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第95話:あらゆる聖女は過労で死ぬらしい

 シセリーさんの後に続き、俺たちは大聖堂の裏口から内部へ招き入れられた。そのまま螺旋状の階段を使って上へ上へと向かっていく。途中の小窓から見える景色はどんどん高くなっていった。どうやら尖塔の上部へと階段は続いているようだ。


 ここにリリィが居たら途中でばててそうだなとか考えている内に、階段の先に扉が見えて来る。どうやら頂上に辿り着いたらしい。


「ロザリィ様、御二方をお連れしました」


「どうぞですわ」


 扉の向こう側からロザリィの声が聞こえる。シセリーさんが扉を開くと、修道服姿のロザリィがソファに座っていた。


「会いたかったですわ、ルーグ様、ヒュー様」


「……っ、ロザリィ、大丈夫……!?」


 彼女の姿を見たルーグが、思わずと言った様子でロザリィの元へ駆け寄る。ルーグの反応も無理はない。ロザリィの目の下には隈が浮かび、顔は見るからにやつれていた。


 最後に出会った夜会がたった四日前だぞ……? どうして、前世で死ぬ直前の俺のような顔をしているんだ。


「ええ、これくらい、どうってことありませんわ」


「どうってことあるよ……っ! ちゃんと寝れてる? ご飯食べてるよね!?」


「落ち着いてくださいまし。……少し、頭に響いてしまいますわ」


「あ……、ごめん」


 ルーグはロザリィから離れ、俺の方へ振り向く。とりあえず事情を聴いた方が良いだろう。俺はルーグを促して、ロザリィの対面のソファに腰掛けた。


「これ、来る途中のパン屋で買って来たんだ。もしよければ、話しながら食べないか?」


「まあっ、ありがとうございますわ。さっそく頂きましょう」


 シセリーさんがテーブルにティーセットとお皿を並べてくれる。ロザリィはさっそくクロワッサンを小さく千切って、一欠けらを口に運んだ。


「うんっ、甘くて美味しいですわね」


「…………そうだな」


 俺は()()()()()()()()クロワッサンを食べながら同意する。


 ……心因性の味覚障害だろうか。短期間でも強いストレスを感じた場合に発症する事があると前世で聞いたことがある。俺も前世で死ぬ前は何を食べても驚くほど味を感じられなかった。


「ねえ、ロザリィ。何があったの……?」


 ルーグが泣きそうになりながらロザリィに尋ねる。ロザリィは「それは……」と言い淀んで視線を反らした。教会の内部事情だ。部外者である俺たちに話せない事も多いだろう。


「マリシャス枢機卿です」


「――っ! シセリーっ!?」


「お許しください、ロザリィ様。ですが、事情を話せば何かが変わるかもしれません。彼らは〈聖女〉スキルを持つレクティ嬢のご友人。その繋がりで第三王子のルーカス殿下の耳に入れば、何かが……」


 それは確証があるというよりは、そうあってくれと縋るような口ぶりで。俺たちに内情を話す事で、ルーカス王子に救いを求めたい。そんな意図がありありと伝わって来る。


「……ルーカス王子の協力を得られる保証はありません。ですが、可能な限りの協力はするつもりです。教えて頂けますか、シセリーさん」


 シセリーさんは頷いて、ゆっくりと語りだす。


「ロザリィ様が夜会から戻られた翌日から、聖堂に病を治してほしいと人々が訪れるようになりました。貴族や平民、昼夜を問わずです。ロザリィ様はそんな彼らから求められ、治癒のスキルを行使されました。……ですが」


「……わたくしの力不足ですわ。どうやら、わたくしのスキルには人の病を治す力はないようですの」


「気を落とさないでください、ロザリィ様! ロザリィ様のスキルで元気になった者も居ます……っ!」


「……いいえ、それも一時だけの事ですわ。痛みが消えたと喜ばれたご老人は、翌日ベッドから起き上がれずそのまま亡くなったと……。わたくしが殺したも同然ですの」


「それは……っ!」


「全ては、わたくしの信仰心が足りないせいですわ」


 ロザリィはまるで心からそう信じ切っているように断言する。シセリーさんはその言葉を否定できないようで、悲し気に唇を歪めるだけだった。


 神授教では、神への信仰でスキルの力が変化するって考えがあるんだろうか。スキルによっては、レベルが上がれば出来る事も増えたりするかもしれないが……。そもそも何をどうすればレベルが上がるのか、いまいちわからないから何とも言えない。


