って灯りを点けた。私は窓際の自分の席まで行く。
そして、森を振り返って言った。
「よう、魔法使い」
言うと森が苦笑いをした。
「なんだよ、この『窓際の君が好きな人へ』って」
「私に魔法をかけたくせに」
「何の。笑顔の魔法のことか?」
「違う」
「なんだよ」
「……人を好きになる魔法」
教室の天井からの白い光を受けて、森はじっとその言葉の意味を考えているようだった。
「そんな魔法、かけたかな」
「ここで、後夜祭の日、かけられたんだ」
森が歩み寄ってくる。私の席に。外を見る。ポプラの木は葉を落とし、グラウンドは雪景色。街路灯がオレンジ色に雪道を照らしている。
「私も、好きだよ。森のこと」
視線を森に向けて、私は言った。瞬間的に耳と頬が熱くなった。
「ずいぶん、待たせたけど」
森が視線を外した。
「俺も、気持ちは変わってない」
「じゃあ、これからよろしく」
私は右手を差し出した。
「なんだ、握手かよ」
そう言いながら、森は私の手を強く握った。大きく、分厚い手だった。
「和奏たちが待ってる。森も来る? 女子しかいないけど」
「遠慮しとくわ」
「じゃあ、行こう」
席を離れ、森が並ぶ。教室の灯りを消した。
また、教室は青い世界に、そっと沈んだのだった。
【終わり】
これを読んでいるあなた。
ここまで来てくれてありがとう。
私の高校時代の思い出を再構成しながら、私の願望を九割入れて、そうしてこのお話を書きました。
どうか、すべての登場人物が幸せでありますよう。
そう思ってエピローグまで、べたな展開を繰り返してきました。
またの機会にお会いしましょう。