第70話:だってもっとラッキースケベが欲しいって言うから!
あの後リリィから散々小言は言われたものの、何とか当初の目的を果たす事は出来た。俺たちから事情を聴いたレクティは「わたしに出来る事があるのなら」と二つ返事で国王陛下の治療を快諾してくれたのだ。
今のレクティなら断られる事は無いだろうとは思っていたが、ここまで迷いなく了承するとは……。
アリッサさんへの返事は明日の朝にするとして、今日はとりあえず解散する事になった。
「あ、あのっ、ヒューさん」
窓から帰ろうとしていた俺に、レクティが話しかけて来る。
「その……、さっきの言葉は、本当ですか……?」
「さっきのって…………あー、大きい小さいの話か?」
こくこくとレクティは頷く。
リリィに怒られた後だからあんまりこの話はしたくないのだが……。リリィはベッドに座ってこちらの様子を見ている。離れているから会話の内容までは聞こえてなさそうだ。
「えーっと……。一般論とは少し違うかもしれないが、俺はどっちもそれぞれ魅力的だと思う。だからそんなに、自分を卑下しないで欲しい。レクティは十分に魅力的な女の子だよ」
「~~っっっ!!! あ、ありがとう、ございましゅ……」
「だ、だからえっと、ごめん。もう一度ちゃんと謝らせてくれ。色々と見ちゃって悪かった。俺に取れる責任なら、なんだって取るつもりだから」
「せ、責任ですか……? じゃ、じゃあ考えておきます……!」
レクティは顔を真っ赤にして考え込むように俯いた。そんな彼女とリリィに別れを告げ、女子寮を後にする。
〈忍者〉スキルを駆使して全力で走り、男子寮のすぐ近くで立ち止まって蹲る。
「あぁぁぁ、やらかしたぁ……っ!」
この人生はそれなりに上手く生きて来たつもりだったのだが、ここに来て前世含め過去最大級の失敗……黒歴史を生み出してしまった。
まさかレクティの裸を見てしまうなんて……っ!
リリィが俺を女子寮に連れ込もうとしたとき、もっとちゃんと断れば良かった。もしくは〈忍者〉スキルに切り替えていたんだから、もっと周囲に気を配るべきだった。
女子のプライベートを感じ取るなんて気持ち悪いだろっていう遠慮が、〈忍者〉スキルを無意識にセーブしてしまっていたのだと思う。だからあの瞬間まで、レクティがシャワーを浴びていた事に気づけなかったのだ。
後悔先に立たずとはこの事だな……。
幸いなのが、レクティがそれほど気にしていないというか、むしろ俺に対して申し訳なく思っている事だが……。
だとしても嫌われたり悲しまれたりするよりはマシというだけで、俺の罪が消えるわけじゃない。
レクティには、いずれ何らかの形で埋め合わせをしよう。
トボトボと歩いて寮に帰り自室へ戻る。鍵を回して部屋に入ると、部屋の中の明かりは消えていた。ルーグはちゃんと一人で眠っているようだ。
……俺のベッドで。
今夜はどこで寝ようかと悩みつつ、とりあえずシャワーを浴びるため踵を返そうとして、
「……ぃ、ゃ」
か細い女の子の声がした。
「いかないで……、ひとりに、しないで……っ」
「ルーグ……?」
起きていたのか?
……いいや、うなされているんだ。心配になって顔を覗き込むと、ルーグは額に大粒の汗を浮かべ、苦しそうな顔でギュッとノコノコさんを抱きしめていた。
もしかして、よく眠れないのって悪夢の……?
「ぃや、おかあ、さま……っ」
……母親に置いて行かれる夢。それにしては鬼気迫っているように思える。ルーグは瞳から涙を流し、誰かを探し求めるように右手を空に彷徨わせていた。
「どこにも、いかないで……っ、おいてか、ないで……っ」
「……ここに居るよ、ルクレティア」
俺はルクレティアの右手を、左手で包み込むように優しく掴む。母親じゃなくてごめんなとは思いつつ、どうしても放置してシャワーを浴びに行く気にはなれなかった。
額の汗を袖で拭ってやり、瞼の隙間から零れ落ちた涙を指先で掬う。俺の手を掴んだからだろうか、心なしかルクレティアの寝顔が穏やかになった気がする。
彼女は掴んだ俺の手を胸元まで持って行き、そのままギュッと抱きしめた。
…………あ、やばい。これ身動き取れないやつだ。
こっそり腕を引き抜けば、またルクレティアは悪夢にうなされるかもしれない。そうでなくてもギュッと抱きしめられすぎていて、起こさずに腕を引き抜けそうになかった。
仕方がない。シャワーは明日の朝にして、今日はもうこのまま寝てしまおう……。
ルクレティアの体を少しだけ壁際に追いやって、わずかに出来たスペースに横たわる。少しでも寝返りを打てば落ちそうだけど、まあ腕も掴まれているし大丈夫だろう。
「おやすみ、ルクレティア」
瞼を閉じるとすぐに睡魔はやって来た。
そして翌朝。
「ひゅ、ヒュー~~~ッッッ!!!???」
「んぁ……」
悲鳴混じりの声が聞こえて来て、ゆっくりと瞼を開く。すると目の前には、茹蛸のように真っ赤に染まったルーグの顔があった。彼女は目を見開いて、口をわなわなさせている。
どうしちゃったんだろうか……? 寝起きでいまいち頭が回らない。
「おはよう、ルーグ。昨日はよく眠れたか?」
「あ、うん。不思議とぐっすり――じゃなくてっ! ヒューのえっち! どこ触ってるのーっ!」
「え、……あれ?」
言われてみれば、なんか左手に柔らかな弾力を感じる。なんだこれ……?
「ふみゃあっ……!? も、揉んじゃ、だめぇ……っ!」
ルーグは瞳に涙を浮かべふるふると首を横に振る。いったい俺は何を触って…………あ。
ようやく頭が回転し始めて、昨夜の記憶が蘇る。そう言えば俺、ルーグに左手を胸元で抱きしめられて、そのまま抜け出せずに眠ったんだった。
視線を少し下げると、俺の左手はまだルーグの胸元にあった。というか、思いっきりルーグの胸を揉んでいた。
普段は目立たないだけでちゃんと膨らみはあるんだなとか、初めて女の子の胸を触っちゃったなとか、どうでもいいコメントが頭を流れて通り過ぎていく。
「ヒューのばかぁ……!」
「ちちちちちがっ、これはルーグがっ」
――って違うだろっ!
今は言い訳をしている場合じゃなくて、とにかく何か言わなきゃダメだ!
泣き出してしまいそうなルーグをなだめる言葉を、えーっと、えーっとぉ!
「ルーグ! 俺は小さくても好きだ!」
――直後、ルーグにベッドから蹴り落された。