第69話:テンパると頭が真っ白になって失言する系主人公
腹を決めて、リリィと共に女子寮へ潜入することにした。リリィが出て来る時に使用した空き部屋の窓から内部へ潜入し、リリィとレクティの二人部屋を目指す。
リリィの〈戦術家〉と俺の〈忍者〉スキルがあれば、誰にも気づかれずに女子寮の中を進むのは容易だ。強化された視覚は真っ暗闇の中でも見えるし、〈忍び足〉でリリィをお姫様抱っこしたままでも足音を立てず素早く移動できる。
見回りは〈忍者〉スキルで強化された聴覚や嗅覚でも感じ取れるが、リリィの〈戦術家〉ならより具体的な位置が把握できる。俺たちは難なく見回りを回避して、リリィとレクティの部屋の前に辿り着いた。
「まさかこんなにも簡単に辿り着けるなんて……。私たち、泥棒としても食べて行けそうね」
「そこはトレジャーハンターとか言ってくれよ」
「トレジャーハンター?」
「変な当て字をするな。さっさと部屋の鍵を開けてくれ」
俺をからかって面白がっているリリィを降ろす。見つかれば一発で停学、ルーグや周囲からの信用も何もかもを失う俺としてはこんな所で漫才に付き合う余裕はない。
そうでなくても、さっきから廊下というか、女子寮全体がどこか甘い香りがして落ち着かないのだ。男子寮が臭いわけではないが、嗅ぎなれない匂いにどこかそわそわしてしまう。
「もう少しこのスリルを楽しみたかったけれど、仕方がないわね」
「お前なぁ……」
付き合わされるこっちの身にもなってくれよ……。
「ようこそ、私とレクティの秘密の花園へ」
リリィが冗談めかしてそう言いながら、部屋の鍵を開けて室内へ招き入れてくれた。
部屋の作りは、俺とルーグがクラス男子寮の部屋と同一。
だけど、入ってすぐの棚の上に花瓶で花が飾られてあったり、通路に絨毯が敷いてあったりと、細部が微妙に異なる。この辺はリリィのセンスだろうな。スマートな上品さを感じるアレンジだ。
「ただいま、レクティ。今戻ったわ……あら?」
通路の先で立ち止まったリリィが首を傾げる。どうやら部屋の中にレクティの姿が見当たらないらしい。部屋の明かりはついているし、鍵もしっかり施錠されていた。こんな遅い時間に外へ出たとも思えないが……。
と、〈忍者〉スキルで強化された聴覚がどこかで扉が開く音を聞き取った。それは俺が立っていたすぐ横、シャワー室と脱衣場に繋がる扉の向こうからで。
あ、ヤバい。
「お帰りなさい、リリィちゃん。ごめんなさい、先にシャワーを――……え?」
反射的に音のした方……つまり扉を見ていた俺と、扉を開いて姿を見せたレクティのアメジスト色の目があった。
彼女の淡い水色の髪から滴り落ちた水滴が、ほのかに赤らんだ白磁色の肌を伝って首筋から鎖骨へと落ちて行く。
「な、なんっ、ヒューさっ……」
大きく目を見開いたレクティは驚きのあまり声を詰まらせ、
「「あっ……!」」
――はらりと、彼女の手からバスタオルが舞い落ちた。
露わになるのは、レクティの生まれたままの姿。
水滴が浮かんだなめらかで美しい素肌。スレンダーな体躯とやや控えめな双丘。浮かんだあばら骨。凹んだお腹と縦へそ。それらが網膜に深々と刻み込まれる。
見てはダメだと頭ではわかっているのに、どうしても視線を外すことが出来ない。
「ひぁ――ッッッ!!!???」
茹蛸のように体を真っ赤にしたレクティは声にならない悲鳴を上げて全力で扉を閉めた。
それでようやく金縛りが解けたように動けるようになって、俺はその場にしゃがみ込んでしまった。
「あー……、ごめんなさい。私の考えが足らなかったわ。ちゃんとレクティに伝えてから貴方を招き入れるべきだったわね。我ながら少し、はしゃいでしまっていたみたい……」
一部始終を見ていたリリィが気まずそうに視線を反らして反省の弁を述べる。俺は余りの出来事に声を失って、無意識のうちに手を胸ポケットへ動かしていた。
とりあえず、今起こった事、見たものは全て記憶から抹消しよう。〈洗脳〉スキルを使えば記憶だって消せるはずだ。
「やめなさい」
「あぁっ……」
リリィは俺の手から鏡を取り上げて溜息を吐く。
「どうせ貴方の事だから記憶から抹消しようとしているんでしょうけど、忘れるにしても謝るのが先。私も今から謝って来るから、少し待ってて」
リリィは俺に手鏡を返すと、そのまま脱衣場の扉を少し開いて滑り込むように中へ入って行く。
……リリィの言う通りか。
例え記憶を消せても見てしまった事実が変わるわけじゃない。謝罪をする前に無かった事にしてしまうのは、それこそレクティに失礼だ。
待つことしばし、脱衣場の扉が開いてリリィとレクティが姿を見せる。レクティはリリィの背にすっかり隠れてしまっていた。
レクティは怒ってるだろうか。それとも悲しんでいるかもしれない。とにかく誠意をもって謝らないと……!
「レクティ、さっきはその、すまなかった。ごめん!」
「い、いえっ、わたしの方こそ、その、貧相なものを見せてしまって、ごめんなさい……!」
「……えっ? 貧相……?」
頭を下げていた俺は、レクティの言葉に疑問符が浮かんで顔を上げる。レクティはリリィの背中に半分隠れながら、顔を赤くして拳を口元に当て俯いていた。
貧相って、えーっと……?
「わ、わたしガリガリの骨みたいで、リリィちゃんみたいに女の子らしくないから、ヒューさん、見たくなかっただろうなって……。だからごめんなさいっ!」
「え、えぇぇ……」
なんで俺が謝られてるんだ……? 困惑しながらリリィに視線を向けると、彼女も戸惑いの表情を浮かべていた。
レクティの言葉を噛み砕いて読み解くと、どうやら彼女は自分の裸体に自信がないらしい。それこそ、俺に『見られた』のではなく、『見せてしまった』と申し訳なく思ってしまうくらいに。どうしてそんなに自己評価が低いんだ……。
確かにまだ痩せすぎてるようにも見えはしたが、当然のごとく見てがっかりするような姿じゃなかった。むしろ美しかったというか、神々しさすらあったというか。とにかくそんな卑下する必要はどこにもないと思うのだが……。
なんて答えればいいか返事に窮していると、リリィが口をぱくぱく動かしていることに気づく。金魚の真似……じゃないな。俺に何かを伝えようとしている。
『ほ め て』
褒めて……? なにを? まさか、レクティの裸体を!?
いや、さすがにそれはちょっと……。
だけど、レクティに謝らせっぱなしはよくないよな……。ええっと…………ああ、くそ。何も思い浮かばん。
こうなったら思ったことをそのまま口にしてしまおう。ええい、ままよ……!
「レクティ!」
「は、はいっ」
「俺は小さくても好きだ!」
――直後、リリィに思いっきりぶん殴られた。