第77話:一同「(こいつら男同士で抱き合ってる……)」
「……やってくれたね、スレイ兄上」
ルーカス王子が珍しく……いや、初めて苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。スレイ殿下の登場がそれほどまでに予想外だったのか、それとも……。
「なぜ父上の寝室に王立学園の生徒が…………なっ、貴様はリリィ・ピュリディ!?」
「ご無沙汰しております、スレイ殿下」
リリィは澄ました表情でスカートをつまみ優雅に一礼して見せる。自分をレチェリー公爵と結婚させようとした張本人相手に顔色一つ変えていない。一方、スレイ殿下は嫌悪感を隠そうともしなかった。
「いったいどの面を下げて……っ! ルーカス、お前が呼んだのか……!?」
「そうだよ、兄上。と言っても、彼女はこの子の付き添いだけどね」
そう言ってルーカス王子はレクティの肩に手を置いて微笑む。さっき一瞬だけ見せた渋面はとっくに消えていた。
「なんだ、その女は……?」
「兄上の耳にも噂くらいは入っているんじゃないかい?」
「噂だと……? ……まさか、〈聖女〉スキルか?」
「ご名答。彼女こそが幻の〈聖女〉スキルを持つレクティ嬢だ」
「れ、レクティですっ。よろしくお願いしますっ」
ルーカス王子に紹介されたレクティはぺこりと頭を下げた。
そんな彼女を見下ろしたスレイ殿下は、「ふっ」と口角を上げて嘲笑を浮かべる。
「紛い物の聖女に何ができる? 残念だったな、ルーカス。父上を救い、次期国王として認められるのはこの私だ」
「……へぇ、つまり本物の聖女なら父上を救えると?」
「当然だ。そうであろう、マリシャス枢機卿?」
「全ては神の御心のままに」
スレイ殿下の後ろに控えていた神官服の老紳士が、是とも否とも取れない返事をスレイ殿下に返す。つまり救えるかどうかわかりませんという意味だと思うんだが、スレイ殿下は肯定と受け取ったのか満足げに頷いた。
視界の隅ではソファに座ったブルート殿下がやれやれと肩をすくめているのが見える。
そう言えばさっき、ブルート殿下はスレイ殿下が根も葉もない噂を気にして焦っていると言っていたな。確かに焦りというか、視野狭窄に陥っている感はある。
けどいったい、どんな噂を気にしてるんだ……?
「さっそく始めてくれ、マリシャス枢機卿」
「かしこまりました、スレイ殿下。ロザリィ、よろしく頼むよ」
「はい、おじい様」
スレイ殿下にマリシャス枢機卿と呼ばれていた老神父に促され、扉近くに控えていたロザリィが前に出る。
そこでようやく、俺たちと目が合った。
「まあ、まあまあまあっ! ヒュー様とルーグ様っ! えっ、どうしてこちらに!?」
「あーっと……。レクティの付き添いで、ルーカス殿下に招待頂いたんだ。まさかこんなところで会えるとは思ってなかったよ」
「わたくしもですわ! これはきっと、神様のお導きというやつですわね!」
ロザリィは朗らかな笑顔を浮かべながらうんうんと頷く。神様のお導きかはともかく、大聖堂に行こうと言ったのはルーグなんだよな。やっぱりルーグは、こういう巡り合わせを引き寄せる何かを持っているのかもしれない。
「ロザリィ、彼らは知り合いかい?」
「はい、おじい様っ。わたくし、大聖堂を案内して差し上げましたの!」
「それは良い事をしたね。だけど、今は御勤めの最中だよ」
「あっ! も、申し訳ありませんわっ! わたくしついつい嬉しくなってしまいまして!」
マリシャス枢機卿に注意され、ロザリィは方々に頭を下げて謝罪する。それから気合を入れるようにギュッと両拳を胸の前で握って国王陛下の枕元に立った。
やっぱり彼女が、神授教の聖女なのか……?
「わたくしの力で病を治せるかどうかはわかりませんが、精いっぱい務めさせて頂きますわ! 〈ヒール〉!」
ロザリィの手に、薄緑色の淡い光が灯る。レクティが使えるのと同じ、傷を癒す聖女の力だ。光は国王陛下の体にゆっくりと浸透していき、
「がはっ!」
――国王陛下が血を吐いた。
「陛下っ!?」
国王陛下はなおも苦し気に咳き込みながら血を吐き出す。容態が急変したのか……!?
「お、おい! どうなっている!? 父上を治療していたのではなかったのか!?」
「わ、わかりませんわ! わたくしはただ、国王陛下を癒そうと……っ!」
動転したスレイ殿下に詰め寄られ、ロザリィは顔を青くして首を横に振る。彼女の治癒の力が効かなかったのか……? それとも治癒の力が何か良くない方向に作用して……?
「……っ!」
衝撃を腹部に感じて下を見ると、ルーグがギュッと俺の体に抱き着いていた。本当ならいの一番に国王陛下の元へ駆け寄りたいはずだ。その衝動を、必死に押し殺しているんだろう。
俺はルーグの背に手を回して抱きしめつつ、視線をルーカス王子に向ける。王子は真一文字に唇を固く結び、事態を静観していた。その表情からは、彼の心境を読み取る事は出来そうにない。
「…………だめ。このままじゃ」
ポツリと、レクティが呟く。彼女のアメジスト色の瞳は苦しむ国王陛下を真っすぐに見据えていた。
それは模擬集団戦でクラスメイト達を助けようとした時と同じ決意の眼差しで、
「〈ヒール〉をかけ続けてくださいっ!」
ロザリィにそう呼びかけ、レクティは国王陛下の元へ駆け寄る。
「貴様っ! 下民が邪魔をするつもりか!?」
「下民だとか、貴族だとか、関係ありませんっ!」
「なっ――!?」
まさか言い返されるとは思っていなかったのだろう、スレイ殿下は唖然として言葉を詰まらせる。さっきまでのオドオドとしていたレクティとはまるで別人だ。
「だ、大丈夫なんですの……!? わ、わたくしの〈ヒール〉のせいで国王陛下が苦しみだしたんですわよ……!?」
「たぶん、〈ヒール〉そのものが原因ではないと思います……! わたしがフォローするので、信じてください!」
「……っ! わかりましたわ! えっと」
「レクティです!」
「信じますわ、レクティ! 〈ヒール〉!」
ロザリィが再び国王陛下へ〈ヒール〉をかける。だが、国王陛下の状態に変化はなく、相変わらず苦しみながら吐血交じりに咳き込むばかりだ。
そこへ、レクティが手をかざす。
「〈クレンズ〉!」
それは〈ヒール〉とは違う、別の力。レクティの手からは淡い青色の光が溢れ、国王陛下の体を包み込む。
すると途端に、国王陛下の咳が弱まった。苦痛に歪んでいた表情が、見る見るうちに安らかになっていく。
「やるねぇ、あの嬢ちゃん。さっきまでとはまるで別人だ」
いつの間にかソファからこちらに近づいて来ていたブルート殿下が、国王陛下の様子を見て感心したように口笛を吹く。
「馬鹿な……、これが〈聖女〉スキルの力だと言うのか……!?」
「なんという……」
スレイ殿下とマリシャス枢機卿も驚きに目を丸くしていた。
二人の聖女は額に汗を浮かべながら、国王陛下の治療を続ける。
見ているこっちの息が詰まりそうなほど張り詰めた緊張の中でどれだけの時間が経っただろうか。
やがて、
「……っぅ。儂は……どれくらい、眠っていた……?」
国王陛下がゆっくりと瞼を開き、意識を覚醒させたのだった。