 〈治癒〉には痛みを緩和する力がある。もしかしたら一時的に痛みが和らいだことで、病が治ったと勘違いする人も中には居たのかもしれない。


「ですが、このままではロザリィ様が……。マリシャス枢機卿の言葉を信じてはいけません……っ!」


「口を慎むべきですわ、シセリー。滅多なことを言うものではありませんわよ?」


「ですが……っ」


 やんわりと窘めるロザリィに、シセリーさんは食い下がる。ロザリィがここまで追い詰められているのは、自分の力不足を悔いているだけではなさそうだ。


 マリシャス枢機卿って確か、国王陛下の治療をした時にロザリーと一緒に居た老神父だよな……? ロザリィは枢機卿を「おじい様」と親し気に呼んでいたはずだが。


「シセリーさん、マリシャス枢機卿はロザリィになんと――」


 言っているのか尋ねようとした矢先のことだ。部屋の扉がノックされ、ロザリィの返事を待たずに開かれる。入室してきたのは、件のマリシャス枢機卿だった。


「御勤めの時間ですよ、ロザリィ。……おや、来客中でしたか。ようこそいらっしゃいました」


 マリシャス枢機卿は俺とルーグに対し柔和な笑みを浮かべ、


「ですが申し訳ありません。ロザリィはこれから大切な御勤めをしなくてはいけないのです。どうかお引き取りくださいませ」


 その笑みを張り付けたまま、俺たちに退室を促す。


 ちらりと視線をロザリィに向けると、彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。


「お待ちください、マリシャス枢機卿猊下! ロザリィ様は大変疲れていらっしゃいます! 昨日も遅くまで患者を治療され、睡眠時間もあまり取れていらっしゃらないのです! このままではロザリィ様の身がもちません……っ!」


「では、貴方は救いを求めて集まる信者たちを見捨てると?」


「――っ! そんな、ことは……!」


 シセリーさんは一言も、見捨てるなんて言っていない。ただロザリィの体調を案じて配慮すべきだと訴えただけだ。


 だが、マリシャス枢機卿は肩をすくめる。


「嘆かわしいことです。聖騎士ともあろう者が聖女の役目を否定するとは。挙句の果てに救いを求める信者を見捨てるとまで。何と恐ろしい」


「違う! 私はただロザリィ様の――」


「そこまでですわ、シセリー!」


 反駁しようとしたシセリーさんを、ロザリィは大声で制止した。


「おじい様のお言葉は最もですわ。救いを求める人々を、聖女として見捨てるわけにはいきませんもの。休息も十分にとったことですし、御勤め頑張りますわよ!」


 そう言って、ロザリィは胸の前でギュッと拳を握る。その手が微かに震えていることに、ロザリィは気づいているんだろうか。


「申し訳ありませんわ、ルーグ様、ヒュー様。わたくしは御勤めに向かわなければなりません。今日の所は、御開きにいたしましょう。お会いできて、嬉しかったですわ」


 ロザリィは俺たちに微笑みかけて立ち上がる。マリシャス枢機卿のもとへ向かおうとした彼女を、「待って!」とルーグが呼び止めた。


「また、お話ししようね、ロザリィ」


「……ええ、楽しみにしていますわね」


 儚げな笑みを浮かべて一礼し、ロザリィは部屋から出て行ってしまう。


 その後に続いて退室しようとしたマリシャス枢機卿を、俺は咄嗟に呼び止めた。


「マリシャス枢機卿猊下、一つだけ質問があります」


「おや、何でしょう? 私は暇ではないのです。手短に頼みますよ」


「ありがとうございます。……聖女ロザリィが持つ治癒のスキルは、傷や痛みを癒す力のはずです。下に集まった人々のように、病に苦しむ人々を救う力を持つのは、創作上の〈聖女〉スキルのはず。なぜ、ロザリィに出来もしない治療をさせているんですか」


「……ほう、聖女が〈聖女〉スキル(にせもの)に劣ると?」


「ヒューっ」


 ルーグが俺のブレザーの裾を引っ張って首を横に振る。……少し踏み込みすぎたか。


「申し訳ありません。発言を訂正し謝罪いたします。教会の聖女の力が、偽物に劣るはずがありません」


「それでいいのです。聖女とは神に祝福された選ばれし乙女。ロザリィに病魔に蝕まれた人々が救えないのは、彼女の神への信仰が足りないからに他なりません。ですが彼女ならば必ず、真の聖女としての力に目覚め、病を治す力を神から授かることでしょう……!」


 まるで預言者か何かのように、マリシャス枢機卿は大げさに両手を広げてのたまう。


 俺には彼が何を言っているのか、理解することが出来なかった。ルーグも困惑した表情を浮かべ、シセリーさんは苦虫を噛み潰したような顔で嫌悪感を剥き出しにしている。


「それでは私はこれで。そうそう、この区画は本来であれば一般人の立ち入りが禁止されています。早々に立ち去られると良いでしょう」


 俺たちに再度退室を促し、マリシャス枢機卿は部屋から出て行った。



 ……ああ、くそ。



 社畜時代(前世)を思い出して、最悪の気分だ。

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