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第76話:やあ、さっきぶり

「むぐっ! むぐぐぐっ、むぐ、むぐぐ、むぐっ」


「お、落ち着けルーグ。ルーカス殿下とルクレティア殿下の前だ」


 ロアンさんとアリッサさんは揃って苦笑いを浮かべ、リリィは「どうして替え玉の存在を伝え忘れているのよ」と言いたげな非難の目を俺に向ける。


 し、仕方がないだろ色々あったんだからっ! すっかり頭から抜け落ちてたんだよっ! それとルーグ、手がよだれまみれになるからそろそろ喋ろうとするのをやめてくれ……!


「やあ、ルーグ。久しぶりだね。元気にしていたかい?」


 わたわたする俺たちを見かねてか、ルーカス王子からこちらに歩み寄って来る。俺たちが片膝をつこうとすると王子は手を上げてそれを制止し、親し気な笑みを浮かべてルーグの両肩に手を置いた。


「こうして会えるのは何年ぶりかな? ごめんね、ルーグ。妹とは初対面だったから、驚かせてしまったね」


「え、あのっ、えっ?」


「紹介しよう。僕の()()妹のルクレティアだ」


 そう言って、ルーカス王子はソファに座っていたルクレティア (偽物)をルーグに紹介する。水を向けられたルクレティア……に扮するメリィはソファから立ち上がると腰に手を当ててドヤァと胸を張る。


「ルクレティアです! 宜しくお願いしますですっ!」


 ……やっぱり喋るとぜんぜん似てないな。


「ルク、えぇ……?」


 ルーグは困惑した表情を浮かべる。本人としては自分の偽物のクオリティの低さに引っかかるところがあるらしい。ただこれでようやく、相手が偽物だと理解できたようだ。


 ルーグが落ち着いたのを確認したルーカス王子は、顔をレクティの方へ向けた。


「初めまして。僕はルーカス・フォン・リース。この国の第三王子だ」


「は、はははじめままままっ」


 初めて王子を目の当たりにしてレクティの緊張がピークに達したらしい。もはやまともな発語すら出来なくなっている。そんなレクティに苦笑しつつ、「とりあえず一度落ち着こうか?」とルーカス王子は俺たちにソファへ座るよう促した。


「おいヒュー、あの嬢ちゃんは大丈夫なのか?」


「……たぶん、おそらく」


 ソファに座る途中ですれ違ったロアンさんに尋ねられたが、さすがにちょっと大丈夫とは言い切れない。リリィが必死に「大丈夫よ、落ち着いて」と呼びかけているが、レクティの耳に届いているかは怪しいところだ。


 ソファに座った俺たちの前に、アリッサさんがティーカップを置いてくれる。爽やかな香りがするから、中身はハーブティだろう。レクティの緊張を解きほぐすために気を遣ってくれたようだ。


「さて、まずはレクティ嬢。僕の要請に馳せ参じてくれてありがとう。王族と国民を代表し、心からの感謝を伝えさせてもらうよ」


「い、いえっ、わたしはそんな……っ。まだ、何もしてないです……」


「いいや、君は父上を助けるためにここまで来てくれた。まずはその勇気を称賛させて欲しいんだ。本当にありがとう」


「は、はい……」


 ルーカス王子の感謝の言葉に、レクティはどこかホッとするように息を吐く。


 やっぱり恐ろしい人だな……。声音や話し方、喋るスピードを調整して、一瞬でレクティの緊張を緩和させた。この人、王子より詐欺師の方が向いてるんじゃないか……?


 そう思った矢先、ルーカス王子はこちらを見てニッコリと微笑む。……余計な事を考えるのは止めておこう。


「ルーカス殿下。それで、国王陛下のご病状は……?」


 リリィがどことなく険しい顔つきでルーカス王子に尋ねた。


「今のところは落ち着いているよ。とは言え、予断を許さない状況に変わりはないかな」


 ルーカス王子の言葉に、隣に座るルーグがキュッと俺の手を掴んだ。俺はその手を少し強めに握り返す。


「殿下、そろそろ」


 部屋の外で誰かとやり取りをしていたロアンさんがルーカス王子に呼びかける。どうやら国王陛下との面会の準備が整ったらしい。


「それじゃあ行こうか。君たちは僕の後についてくるといい」


 俺たちは言われた通りにルーカス王子の後へ続く。今更ながら、こんな大人数で病人の元へ押しかけてしまって大丈夫なんだろうか……? 後ろにはメリィとロアンさんとアリッサさんも居るから、総勢八人の大所帯だ。


