第72話:塔の上のルグンツェル
「前からずっとどんなところか見に行ってみたかったんだぁ」
王都の観光名所の一つでもあるリース大聖堂。そっちの方面を目指して歩きつつ、俺と手を繋いだルーグが言う。さっきからすれ違う人々にギョッとされるのだが、なんかもう慣れて来ちゃった。
「ルーグって神授教の信徒だったのか?」
「えっ? 信徒じゃない人の方が珍しいと思うけど……。ヒューも教会でスキルを授かったんだよね?」
「ああ、そっか。あれって洗礼みたいなもんか……」
「他にもご飯を食べる前の挨拶とか、年号とか、お休みの日とか。ヒューが気づいてないだけで、神授教の教えはどこにでもあるんじゃないかな」
「なるほどなぁ」
神授教は日常生活の至る所に根付いていて、無意識のうちにそれを実践している全員が神授教徒ってわけか。
言われてみれば確かに、子供の頃から当たり前にしている食事前の挨拶は神に祈りを捧げているし、神授教が指名した聖人の命日が祝日だったりする。意識しないと意外と気づかないものだ。
「もちろん足しげく教会に通って祈りを捧げるほどじゃないけどね。ボクやヒューみたいな人が大多数だとは思うよ?」
「それじゃあどうして聖堂に行ってみたかったんだ?」
「子供の頃、部屋の窓からあの尖塔を見下ろしてたの。それでどんな場所なんだろうって、ずっと気になってて」
「そうだったのか」
あの大聖堂の尖塔を見下ろしてたって、随分と高いところに住んでたんだなとか、あの尖塔より高い建物は王城くらいだぞとか、いちいちツッコミを入れるのは野暮だな、うん。
しばらく歩いていると、ようやく全景が見えて来た。周囲の建物と比べてもやはり大きい。周囲は公園が整備され、緑豊かな景色の中に白亜の大聖堂が聳え立っている。
「わぁーっ! 大きいね、ヒュー!」
「やっぱり近くまで来ると壮観だな……!」
二人揃って思わず口をポカーンと開けてしまいながら、尖塔の先まで見上げる。
さすがに前世で見た数百メートルのタワーや高層ビルに比べれば小さいが、それでも高さは80メートルくらいあるんじゃないだろうか。王城や王立学園に並ぶくらい立派な建物だ。
前世ならここらで記念写真の一枚でも撮りたいところだが、あいにくこの世界にはまだ写真が存在しないんだよな……。
スキルを〈写真家〉に切り替えればワンチャン写真を作れたりするだろうか……?
〈忍者〉スキルに切り替えられたことから、この世界に写真という概念がなくてもスキルの切り替え自体は出来そうだが…………いや、下手なことをしてまた頭痛に襲われたら最悪だ。余計な冒険はやめておこう。
「ヒュー、何してるのー? 先行っちゃうよー?」
考え事をしていたらいつの間にかルーグが先へ進んでいて、こっちに振り返ってぴょんぴょん跳ねながら手を振っていた。かわいい。
くそぅ、せめて絵に残せたらいいんだが、今から画材屋に買いに行くわけにもいかないし、何よりそんな手持ちはない。ルーグとの思い出を形に残したかったんだけどな……。
仕方がないと諦めてルーグの後を追う。大聖堂は観光名所になっているだけあって、旅装束の人々で賑わっていた。
お布施という名の入場料を支払い、俺たちも大聖堂に入場する。そこそこのお値段だったが、ここまで来て中を見ずに帰るわけにもいかない。……そろそろ父上が持たせてくれた路銀が底を突きそうなのだが、どうしたもんかな……。
「ふわぁー。きれーっ!」
大聖堂の内部に入ってすぐ、目に飛び込んできたのは色鮮やかな巨大なステンドグラスだ。太陽光を浴びて細かく配色された模様がキラキラと輝く様はあまりにも幻想的で、思わず立ち止まって見入ってしまった。
こんなにも綺麗なステンドグラス、前世含め生まれて初めて見た。プノシス領の教会にもステンドグラスはあったけど、小窓サイズだったあれとは比べ物にならない。
ステンドグラスはもちろん、それ以外にも祭壇や意匠が凝られた柱の一本一本まで、プノシス領の教会とは比較にならないほど立派だ。神様を象った彫刻だって、地元じゃ手のひらサイズだったのが、ここじゃ3メートルくらいの巨大な女神像だもんな……。
「…………あれ? 女神像?」
疑問符が浮かび、もう一度巨大な像を見る。
うん、やっぱり女神像だ。顔立ちは女性的だし、胸元には控えめではあるもののちゃんと膨らみがある。布を体に巻いただけのような、扇情的かつ神秘的な衣装を身に着けている。
「どうしたの、ヒュー?」
「あの像って神様だよな?」
「うん、そうだよ。どこの教会にもあると思うけど、ヒューの地元の教会にはなかったの?」
「いや、手のひらサイズならあったんだが、そうじゃなくて……」
プノシス領の教会。その礼拝堂の祭壇の上にちょこんと置かれていた像は、女神の姿をしていただろうか。……いいや、そんな記憶はない。というか、スキルを授かったときに聞いた声は、男性の声だったような気がする。
俺がそう説明するとルーグはしたり顔で人差し指を掲げ、
「ああ、それはね――」
「それは神様が男性であり女性であり、少年であり少女であり、老父であり老母でもあるからですわ!」
「ボクの解説がとられたっ!?」
愕然とするルーグと共に後ろへ振り返る。
そこに居たのは純白の修道服に身を包んだ、桜色のドリルのようなツインテールが印象的な少女だった。