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第62話:憧れは止められません!

「あれ、ここは……?」


「起きたのか、レクティ。おはよう」


「ヒュー、さん……?」


 起きたばかりのレクティはボーっとした様子だ。彼女のアメジスト色の瞳がジィッと俺を見つめる。そんなに見つめられると緊張しちゃうんだが……。


「わたし、模擬集団戦に出ていて、怪我をした皆さんを治療して……」


「スキルを使い過ぎて倒れたんだ。ここは学園の保健室だよ」


「保健室…………あっ!」


 どうやら意識がハッキリして、気を失うまでの記憶を思い出したのだろう。レクティは慌てた様子で起き上がる。そのままベッドから落ちそうになったので反射的に抱きかかえた。


「ブラウンさんは! ブラウンさんの怪我はどうなりましたか!?」


「落ち着いてくれ、レクティ。ブラウンなら大丈夫だよ。レクティのスキルですっかり元気になった。先に意識も回復して、もう教室に戻ってる」


「そう、ですか。良かった……」


 心の底から安堵したんだろう。レクティは大きな息を吐いて強張った体を弛緩させ、そのまま抱きかかえた状態の俺に体を預けて来る。


「えーっと、レクティ……?」


「……ふぇ?」


 レクティを抱きかかえた状態の俺と、そんな俺に体を預けるレクティ。互いに体を密着させたこの状態は、傍から見れば保健室で逢瀬しているカップルにしか見えないだろう。こんな場面を誰かに目撃されたらどんな勘違いを生むことか……。


「あ、あわわっ、わわわたしそんなつもりじゃっ!」


「落ち着け、レクティ。とりあえず大丈夫だから、ゆっくりベッドに戻るんだ」


「は、はい……っ」


 とりあえずまだベッドから落ちかかっているレクティを落ち着かせ、ベッドに深く座るように誘導する。彼女がベッドに座りなおしたのを確認してから離れると、レクティは真っ赤になった顔を隠すように布団を鼻の辺りまで引っ張り上げた。


「ご、ごめんなさい、ヒューさんっ。わたしなんかがヒューさんに抱き着いてしまって!」


「いや、別にそんな謝ることじゃないだろ。抱きかかえたのは俺なんだし、むしろ嫌じゃなかったか?」


「そんなことないですっ!」


「そ、そうか」


 何か凄い勢いで否定された。変に気を使い過ぎただろうか……。前世ではもちろん、現世でも王立学園に来るまでは同年代の女の子と接する機会なんて皆無だったからな。良い塩梅がまだいまいちよくわからない。


「あの、ヒューさん。他の皆さんは……」


「ルーグたちなら先に教室に戻ったよ」


「そう、ですか……」


 レクティは顔の半分を布団で隠したまま何かを考え込むように静かになる。


 元気そうなら教室へ戻ろうと提案するべきかとも思ったが、そう言えばリリィが何か意味ありげに俺を残らせようとしていた。それが気になって、とりあえずさっきまで聖典を読みながら座っていた椅子にもう一度腰掛けた。


 待つこと少し。レクティは意を決した様子で布団を取り去り、胸の前でギュッと手を握って踏ん張るように言い放つ。


「わたし、ヒューさんに憧れてるんですっ!」


「憧れ……?」


 それって俺の事が好きとかそういう……?


「あ、えっと、憧れと言っても変な意味じゃないんですっ! ヒューさんみたいになりたいというか、ヒューさんを尊敬しているというかっ!」


 あ、そっちか……。最近、ルーグやリリィに好意を向けられて自分でも調子に乗っていたみたいだ。早とちりはよくない。反省しよう……。


「(も、もちろんそういう気持ちもないこともないですが……っ)」


 レクティが早口でぼそぼそと何かを口走る。〈忍者〉スキルだったら聞き取れたかもしれないが、今は〈剣術〉スキルのままだからハッキリと聞き取れなかった。


「えっと、気持ちは嬉しいよ。でも、俺って憧れや尊敬を持たれるようなことしたか?」


 いまいち心当たりが無かったので、悪いと思いつつも直接尋ねてみた。するとレクティは驚いたように目を見開いて、それからくすっと笑みを零す。


「ヒューさんは、リリィちゃんを助けてくれたじゃないですか」


「あ、あー……」


 もちろん忘れていたわけじゃないのだが、そこへ繋がるのかという驚きはあった。


「わたし、リリィちゃんの友達なのに、リリィちゃんが困っている時に何も出来ませんでした。わたしの前では気丈に振る舞っていて、だけど本当はすごく辛そうにしているの、気づいていたのに……」


 リリィはきっとレクティに心配をかけたくなかったんだろう。だけど、レクティはリリィの些細な変化を敏感に感じ取っていて、リリィのために何もできない自分に負い目を感じていたようだ。


「リリィちゃんの問題が解決して、リリィちゃんが元気になって良かったって思いました。……だけど、本当に良かったで終わっていいのかなって思う私も居て。わたしにも何かが出来たんじゃないかって、ずっと悩んでいたんです。それで、リリィちゃんからヒューさんが助けてくれたって聞いて、ヒューさんみたいになりたいなって」


「俺が助けたって、リリィにも言ったけどそんなに大したことしてないぞ。詳しくは話せないが、リリィを救う道筋を作ってくれたのは別の人だしな」


 俺はただリリィとルーカス王子を繋いだだけで、直接リリィを救ったわけじゃない。もちろんリリィを助けたいと思っての行動だったのは間違いないが……。


「そんなことないですっ! リリィちゃん、ヒューさんに凄く感謝してました! ヒューさんがそう思ってなくても、リリィちゃんはヒューさんに救われたんですっ! 謙遜し過ぎはリリィちゃんに失礼ですっ!」


「お、おう。すまん……」


 まったくもぅっ、とレクティは頬を膨らませて腕を組む。


 まさかレクティから怒られるとは思わなかった。……そう言えば前にルクレティア王女からも呆れられたな。謙遜しすぎてしまうのは、前世から変な癖が残っているからだろうか……。


「リリィちゃんの件だけじゃありません。ヒューさんはイディオットさんからわたしを庇ってくれたり、恋人の振りをしてくれたり……。ブラウンさんを真っ先に助けようとしていたのもヒューさんです。誰かのために行動できるヒューさんを見て、わたしもヒューさんみたいに誰かを助けられる人になりたいって思ったんです」


「そうか……。だからさっき、あんなに必死になってクラスの連中を治療してたんだな」


「……はい。上手く出来たか、わかりませんけど……」


「そこは自信を持って良いと思うぞ?」


 ブラウンの怪我なんて普通は助からない。それが後遺症どころか痛みすら残らなかったのだ。他の連中の怪我だってレクティじゃなきゃ治せない怪我ばかりだった。


「そ、そうですか? えへへ……」


 レクティは照れ臭そうに笑う。


 普段よりも積極的だなと気になっていたが、まさか俺に触発されての行動だとは考えもしなかった。自分ではレクティに憧れて貰えるような人間だとは思えないけれど、それをレクティに伝えるのはたぶん違う。


 伝えるべきは、決意表明。


「ちょっと恥ずかしくはあるんだが……。これからも、レクティに憧れて貰えるように頑張るよ」


「わ、わたしもっ! もっともっと頑張りますっ!」


 お互いに頑張ると言い合って、それが何とも言えない可笑しさで二人揃って噴き出すように笑ってしまった。


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