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第94話:煩悩「くそっ……じれったいですね。私ちょっとやら」――パァンッ! ……ドサッ

 ダンスタイムが終わり、夜会の締めとして国王陛下からレクティとロザリィに褒美が与えられる時間となった。夜会に参加した貴族たちは遠巻きに、王座と向き合う彼女たちを見つめる。


「教会の聖女ロザリィよ、汝の求める褒美を言うがよい」


「はい、国王陛下。わたくしは教会への支援を頂きたく存じますわ」


「ほう。……うむ、よかろう」


「ありがたき幸せに存じますわ、陛下」


 ロザリィは感謝の言葉と同時に恭しく一礼して見せた。


 ロザリィの要求は事前にルーカス王子やリリィと想定していた範疇だな。教会へのお布施は年々減っているらしく、懐事情はあまり良くないらしい。財政的な援助を求めるのは自然な流れだ。


 ただ、貴族たちからの受けはあまり良くない。


「毎年国庫から多額の寄付をしているはずだが」

「どうやら信仰は金で買えるらしい」

「何と恥知らずな……」


 一部の貴族の不満を強化された聴覚が聞き取る。神授教を信奉していても、誰もが教会に肯定的というわけではないようだ。


「次は〈聖女〉スキルの乙女レクティよ。汝は褒美に何を求める?」


「は、はいっ。わたしは……」


 レクティは顔を青くして、口をパクパクと動かく。事前に褒美の内容は相談して決めていたが、緊張で上手く言葉が出せないんだろう。とは言え、いつものようにフォローは出来ない。頑張れ、レクティ……!


「わ、わたっ、わたしはっ! 静かに、暮らしたいです。目立つことが得意ではない、ので。今はっ、これまで通り学園で暮らせれば、それでっ」


「ふむ。つまり褒美として求めるのは平穏と言う事か。随分と無欲なものだ。汝が求めれば次期国王の妃にする事も考えたというのに」


「き、きさっ……!?」


「まあよい。ならば王命で、汝に対する過度な干渉を禁止するとしよう。今後、レクティに対して権力を振りかざし命令を聞かせようとする行為を全面的に禁止とする。破った者は王の名において処罰されると心得よ。これで良いだろうか?」


「は、はいっ! ありがとうございますっ!」


 レクティはぺこぺこと頭を下げる。


 事前にルーカス王子を通じて国王陛下には口裏を合わせて貰っている。妃がどうこうって話には肝を冷やしたが、これでとりあえずレクティの身の安全は確保できた。今後は王子であっても、レクティを権力で動かす事は出来ない。




 その後、夜会はつつがなく終了し、俺たちはアリッサさんの馬車で学園への帰路に就いた。


 翌日以降、王令が正式に発布されて学園の掲示板に張り出されると、レクティに近づく貴族の子女は大幅に減った。


 遠巻きに注目されては居るが、知らない生徒が話しかけて来る事はほとんどない。中間試験直前という時期も重なり、レクティの周辺はかなり落ち着いたものになった。


 俺としてもようやく勉強に集中できる環境が整い、万全……とまでは言えないが、悪くない手応えで中間試験を迎える事が出来た。


 中間試験は入学試験と同じく、スキルの実技試験と筆記試験の二部構成。実技試験はスキル〈発火〉に切り替えて難なくクリアし、筆記試験の方も入学試験の時と比べればかなり点数を稼げた自信がある。ルーグが毎日勉強に付き合ってくれたおかげだ。