 いくつかの階段を上って長い廊下を進んだ先に、煌びやかな装飾が施された扉が現れた。ルーカス王子はその扉の前で立ち止まると、一定の間隔で三度扉をノックする。


 それが合図だったのだろう、内側からゆっくりと扉が開き白髪の壮年男性が姿を見せた。


「やあ、チェンサー。父上の様子はどうだい?」


「変わりなく」


 ルーカス王子からチェンサーと呼ばれた男性は、静かに首を横に振る。


「チェンサー・プライム侯爵。この国の宰相よ」


 いったい誰だろうと気になっていると、リリィがすかさず耳打ちで教えてくれた。宰相……つまりはルーカス王子の支持基盤の一つである官僚のトップか。


「その者たちがルーカス殿下の仰っていた?」


「〈聖女〉スキルを持つレクティ嬢とその学友たちだ。部屋に入れてしまっても構わないかな?」


「もちろんです。どうぞこちらへ」


 あらかじめ話は通してあったらしく、プライム侯爵は俺たちを部屋の中へと招き入れる。


 国王陛下の寝室は扉の豪華さとは裏腹に、装飾品がほとんど見当たらない質素な空間だった。天蓋付きのベッドと大人数で座れるソファがあるくらいで、他の家具は必要最低限。広々とした室内は、どこか殺風景にも感じられてしまう。


 そんな部屋の中。天蓋付きのベッドで横たわっているのが国王陛下だな……。


 ルーカス王子やルクレティアと同じ、綺麗な金色の髪が枕の上に広がっている。元は精悍だったように思える顔立ちも頬が痩せこけ、顔色は土気色。カサついた唇の間からは荒い息が漏れていた。


 話には聞いていたが、これは……。


 素人の俺でも一目見てもう長くないとわかる。様々な治療を試したうえで、本当に最後の手段としてレクティの〈聖女〉スキルに賭けざるを得なかったんだろうな……。


「レクティ嬢、さっそくだけど――」


 治療を頼むと、ルーカス王子が言いかけたその時だった。



「邪魔するぜ、ルーカス」



 俺たちが入って来た扉を勢いよく開いて、青髪で片耳に三日月を象った大きなピアス付けた偉丈夫が部屋の中へ踏み込んで来る。


 年齢は二十代前半くらいだろうか。精悍で整った顔立ちはどことなくルーカス王子や国王陛下に似ている。背は180㎝以上、鍛えぬかれた肉体は服の上からでも見て取れた。


 ルーカス王子を呼び捨てにして入って来たって事は、この人はもしかして……。


「これはこれは、ブルート兄上。今日は第二師団の視察に行くと伺いましたが、どうしてここに?」


「なぁに、噂の〈聖女〉スキルが本当にくたばりかけの親父を治せるのか見物させて貰おうと思ってな。心配すんな、邪魔はしねぇよ」


 そう言いながら、青髪の偉丈夫はソファにどっかりと腰を落とす。やっぱり、この人がブルート殿下か……。


 チラリとルーカス王子の反応を伺うと、彼は普段と変わらない笑みを浮かべていた。どうやらブルート殿下の乱入は織り込み済みだったらしい。


 だが、


「おお、そういやちょっとばかし面倒なことになってるぜ? またあの馬鹿兄貴が裏でコソコソ動いてたみてぇだな」


「……スレイ兄上が?」


 ルーカス王子の表情から笑みが消える。


「どうやらあの根も葉もねぇ噂を本気で気にしてるらしい。レチェリーのエロ親父の件といい、焦りすぎだと俺は思うんだがねぇ」


「…………はぁ。今度はいったい何をしでかしたのかな、あの人は」


「待ってりゃすぐわかるさ」


 それから一分としない内に、部屋の扉が開かれた。


 扉の向こうに居たのは、レチェリー公爵邸でも見たスレイ殿下と、神官服の老齢男性。


 そして、もう一人。


「うそ……」


 ルーグが驚きのあまり目を見開く。俺も心底驚かされた。


 そこに居たのは、桜色のドリルのようなツインテールを揺らす、()()()()()()()だったはずの少女――ロザリィ・セイントだったのだ。

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