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第75話:私がわたしを見つめてました

 大聖堂を後にして、俺たちは学園の方へ戻りつつ王都の街を見て回った。雑貨屋を覗いたり、パン屋に立ち寄って買い食いをしたりと、楽しい時間を過ごせたと思う。


 だけど、時間が正午に近づくにつれ、どうしても頭に午後からの件がよぎる。


 本当にこのまま、ルーグに伝えなくていいんだろうか……。


「ヒュー、もしかして楽しくなかった……?」


「えっ?」


 パンを食べるために立ち寄った公園のベンチで、ルーグは不安そうな顔をして俺の顔を覗き込む。


「いきなりどうしたんだ?」


 ルーグと一緒に居て楽しくないわけがないんだが……。


「だってヒュー、さっきからずっと難しい顔してるもん」


「そ、そうか……?」


 顔を触ったり手鏡で確認したりしてみるが、自分じゃよくわからない。……って、こんなことしてたら何かあると白状しているようなもんだ。


「ヒュー……」


「あーっと……違うんだ! 楽しくなかったとか、そういうわけじゃなくて……。ずっと、迷ってたんだ。ルーグに伝えるべきか、どうか……」


「ボクに……?」


 こんななし崩し的に伝えてしまっていいのだろうか。……だけど、これ以上は誤魔化しきれない。それでルーグを傷つけてしまうくらいなら、何かあれば俺が命がけで彼女を守る。その決心をして、打ち明ける。


「午後からの、事なんだが……」


 周囲に人が居ない事を確認し、俺はレクティが国王陛下の病を治療する事をルーグへ伝えた。国王陛下の病状は悪く、この一週間が山場だということも。


「そんな……っ」


 ルーグは目を見開いて、口を手で覆う。


「ルーカス王子からは、レクティの友人としてならルーグも連れて来ていいと言われてる。だけど、伝えるべきかどうか、ずっと判断がつかなくて。…………ごめん、ルーグ」


「…………伝えて、欲しかったけど。ヒューは、ヒューなりに、ボクのことを考えて、悩んでくれたんだよね……?」


 ルーグに尋ねられ、首肯する。


「じゃあ、ありがとだよ。ごめんね、気を遣わせちゃって……。ボクが行くと、たぶんルー兄様やみんなの迷惑になっちゃうよね……?」


「ルーグ……」


「大丈夫だよ、ヒュー。ボク、ちゃんとお留守番できるもん」


 そう言って今にも泣きそうに顔を歪めながら、ルーグは気丈に微笑んで見せる。


 ……本当に、それでいいのか? 自分自身に問いかけて、考える。


 ――俺には、今も残り続ける前世の後悔がある。


 俺の前世の父親は心臓病を患い、何度も入退院を繰り返していた。あの日、母から父親が救急車で運ばれたと連絡があってすぐに来て欲しいと言われたのに、俺は仕事に忙殺されるあまりどうせ死にはしないだろうと高を括ってしまったんだ。


 父親の死を知ったのは、それから半日後だった。もし連絡を受けてすぐに新幹線に飛び乗って居れば、死に目に会う時間は十分あったはずなのに……。


 あの日の虚無感と後悔は、転生して15年が経った今でも忘れる事が出来ない。


 俺はルーグに、前世の俺と同じ味わって欲しくなかった。


 だから、


「ルーグ。もしルーグが少しでもお父さんに会いたいと思っているなら、俺は会った方が良いと思う。俺が全力で、フォローするから」


「え……、でも、いいの……? ボク、迷惑かけちゃうかもしれないよ……?」


「俺が何とかする。……ごめん、初めからこうすればよかったな」


 変に迷ってルーグを悲しませてしまうくらいなら、初めから俺が腹を括って伝えるべきだったのだ。頭を下げて謝ると、ルーグは俺の髪を優しく撫でてくれる。


「ちゃんと伝えてくれたから、だいじょうぶ」


 俺たちはルーグが落ち着くのを待ってから王立学園へ戻った。学食で軽く昼食を済ませ、待ち合わせ場所へ移動する。少し早めに到着してしまったが、既にアリッサさんやリリィたちは揃っていた。


