第78話:謝罪は誠意ではなく金額
国王陛下の意識が戻った後、俺たちはひとまず寝室から出る事になった。これから国王陛下は医師による診察を受けるらしい。寝室には宰相のプライム侯爵だけが残り、王子たち含め全員が退室する。
「そんじゃ、俺は万が一に備えて集めてた軍団を解散させて来るかねぇ」
なんて物騒な事を言いながらブルート殿下は去って行く。冗談っぽく言ってはいたが、どうだろうな……。ブルート殿下からは、ルーカス王子と同じ得体の知れなさを感じる。飄々としているようで抜け目ないというか……。
「ロアン、こちらも展開させておいた騎士団を引こうか」
「はっ」
ルーカス王子の指示を受け、ロアンさんが廊下に控えていた別の騎士に合図を出す。こっちもこっちで抜け目ない。どうやら水面下でルーカス王子の王国騎士団と、ブルート王子の王国軍が睨みあっていたらしい。
事態は俺が想像していたより遥かに緊迫していたようだ。もしあのまま国王陛下が死んでいたら、そのまま内戦に突入していたのかもしれないな……。
そうならなかったのは、二人の聖女の頑張りがあったからこそだ。
「やりましたわね、レクティ!」
「は、はいっ、ロザリィさんっ」
レクティとロザリィは向かい合ってハイタッチを交わす。力を合わせて国王陛下を救ったことで、二人の間には友情が芽生えたようだ。ロザリィはルーグとも早々に打ち解けていたし、人と仲良くなるのが得意なんだろう。
「いやはや、噂に違わぬご活躍でしたね、レクティさん」
マリシャス枢機卿が好々爺然とした柔和な笑みを浮かべ、レクティに話しかける。
「どうでしょう、貴女さえよければぜひその力を神授教で活かしませんか?」
「まあっ! とっても素敵な提案ですわ、おじい様! レクティ、わたくしと一緒に神の御心を世界へ広めましょう!」
「え、えぇっ!?」
二人から勧誘を受け、レクティはさっきまでの勇ましさをどこで忘れてきたのやら、おろおろと視線をさまよわせる。助け船が必要そうだが、俺が動くよりも先にリリィがレクティのもとへ駆け寄った。
「申し訳ありません、マリシャス枢機卿猊下。この子は王立学園へ入学したばかりですから、少なくともあと三年はお待ちいただかなければいけませんわ」
「そうですか。では卒業後の進路としてぜひ、ご検討くださいませ」
マリシャス枢機卿はぺこりと頭を下げて踵を返す。向かう先にはスレイ殿下が不機嫌そうに腕を組んで立っていた。手柄をレクティとルーカス王子に半分取られたとでも思っているのかもしれない。
「それではわたくしもそろそろ行きますわね。レクティ、ルーグ様とヒュー様もっ! またお会いできるのを楽しみにしていますわ!」
バイバイですわぁ~とぶんぶん手を振りながらロザリィはスレイ殿下とマリシャス枢機卿の方へ去っていく。
「あ、ありがと、リリィちゃん」
「どういたしまして。ごめんなさい、余計なお世話だったかしら?」
「ううんっ。教会の炊き出しには何回もお世話になりましたけど……、今すぐに教会で働きたいとは思えなかったので……」
ちらり、とレクティはこちらの様子を窺うように視線を向けてくる。なんだろう?
「ふふっ、そうね。卒業後の進路としては悪くないとは思うけれど、そんな先のことをここで決める必要はないわ。今は学園生活を楽しみましょう?」
「はいっ」
リリィの言葉にレクティは元気に頷く。国王陛下の治療で疲れているはずだが、この様子なら平気そうだ。むしろ疲れているのはルーグの方かもしれない。
「大丈夫か、ルーグ?」
俺の右腕にしがみついているルーグに尋ねる。さっきからずっと無言のルーグは、俺の声を聴いてようやく顔を上げる。
「ふえ……?」
いやふえじゃないが……。
「おい、本当に大丈夫か……?」
国王陛下が無事に回復して安堵したから気が抜けているだけならいいのだが、それにしても抜けすぎだ。顔もちょっと赤い気がする。
「うん、らいじょうぶ……。ちょっと安心したら、ぼーっとしちゃって……」
「ルーグ、少しだけじっとしてくれ」
俺は膝を曲げてルーグに視線を合わせると、自分とルーグのおでこにそれぞれ手を当てた。……やっぱり、じゃっかんルーグの方が熱い気がする。高熱って程ではないと思うが、微熱くらいはありそうだ。
「ルーカス殿下、ルーグが疲れてしまったみたいなので少し休ませたいのですが」
「知恵熱かな……? わかった、ひとまずさっきの部屋に戻って休ませようか」
ルーカス王子の提案で、俺たちは応接室まで引き返す事になった。とは言え、ここまで結構な距離を歩いてきたからな……。階段も降りなくちゃいけないし、今のルーグを歩かせるのは少し心配だ。
「ルーグ、しっかり掴まってくれよ」
「ふぇ…………きゃぅっ」
俺がルーグを抱きかかえて立ち上がると、ルーグは短い悲鳴を上げて俺の制服の襟をぎゅっと握りしめた。
ルーグの体は想像していたよりずっと軽い。今のスキルは〈発火〉だから〈身体強化〉の恩恵がなくて不安だったが、この軽さなら大丈夫そうだ。
リリィじゃこうは行かなかったな……なんて考えながらちらりとリリィを見ると、ニッコリと微笑まれた。……うん、もう二度と考えないようにしよう。
「ひゅぅ、おろしてよぅ。はずかしいよぅ……」
ルーグはよりいっそう顔を赤らめ、紺碧色の瞳を潤ませる。普段からさんざん抱き着いてくるのに、お姫様抱っこは恥ずかしいのか……。
「少しだけ我慢してくれ」
「むぅー」
ルーグはせめてもの抵抗とばかりにぷくーっと頬を膨らませる。本当に可愛いなマジで……。
そのままルーグをお姫様抱っこして応接室まで運ぶ。途中、レクティが〈ヒール〉や〈クレンズ〉を使ってくれたのだが、ルーグの熱には効果が薄いようだった。
「そんなっ……。わたしのスキルでも治せないなんてっ!」
「いや、たぶん大丈夫だと思うぞ……?」
おそらく心因性の発熱だからレクティのスキルが効かないんだろう。
俺も前世で死ぬ直前には、過労とストレスからくる発熱に悩まされていた。発熱の原因が炎症じゃないから解熱剤を飲んでも熱が下がらないし、倦怠感が酷いのに微熱だから休めないしで地獄だったのを覚えている。
まあ、前世の俺ほど重症じゃないはずだ。少し横になって休めば熱も下がってくるだろう。
応接室に着いて、ルーグをソファに寝転がらせる。ルーグは運んでいる内に安らかな寝息を立てていた。もしかしたら寝不足や疲れもあったのかもしれない。
「ヒュー、リリィ嬢。今後の話がしたい。少しだけ時間を貰えるかい?」
ルーグをソファに寝かせてすぐ、ルーカス王子に呼び出された。できればルーグが目を覚ますまで傍に居てやりたかったが、仕方がない。部屋にはレクティとアリッサさんとメリィが残ってくれたので、三人にルーグを任せて別室へ移動する。
廊下を挟んで向かいの部屋はほとんど同じ作りで、ロアンさんが扉の前に立ち、ルーカス王子と俺とリリィの三人だけが入室した。
俺とリリィの対面のソファに座ったルーカス王子は開口一番、
「すまない、スレイ兄上の動きを読み違えた」
俺たちに向かって頭を下げた。