第98話:ルーカス「〈洗脳〉スキルこわ、手元に置いて使わんとこ……」
「少年は次から次へと厄介ごとを持ち込んで来るッスね。このままじゃルーカス殿下が過労死しちゃうッスよ……」
ルーカス王子に伝えるより先んじて、集合場所の馬車の中で俺はイディオットから聞かされたレクティ誘拐計画についてアリッサさんとリリィに話聞かせた。
どうやらルーカス王子は俺だけでなくリリィも呼んでいたらしい。
「俺だって持ち込みたくて持ち込んでるわけじゃないんですが……」
周囲が平穏なら、わざわざルーカス王子に頼る必要なんてない。王位継承権争いやら聖女やら、どこもかしこも物々しいからこうなっているわけで。
「レクティ、部屋に一人で置いて来ちゃったけど大丈夫かしら……?」
リリィが窓の外へ視線を向けレクティの身を案じる。
イディオットが父親から聞かされた計画では、誘拐実行日はクラス対抗戦の日だって話だが……。イディオットの協力を得られず急遽計画を変更して、という可能性が全くないとも限らないか。
「いちおう、騎士団のメンバーが警戒してるんで大丈夫だとは思うッス。それに、リリィ嬢が一緒に居た所で結果はあんまり変わんないッスよ」
「そ、それはそうなのですが……」
面と向かって戦力外通告を受けたリリィはシュンと肩を落とす。まあ、リリィもスキルを常時発動しているわけじゃないしな……。不意を突かれて部屋に押し入られでもしたらどうしようもない。
一通りの報告を終えて、アリッサさんが御者台に移動し馬車は動き出す。移動時間の合間に、リリィにはロザリィとマリシャス枢機卿の件も共有しておいた。
だいたい30分程度で、馬車は静かな住宅街に停車する。以前とはまた違う場所だが、今回は騎士団の詰所の一つらしい。毎度のごとくルーカス王子は先に到着しており、奥の部屋で俺たちを待っていた。
「やあ、来たね。さっそく話を始めよう」
ルーカス王子は黒い布で目を隠し、口元に微笑を浮かべている。
見慣れた姿だが、〈忍者〉スキルによって強化された観察眼は、ほんの少しだけルーカス王子に疲れの色を見て取った。相当忙しい中で時間を作ってくれたみたいだ。
伝えるべき話は二つあるが、まずはレクティの誘拐計画からだ。ロザリィとシセリーさんには悪いが、身内を優先させてもらおう。
「……なるほど」
イディオットが書きだした誘拐計画を見て、ルーカス王子は溜息を吐く。
「昔のスレイ兄上はもっと冷静で狡猾な人だったんだけどね。少なくとも、こんな考えたらずな強硬策に出るような人じゃなかった」
ルーカス王子の声音にはどこか悲しみや寂しさが含まれているように感じられた。王位を取り合う相手とは言え、スレイ殿下はルーカス王子にとって血の繋がった兄だ。思うところはあるんだろうな……。
「スレイ殿下はレクティと結婚なんかしてどうするつもりなんでしょうか?」
俺が尋ねると、ルーカス王子は「そうだね……」と少し考えて答えを出す。
「レクティ嬢を妻にすることで、スレイ兄上が得られる利点は幾つかある。例えばレクティ嬢の〈聖女〉スキルだ。身内に病人を抱えている貴族はそれなりに居るからね。治療と引き換えに王位継承権争いへの協力を約束させれば、陣営を立て直せるかもしれない」
「かもしれない、ですか……?」
「貴族の誰しもが義理人情で動くわけではないからね。むしろ狡猾な貴族のほうが多い。治療だけ受けて王位継承権争いでは別の候補を支援する、なんて平気でしてくるさ。まあ全員がそうとは限らないし、国王になったらという条件を付けて従わせることもできるかな」
あまり良い案とは言えないけど、とルーカス王子は肩をすくめる。
「殿下は、レクティを利用しようとは考えないのですか?」
リリィは探るような視線をルーカス王子に向けながら尋ねる。
ルーカス王子がその気になれば、例に出たような方法で貴族の支持を集めることは容易なはずだ。俺たちも、ルーカス王子の頼みならば断わりづらい。レクティが病人の治療を嫌がることもないだろう。
「……確かに、レクティ嬢の力を使えば貴族の支持は簡単に得られる。これは君にも言えることだね、ヒュー。君の力も、僕がその気になって利用すれば王位は簡単に手に入る。それこそ、王になるだけなら君一人が居れば十分なほどにね」
それがわかっていて、あえてそうしない理由をルーカス王子は語る。
「けど、王になった後はそうじゃない。君だけに頼った僕の周囲には、王になった後に僕を支える人材が居なくなる。レクティ嬢を利用した場合も同様だね。家族の治療を対価に忠誠を誓わせた家臣なんて、信用を置けるわけがない。……僕にとって、王座に就くのはゴールじゃなくてスタートだ。王に至るまでにどれだけのカードを得られるか、それを王になってからどう使うかが重要なんだよ」
「ルーカス殿下……」
リリィにとってルーカス王子の返事は意外だったのだろう。驚きに目を見開いている。
「僕はこれからも、基本的にはレクティ嬢やヒューのスキルを当てにするつもりはない。まあ、どうしようもない時は頼らせて貰うし、兄上たちに利用されたら怖いから手元には置かせてもらうけどね。――これで少しは安心してくれたかい、リリィ嬢?」
「も、申し訳ありません! 私、殿下を試すような質問を……っ!」
「構わないよ。レクティ嬢の身を案じての質問だったんだろう? 僕の返事は君の期待にそえたかな?」
「は、はい……! お心遣い、感謝いたします」
頭を下げたリリィに大げさだなぁと苦笑しながら、ルーカス王子は俺に向かってウィンクを飛ばして来た。
陣営に引き込まれたわりには放置されていると思っていたのだが、そういう理由があったのか……。言葉の真偽はともかく、ルーカス王子が俺の力を使わずに王位を目指しているのは間違いない。
「話を戻そうか。レクティ嬢を娶ることで、スレイ兄上は父上に対しイニシアティブを握ることも出来るんだ。体調は回復したとはいえ、いつ病が再発するとも限らないからね」
……国王陛下の体調不良は、病が原因ではなかった。何者かが意図して毒を盛り、じわじわと国王陛下を衰弱させていたのだ。ルーカス王子の発言は、その何者かが再び国王陛下へ毒を盛る可能性を見込んでのものだろう。
「レクティ嬢というカードを手に入れることで、スレイ兄上は王位継承権争いにしがみつくつもりだろう。……兄上には悪いけど、そろそろ退場してもらおうか」
その後、俺たちはイディオットからもたらされた誘拐計画を元に対策を検討した。
ちなみに、計画の内容はこうだ。
実行日時はクラス対抗戦が行われる四日後。場所は会場である王都近郊の森林地帯。
俺たち一年A組の試合中に野盗に偽装した傭兵を乱入させ、レクティを誘拐。事態を重く見たスレイ殿下はホートネス家に命令し、自らがホートネス家の私兵を率いて野盗からレクティを奪還する。
そして、スレイ殿下に助けられたレクティは自ら妻になると申し出て、スレイ殿下も受け入れる。
……これ、小学生が考えたのか?
「イディオットに偽の誘拐計画を伝えてこちらを混乱させるつもりね、間違いないわ」
「その線でも考えておこうか。仮にそうだとしたら、スレイ兄上に勝てる気がしないよ……」
改めて計画を確認したリリィとルーカス王子は、揃って頭を抱えたのだった。