第82話:「傷は男の勲章だ」「あ、はい」
レクティと聖女ロザリィが国王陛下を治療してから一週間が経った日の朝。日課の剣の稽古の場で今日もまた一本も取れず敗北した俺は、アリッサさんから招待状を四枚手渡された。
「これは……?」
「国王陛下の快気を祝う夜会の招待状ッス」
「夜会ですか……」
思い出されるのは一月ほど前のレチェリー公爵邸での一件。夜会の最中に人が変異したモンスターが大量に現れた時の事だ。
またあんな感じで襲撃されるんじゃないだろうな……?
屋敷の使用人たちがモンスターになった原因も、レチェリー公爵をモンスターに変えた薬の出所もわかっていない。結局あれから一度も、ルーカス王子から捜査協力を頼まれる事は無かった。
むやみやたらにスキルを使わなくて済むのはありがたいが、本当にそれで大丈夫なのかと不安に感じなくもない。
「心配しなくても、夜会は王国騎士団と国軍の総力を挙げて警備するんで大丈夫ッスよ。国王陛下も回復して、ひとまずは内戦どうこうって雰囲気でもなくなったんで共同作戦ッス」
「それは心強いんですが、四枚ですか?」
当然レクティには招待状が届くとして、付き添いでリリィと俺に一枚ずつ。残りの一枚はルーグの物だと思うんだが、連れて行って大丈夫なのか……?
「ルーカス王子も頭を悩ませていたッスけど、国王陛下がどうしても会いたがってるらしいッスね。ちなみに陛下は事情を知っている側ッスから、その辺は心配無用ッスよ」
「そうですか……。それなら、まあ」
ルーカス王子がリスクを許容しているなら、俺が拒否する理由もないか。もちろんルーグの意思次第ではあるが。
夜会の開催日時は明後日の夜か。とりあえず、リリィたちに相談してみよう。
部屋に戻ってシャワーを浴び、ルーグと共に学食へ向かう。その前に招待状の件をルーグに伝えると「行くっ!」と即答が返って来た。まあうん、予想通りだ。
今日は休日という事もあり、朝の学食は生徒の姿も疎らだった。リリィとレクティに会えるか不安だったが、ちょうど運よく席に座って朝食をとる二人の姿を見つける。
俺とルーグも朝食を受け取って、二人の座るテーブルに向かった。朝の挨拶を交わして、俺はレクティの隣に、ルーグはリリィの隣にそれぞれ腰掛ける。
「ヒューさん、怪我の治療をするので傷口を見せてもらえますか?」
「あー……、今日は大丈夫だよ。ありがとう、レクティ。気持ちだけ受け取らせてくれ」
「えっ? あ、そうですか……」
レクティはしょんぼりと肩を落とす。毎日のように治療をして貰ってたからな。今日も治療のために気合を入れてくれていたのかもしれない。
「ふふっ。レクティったら、まるでヒューが怪我をしていなくて残念ってリアクションね」
「ふえっ!? あ、ち、違いますっ! 違いますからね、ヒューさんっ!?」
「ああうん、大丈夫だ。わかってるわかってる」
慌てて詰め寄って来るレクティを落ち着かせる。からかってやるなよ、と非難の目線をリリィに向けると彼女はペロッと舌を出した。
……まったく。ここ最近は以前と比べて子供っぽいというか、ようやく年相応の姿を見せてくれるようになったというか。婚約騒動の最中はずっと気を張っていたんだろうな。
「ごめんなさい、レクティ。ちょっとした冗談よ」
「もぉっ! リリィちゃん!」
レクティに怒られながらリリィは楽し気に微笑んでいる。その隣でパンを千切りながら食べていたルーグが、心配そうな視線を俺に向けてきた。
「ヒュー、無理してない? まったく怪我してないわけじゃないんでしょ?」
「まあな。けど、これくらいでいちいちレクティに頼ってたらキリがないしな。傷は男の勲章だって言葉もある」
「えー、なにそれ……?」
ルーグはちょっと引き気味に首を傾げる。まあ、アリッサさんにボコボコにされて出来た傷が勲章かどうかは微妙なんだが、痛みが残っている方が何となく身になってる感もあるんだよな。
「ヒューって痛いのが好きなんだね……」
「おい、変な曲解をするな」
「へぇ、それは良いことを聞いたわね」
「そっちは舌なめずりするのをやめろ」
「な、なるほど。勉強になります……!」
「変な学習しないでくれっ!」
そんなこんな話しながら朝食を終えた後、俺たちは学食を離れ庭園にあるガゼボに向かった。普段は貴族令嬢たちがお茶会を楽しむ人気スポットだが、朝はひと気もなく内緒話をするにはぴったりの場所だ。
「わ、わたしお茶会って初めてで緊張します……!」
何を勘違いしたのか、レクティが期待に目を輝かせている。
「いや、すまん。お茶会をしようと思って連れてきたわけじゃないんだ」
「あ、そうなんですね……」
「アリッサさんから国王陛下の快気祝いに開かれる夜会の招待状を預かってきた。それを渡そうと思ったんだ」
学食で渡してもよかったんだが、周囲を気にしながら話すのも窮屈だしな。この前みたく注目を浴びてしまうのもよくないだろうと思って場所を移動した。
俺から招待状を受け取ったリリィは、重苦しい溜息を吐く。
「こうなることは予想していたけれど、ついに来てしまったのね」
この一週間、王城からは国王陛下の体調が回復したという声明があっただけで、国王陛下の命を救った二人の聖女に関する情報は何一つ発表されなかった。
俺たちの理想で言えば、そのまま《《無かった事》》になるのが一番良い。国王陛下の体調はあくまで自然に回復したという事になれば全てが丸く収まってくれるし、教会がレクティを欲しがる理由も無くなるのだが……。
「スレイ殿下が納得しないでしょうから、夜会の場で二人の聖女の英雄譚が声高に発表されるはずよ。レクティ、脅すようで悪いけれど覚悟をしていてね……?」
「は、はい……」
「えっと……、なんか色々とごめんね、レクティ」
身内のごたごたに巻き込んでしまったのを申し訳なく思ってか、ルーグがレクティに謝罪の言葉を口にする。いきなり謝られたレクティは不思議そうに首を傾げた。
「あの、前から気になってたんですがルーグさんって……」
「あ、違うよっ!? ボクは子爵家の出身で、王族とか王女様とかじゃないからね!?」
「あ、はい……」
レクティはぱちくりと目を瞬かせて頷く。全部言っちゃってるんだよなぁ、この王女様……。
「(あの、ヒューさん。これ聞かなかったことにした方がいいんでしょうか……?)」
レクティに小声で問いかけられ、俺は全てを諦めて首を横に振る。
「……いや、もう優しく見守ってあげてくれ」