 俺と一緒に来たルーグを見て、アリッサさんは天を仰ぎ、リリィは柔らかく微笑む。アリッサさんはともかく、リリィは俺の選択を歓迎している様子だ。


「……すみません、アリッサさん」


「いやまあ、別にいいんスけどね? 殿下もそこは織り込み済みって感じだったッスから。けど、連れて来たからにはしっかり頼むッスよ」


「了解です」


 ポンポンと肩を叩かれ、頷いて答える。


 アリッサさんはすぐに御者台へ乗り、俺たちも馬車へと乗り込んだ。向かい合う座席に俺とルーグ、リリィとレクティがそれぞれ並んで座る。このメンバーで馬車に乗るのは初めてだな。


 対面に視線を向けると、レクティが落ち着かない様子できょろきょろと周りを見ていた。馬車が動き出すと「きゃっ」と小さな悲鳴まで上げている。


「ご、ごめんなさい。馬車に乗るの、初めてでしてっ……」


「別に謝ることじゃないと思う……というか、大丈夫か?」


「は、はいっ! ぜんぜん元気ですっ!」


 いや、体調は気にしてない。


 どうやらレクティはすっかり緊張してしまっているらしい。視線をリリィに向けると、彼女は苦笑しながらレクティの淡い水色の髪を撫でる。


「この子、昨日は色々あったから事の重大さをちゃんと認識してなかったみたいなの。朝になったら急に緊張しだしちゃって」


「ああ、それでか……」


 原因の一端となってしまった俺としては何とも言えない申し訳なさを感じる。


「あ、あのっ、わたしこれから本当に王様を治療するんですよね……? その、上手くできるか、心配で……」


 レクティは制服のスカートの裾をキュッと掴んで俯いてしまう。


 そりゃ緊張もするよな……。喧嘩でケガしたクラスメイトを治療するのとはわけが違う。ただでさえ王族に会うだけでも緊張するだろう上に、重病の国王陛下を治療しなくちゃいけないんだ。俺がレクティの立場ならプレッシャーで吐いてるかもしれん。


 出来れば緊張をほぐすような言葉をかけてやりたいが……。ルーグの手前、あまり無責任なことは言えない。リリィもかける言葉が見つからないのか、レクティの手を握るばかりだ。


 馬車の中に気まずい沈黙が漂う中、


「そんなに気負わなくても大丈夫だよ、レクティ」


 ルーグがレクティの緊張をほぐすように、優しく微笑みかけた。


「レクティの〈聖女〉スキルは凄いけど、病気を治せるかどうかはやってみなくちゃわからないでしょ? だからルー……カス王子も、ダメ元でレクティにお願いしたんだと思う。もしおと……国王陛下の病気が治らなくても、それはレクティのせいじゃないよ。だからそんなに緊張しないで? ボクたちがついてるからね」


「る、ルーグさん……っ! ありがとうございますっ!」


 レクティは瞳をうるうるさせてルーグに頭を下げる。ルーグは「大げさだなぁ」と照れたように笑った。


 ……レクティを励ましつつ、まるで自分自身に言い聞かせているようにも感じられたのは俺の気のせいじゃないだろう。ルーグが不安じゃないわけがないのだから。


 それからしばらくの後、馬車は無事に王城へと辿り着いた。俺たちはアリッサさんの案内で城内のとある一室へ通される。


 そこはやや広めの応接室のような場所で、中には既にルーカス王子とロアンさん、そして()()()()()()の姿があった。


 ……あっ、しまった。


「ふぇ……? ぇえ――むぐぐぐぐ!!!???」


 自分の偽物を目の当たりにしたルーグ (本物のルクレティア)の絶叫が王城に響き渡る前に、何とか口をふさぐことに成功した。


 せ、セーフ……。

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