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第55話:だけど負けたくないって思っちゃう 男の子だもん

 痣と擦り傷だらけでボロボロの体を引きずって部屋に戻り、痛みに耐えながらシャワーを浴びて血と汗を流したら、起きたルーグと一緒に学食へ向かう。この一連の流れがここ最近の朝のルーティンになっていた。


「ヒュー、大丈夫?」


 テーブルの対面に座ったルーグが心配して尋ねてくれる。未だにヒリヒリする肘や膝の傷に顔を顰めつつ大丈夫だと答えた。


「どうって事ないよ。子供の頃から野山を駆け回ってたからな。これくらいの傷には慣れてるんだ」


「そうかもだけど……。今日もレクティが来たら治して貰った方が良いよ。見るからに痛そうだもん」


「あー……、そうだな」


 自分で応急処置はしたものの、包帯には血が滲んでいる。「これくらい唾でもつけときゃ治るッスよー」なんて笑いながら言うのは常在戦場の王国騎士団の猛者だからであって、普通の感性なら痛々しくて顔を顰めてしまうような怪我だ。


 ルーグの言う通り、後でレクティに〈聖女〉スキルで治してもらおう。


「それにしても、どうして急にアリッサさんから剣術を習い始めたの? ヒューって強かったよね? この間の決闘でもイディオット君に勝ってたし」


「いや、あれは……」


 〈洗脳〉スキルを自分に使ってスキルを〈剣術〉に切り替えたから勝てただけで、俺自身の実力じゃない。……なんてルーグには言えなかった。


 言葉に詰まっていると、俺の隣に誰かが朝食のトレイを置いた。顔を上げればリリィが俺を見下ろして微笑んでいる。後ろからはレクティも朝食のトレイを持ってこちらへ向かって来ていた。


「ヒューは男の子だもの」


「男の子? どういう意味?」


 おはよう、とリリィとレクティに挨拶しつつルーグは首を傾げて尋ねた。


 レクティはルーグの隣の席に座り、リリィは俺の隣の席に腰を下ろして、俺の顔を覗き込みながら答え合わせをするかのように問いかけてくる。


「イディオットと戦って、彼の努力を肌に感じて負けたくないって思ったのよね?」


「いや、そういうわけじゃ……」


 めちゃくちゃある。


 もちろんイディオットへの対抗心だけでアリッサさんから剣術を学び始めたわけではないが、きっかけになったのは間違いない。


 ただ、それを素直に認めるのは小恥ずかしい。特にこの場に居る女子三人に対しては、なおのこと認めづらい。だってちょっとカッコ悪いだろ……。


「ふふっ、そういう事にしておいてあげるわ。それにしても、これまたこっぴどくやられたものね」


 リリィは頬の擦り傷に細い指先で触れて来る。


「いや触れるなよ、痛いだろ」


「男の子なのねと思ったらつい」


「母親面しないでくれ」


「違うわ、年上彼女面よ?」


 同い年だし彼女でもないし。どっちからツッコミを入れればいいのかわからん。リリィは傷跡を触れたり突いたりして、俺の反応を楽しみ始める。このドS令嬢め……!


「ねえレクティ。この二人って最近なぁーんか仲良く見えるよねぇ?」


「はい。最初から仲良しでしたけど、距離がぐっと縮まった気がします……!」


 対面に座ったルーグとレクティが、俺たちを観察するようにジトーッと視線を向けて来る。そんなに注目されると食べづらいんだが……。


 ……まあ、確かに。レクティの言うように俺とリリィの距離が縮まっているのは間違いない。


 二週間ほど前のとある事件。望まない婚約を強いられていたリリィを救うべく、俺はルーカス王子や周囲の協力を得て彼女の婚約を破談にした。王位継承権争いも絡む複雑な問題で、その余波は今もリース王国を揺るがしているのだが、それはそれとして。


 あの日、恐怖や不安に押し潰されそうになった俺をリリィは支えてくれた。その方法がまあその……情熱的だったわけで。距離感的にはゼロ距離だったわけで。そりゃ距離が縮まって見えるのは仕方がない。


「ふふっ」


 あの時の感触を唇に思い出して、反射的に口を手で覆ってしまう。顔が赤くなった俺を、リリィは微笑みながら流し目で見つめて来る。動揺してるのは俺だけかよ。なんか悔しい。


「「あやしい……っ!」」


 俺たちの反応を見てルーグとレクティは疑念をさらに深めたらしい。二人は顔を見合わせて頷きあい、朝食のトレイを持って立ち上がるとこちら側へ回り込んでくる。


「はいはい、リリィはもう十分にヒューを堪能したでしょ。次はボクたちの番!」


「ヒューさん、傷跡を見せてください。私のスキルで癒しますっ」


「お、おぅ……」


 ルーグはリリィと席を交代して座り、レクティはその反対側に腰を下ろす。リリィは俺の正面に座りなおしてニコニコと微笑んでいた。


「将来が楽しみね?」


「……ノーコメントで」


 もしかしたら五年後も十年後も、こんな感じで食卓を囲んでいるかもしれない。そんな光景が安易に想像できてしまって、気恥ずかしさから素っ気ない返事をしてしまう。


 それも理解されてしまっているのだろうか。リリィは余裕を感じさせる微笑みを崩さない。……やっぱり年上彼女って言うより母親っぽいな。 


 なんやかんやあって朝食を終え、四人で揃って教室に向かう。


 食事中、ずっと怪我の治療をしてくれていたレクティのおかげで、傷はすっかり癒えて痛みもなくなった。心なしか疲労感も消えている気がする。


「いつもありがとう、レクティ。相変わらず凄いな、〈聖女〉のスキルは」


「い、いえいえ。私なんてぜんぜん大したことないですよ」


「そんな事はないと思うよ? ねぇ、リリィ」


 ルーグが同意を求めて視線をリリィに向けると、彼女は「ええ」と頷く。


「レクティ、回復系のスキルはとても希少なの。その中でも貴方のスキルは特別……いいえ、別格だわ。擦り傷くらいなら他にも治せる人は居るでしょうけど、貴方のように骨折を治せるレベルの回復系スキルを使えるのは、今の王国にはおそらく一人だけね」


「一人は居るのか?」


「神授教が定める聖女。彼女ならば可能なはずよ」


 神授教とはアルミラ大陸の主に人間族の間で広く信仰されている宗教だ。スキルを授けてくれる神を主神にしていて、プノシス領のような辺境の限界集落にまで教会が立っている。たしか総本山がリース王国の南西地方にあるんだったな。


 教会が定める聖女、か。なんかまた面倒ごとを予感させるフレーズが出て来たぞ……?


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