 二日にかけて行われたテスト期間を終え、部屋に戻った俺はそのままベッドに倒れ込んだ。


「終わったぁ~」


 テストからの解放感を味わったのなんて、いったい何十年ぶりだろうか。シーツに顔を埋めると、金木犀に似た甘い香りに包まれる。……もうすっかりルーグのベッドだな。


「んぅーっ! 終わったねぇ」


 ぽすんと俺の横に座ったルーグが伸びをする。そのままコロンと仰向けに寝転がって、顔だけこちらを向けて来る。


「明日のお休みって予定ある?」


「いいや。どこか行きたい所でもあるのか?」


「うん。ロザリィの事がちょっと気になってて……。ほら、この前の夜会の時も、おと……国王陛下の治療をした時もあんまり話せなかったから」


「あー……、そうだな」


 俺もルーグを探すためにダンスの誘いを断ってしまって以降、ロザリィとは話せていなかった。教会の様子も気になるし、大聖堂に行ってみるのはありかもしれない。


「わかった、付き合うよ」


「ありがとっ、ヒュー!」


 ルーグはぴょんと起き上がって俺の背中に飛び乗って来る。


「おっふ……っ!」


「あははっ。ヒュー変な声っ!」


「お前が飛び乗るからだろっ! というか降りてくれ」


「えー。もしかして、重い……?」


「いや、重くはないが……」


「じゃあ降りなーい」


「お前なぁ……」


 夜会でダンスを踊ってからだろうか。ルーグの奴、これまで以上に甘えん坊になったというかスキンシップが増えたというか……。嫌じゃないんだが、ドギマギして理性が飛びそうになるから勘弁してほしい。いやホント、マジで切実に……。


 翌日、俺とルーグは朝食を終えて学園の外へ出た。向かうのは王都に聳える白亜の尖塔。神授教のリース大聖堂だ。


 ロザリィへのお土産に道中のパン屋でクロワッサンを買い、大聖堂の近くまで来た頃のこと。


「あれ……?」


 ルーグは立ち止まって首を傾げる。彼女の視線の先、大聖堂の見学者に解放されていた出入り口の扉が閉ざされていた。


「早く来すぎちゃったのかな……?」


「いいや、この前は今の時間には空いていたはずだ」


 今日は一般開放をしていない日なのだろうか。何かしらの宗教儀礼があるだとか……。いや、それにしては扉の前に人が集まっている。


 しかも、どうやら観光客ってわけではなさそうだ。


「開けてくれ! 息子が今にも死にそうなんだ!」

「聖女様、どうか母をお助けくださいっ!」

「聖女様っ!」

「聖女様ぁーっ!」


 扉の前に集まっているのは王都に住む人々。それも病に苦しむ家族を抱えていたり、自身が病に侵されていたりする人ばかりに見える。


 ……嫌な予想が当たってしまったか。


 国王陛下の病を治したという聖女の力を求めて病魔に苦しむ人々が集まっているのだ。今はまだ十数名ってところだが、噂がリース王国全体に広がればより多くの人々がここを目指して来るだろう。


「大変なことになってるね……。ロザリィに会うのは難しいかも」


「そうだな……」


 扉が閉まってるって事は、ロザリィは留守か休憩中なんだろう。このまま待ち続けても会えるとは限らないし、仮に会えたとしてもこの様子じゃゆっくり話す余裕もなさそうだ。


 引き返そうか、とルーグに提案しかけて、ふとどこかから視線を感じる。念のため〈忍者〉スキルに切り替えていたから気づけた。上を見上げると、尖塔の窓にピンク色の髪が見えている。


 俺たちに気づいたのだろう、ロザリィは目を見開く。俺がパン屋の紙袋を掲げて見せると、後ろを振り返って誰かと話し始めた。


 それからほどなく、紺色のショートボブが印象的な若い女性が、大聖堂の裏の方からこちらへ小走りで駆け寄って来た。


「ルーグ様とヒュー様ですね。ご無沙汰しております」


「貴方は確か、ロザリィの……」


「護衛を務めるシセリーです」


 シセリーさんは胸に手を当てて一礼する。今日は以前会った際に身に着けていた聖騎士の胸当てや剣を装備していない普通の格好だ。教会の関係者だとバレたら、扉に集まっている人々に詰め寄られるからだろうか。


 シセリーさんは周囲に目を配りつつ、声の音量を落として俺たちに言う。


「ロザリィ様がお二人に会いたいと申されています。私の後について来て頂けますでしょうか」


 俺とルーグは顔を見合わせ、シセリーさんに頷いて答えた。


 何やら込み入った事情がありそうだな……。

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