第97話:助けてルカえも~ん!
「いったい、何がどうなってレクティを誘拐するなんて話が持ち上がったんだ?」
口にするだけで怒りが湧いて来るが、何とか冷静さを保ってイディオットに問いかける。イディオットはソファに座ったまま前屈みになり、膝に肘をついて手を組んだ。
「……ホートネス家がスレイ殿下の陣営に属しているのは、君も知っているだろう?」
「ああ。ピュリディ侯爵がルーカス殿下に鞍替えして、今はホートネス侯爵が陣営の筆頭なんだよな」
「そうだ。貧乏くじを引かされたと父上は嘆いていたよ。ピュリディ侯爵はそうとう上手く陣営をまとめていたらしい。侯爵が離反した途端、スレイ殿下の陣営はガタガタになってしまった」
おそらくピュリディ侯爵の離間工作や、リリィの婚約破棄の一件も響いているんだろう。スレイ殿下陣営の内情は、俺が想像していたよりも遥かに悪化しているようだ。
「父上は方々に駆け回って何とか陣営を立て直そうとした。そんな折に近づいて来たのが、リース大聖堂を管理するマリシャスという男だったらしい」
「マリシャス枢機卿か……」
「その様子から察するに、君も知っているようだな」
「まあ……、色々とあったんだ」
こっちもこっちで、思い返すとイライラしてしまう。
「もしかして、マリシャスから国王陛下の治療を持ち掛けたのか……?」
「そうらしい。スレイ殿下の陣営を立て直すには、目に見えた功績が必要だった。父上もスレイ殿下も、その提案を呑まざるを得なかったのだ。結果は君も知っての通り、レクティ嬢と聖女の力によって国王陛下は無事に快復された。スレイ殿下は聖女を招聘して国王陛下を救うという功績を得られたはずだった」
「誤算は、レクティとルーカス王子だよな?」
「そうだ。その成果はルーカス殿下と分け合う形になってしまった。その上、国王陛下の快復を祝した夜会でルーカス殿下は視力の回復をアピールした。それで趨勢は決したと言っていいだろう。これまで態度を決めかねていた貴族たちだけでなく、スレイ殿下派に所属していた貴族たちまでもが、ルーカス殿下の陣営に流れ込んだのだ」
「だから、追い込まれたスレイ殿下とホートネス侯爵はレクティを誘拐しようとしてるってのか?」
「……いいや、それだけではないのだよ」
イディオットは再びコップに水を注ぎ、口に運ぶ。
息を吐いき、話を続けた。
「致命的だったのは、スレイ殿下も父上もマリシャスという男に騙されていた事だ」
「騙されていた……?」
「教会の聖女に病を治す力なんて無かったという事だ。連日大勢の病人が大聖堂を訪れているらしいが、聖女は誰一人として病の治療に成功していない。それを国王陛下が聞きつけのだよ」
「……あぁ」
俺とルーグが今朝ロザリィに会いに行った時も、大聖堂の前はちょっとした騒ぎになっていた。その情報が国王陛下に届いていても不思議じゃない。
「国王陛下の病を治したのは、聖女ロザリィではなかった。最悪なのは、聖女ロザリィへの褒美として多額の報奨金がリース大聖堂に寄付されてしまっていた事だ」
「……金を騙し取られた事になるわけか」
もちろん、国王陛下の治療時にロザリィが何もしていなかったわけじゃない。レクティと協力して、必死に国王陛下を救おうとしていた姿を俺は目にしている。
だけど、事実として聖女ロザリィに病を治す力が無かったのだ。功労者ではあるものの、レクティと同列で褒賞を得られるほどかと言えば、そうじゃない。しかもレクティは褒賞として金品を貰ってないからな……。
とは言え、既に褒賞として支払われた寄付金を返却しろだなんて、今さら言いだせば王家の品位が疑われてしまう。
「スレイ殿下と父上は責任を追及されている。おそらく寄付金として支払われた額の大半を、私財から補填する事になるだろう」
「そんなことになってお前の実家は大丈夫なのか……?」
「……わからない。だが、追い詰められた父上とスレイ殿下は、何振り構わない強硬策に出ようとしているのだ」
「それでレクティの誘拐か……。でも、誘拐してどうするつもりなんだ? 人質にでもするつもりか……?」
「……いいや。どうやら、スレイ殿下はレクティ嬢を妻に迎えるつもりのようだ」
「はぁ!?」
「レクティ嬢をホートネス家の養子として迎え、スレイ殿下に嫁がせる計画らしい」
「マジか……」
いつぞやのリリィが言っていた強引な手法を、まさか本気で実行しようとしてるってのか……? さすがにそれは、破れかぶれすぎるだろ……。
「そんなことして何になるって言うんだ……。そもそも、王令でレクティに命令は出来ないはずだろ」
「王令によって禁止されたのは、権力を振りかざして強引に命令を利かせる事だ。レクティ嬢自身の意思でなされた決定なら、王令の違反にならない」
「……誘拐して脅して自分の口で結婚するって言わせればいいってか? そんな屁理屈が通用するのかよ」
「もはや、常識的な判断すら出来ないほどに、父上もスレイ殿下も追い詰められているのだろう。……父上には、ほとほと愛想が尽きてしまったよ」
「イディオット……」
打ちひしがれたように項垂れるイディオットに、俺はかける言葉を見つけられなかった。
「……頼む、ヒュー。どうか僕に力を貸してくれ。僕はレクティ嬢を守りたい」
「自分の家を裏切ることになってもいいのか……?」
「構わない。むしろ、ホートネス家の長男として、責任を取るべきだと考えている」
イディオットの表情には悲壮な覚悟が浮かんでいた。
……レクティの誘拐を防げたとして、待っているのはホートネス家への処罰だ。イディオットもホートネス侯爵に連座する形で何らかの罰を受ける可能性は十分にある。
それも承知の上で、イディオットは覚悟を決めているらしい。
「……わかった。この事はリリィとルーカス王子に伝えて構わないか?」
「もちろんだ。僕が知る限りの誘拐計画を話そう」
その後、俺はイディオットにレクティ誘拐計画の詳細を知る限り紙に書き出してもらい、自室へと戻った。
イディオットには悪いが、情報はルーグにも共有させてもらった。場合によってはルーグも誘拐計画に巻き込まれる可能性があるからな……。
「レクティを誘拐って、スレイに……殿下はそんなに追い詰められてるの……?」
「みたいだな……。とりあえず、この件はルーカス王子に相談してみようと思うんだ」
「うん。ルー……カス殿下ならきっと良い案を考えてくれるよ!」
ロザリィの件に続き、レクティの誘拐計画と。ルーカス王子への相談事が山積みだ。
当初は色々使い潰される覚悟をしていたもんだが、気づけば俺のほうから厄介ごとを持ち込んでばかりだな……。