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第86話:この政争が終わったら結婚するんだ

「……ところで、ルーグはあそこで何をやってるんだ?」


 扉から顔だけ出してジーとこっちを見つめているルーグを視認し、事情を知っているだろうリリィに尋ねる。さっき後ろがつかえているとか言っていたが、ルーグの事だろうか。


「ルーグの衣装もヒューに見てもらおうと思っていたの。待たせてごめんなさい、もう入って来て大丈夫よ」


 リリィにそう声をかけられ、ルーグはどこかソワソワした様子で俺の前に姿を見せた。


「………………っ」


 思わず、ルーグの姿を見て俺は言葉を失った。


 彼女の小柄な体を包むのは、ふんわりと裾が広がったエメラルドグリーンの()()()。愛らしさと可憐さをアピールするようなデザインで、ルーグにはこれでもかと似合っている。あしらわれた銀糸の刺繍は、ルーグの銀髪と絶妙にマッチしていた。


 可愛い。好きだ。もうこのまま結婚式を挙げちゃいたい。そんな言葉が出かかって寸前で思いとどまる。言うべきはそれじゃない。


「尊い……じゃなくて! どうしてルーグがドレスを着てるんだ……!?」


 大丈夫なのか、と目線で仕掛け人だろうリリィに問いかける。応接室にはピュリディ家の使用人さんが居るし、着替えは商人やメイドさんたちが手伝ったはずだ。


 まあ、ピュリディ家はルーカス王子陣営に鞍替えしているし、そもそもルクレティアの顔を知らなければ存在がバレる事も無いとは思うが……。


「私もルーグからドレスを着てみたいとお願いされた時は驚いたわ。まさかルーグに()()()()()()()()()()()()


「あ、あー……」


 なるほど、()()で乗り切るつもりなのか。……乗り切れるのか?


「ヒューを驚かせたくて、リリィに無茶言っちゃった。どう? 似合ってるかな……?」


「ああ、それに関してはめちゃくちゃ似合ってるよ」


 似合いすぎてもうどこからどう見ても女の子だ。というかもともと女の子だ。


 前に王城で見たルクレティアのドレス姿とはまた違う。今の銀髪だからこそ、エメラルドグリーンのドレスが映えて見えるんだろう。王女としての気品や優雅さはないが、一人の可愛い女の子としての魅力に溢れている。


「そ、そう? えへへ~」


 俺に褒められたルーグは頬を緩めてにへらと笑った。


 あぁ、可愛すぎる。もし何もかも全てが順調に進んでルーグと結婚できたなら、披露宴ではこのドレスを着てもらおう。


「やっぱり本命にはかなわないわね……」


「ルーグさんがうらやましいです……」


 俺が両手で顔を覆って悶絶する様子を見てリリィとレクティがポツリと呟いた言葉を、〈忍者〉スキルで強化された耳が一言一句逃さず拾う。やばい、二人が居るのを一瞬忘れてた。めちゃくちゃ恥ずかしいところを見られてしまったんだが……。


 俺は誤魔化すように咳払いをして、緩んでしまっていた頬を引き締めリリィに尋ねる。


「まさかと思うが、これで夜会に行くわけじゃないよな……?」


「当たり前でしょう? これはあくまでこの場限りのお遊びよ。ルーグの燕尾服はサイズがなかったから、とりあえず採寸だけ済ませたの。当日には間に合わせてくれるはずよ」


 夜会は明後日の夜だから、随分と急ピッチで仕立てて貰うことになる。手配してくれたリリィにも、仕立ててくれる商人さんにも頭が下がる思いだ。


 その後、三人はドレスから元の制服に着替えて、アリッサさんが迎えに来てくれるまで四人で試験勉強をすることになった。丸一日ドレス選びに付き合う覚悟をしていたから少し拍子抜けだ。


 天気が良かったため、ピュリディ侯爵邸の庭園にあるガゼボで教科書を広げることにした。立派な庭園では、時折風に乗って花々の甘い香りが漂ってくる。


「レクティ、前に比べると簡単に問題を解けるようになったね」


 リリィお手製らしい問題集を解くレクティを見て、ルーグが感心したように微笑む。入学当初は四苦八苦していた計算問題を、レクティはスラスラと回答していた。


「ありがとうございます、ルーグさん。リリィちゃんが毎日付きっ切りで勉強を教えてくれているおかげです」


「レクティの頑張りがあってこそよ。この子、今まで勉学に触れる機会がなかっただけで頭は良いみたいなの。教えれば教えるほどスポンジのように吸収してくれるから、私としても教えがいがあるわ」


「へぇー、いいなぁー」


 なんて言いながらルーグはジト目をこっちに向けてくる。その「いいなぁ」について勉強そっちのけで小一時間問い詰めてやろうか?


 俺だって前世では大学まで出たんだ。まったく勉強ができないってわけじゃない。ただちょっと歴史の年号を覚えるのが苦手ってだけで……。


「それにしても滅茶苦茶だよな。中間試験の数日後にクラス対抗戦なんて。普通もうちょっとインターバルを取るもんじゃないか?」


 ルーグの視線に耐えられず、ふと浮かんだ不満で話を変える。次の週末が中間試験、その翌週がクラス対抗戦。なかなかの過密スケジュールだ。


「去年のクラス対抗戦は二学期だったらしいのだけど、今年は戦勝三十周年の記念式典があるから前倒しにされたのよ」


「記念式典?」


「合格発表の後の説明会で話があったでしょう? 今年は戦勝三十周年記念に、友好国の学園を招いて交流する期間があるって」


「あー……、そうだった気がしなくもないな」


「まったくもぅ。来月には校外演習もあるし、様々な理由からこのタイミングに前倒しするしかなかったのよ。入学したての私たちはともかく、先輩方は大変でしょうね。テスト範囲も広い上に、クラス対抗戦で下級生に負けたら大恥だもの」


「つまりヒューは文句ばっかり言ってないで勉強しなさいってことだね」


「結論が強引すぎる……」


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